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身の回りから「印刷されたモノ」が減っていく日々を過ごして考えたこと

身の回りから印刷物が減ってきて、紙メディアが物理的にも存在感をなくしていくなか、新しいメディアも倫理観を獲得していくべきと考えるのは、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』著者の引地達也さんです。今回、引地さんは印刷の歴史を紐解き、カトリックの権威に印刷技術を利用し対抗できるようになった時代と、国家やマスメディアの権威にソーシャルメディアで対抗できるようになった今との共通点を指摘。紙メディアが徐々に倫理観を獲得し信頼を得ていったように、自由になるほど「倫理」を意識しなければならないとの思いを綴っています。

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印刷技術と市民の意思

印刷をしたものが私の周辺から減っている。昨年後半に新聞の購読もオンラインに切り替えた。毎日紙で届く有難みはいつの間にかその印刷にかかるコストや処分に伴う環境負荷を考えると、紙面の形を維持したデータで見るのが自然のように思えた。

またメールの添付で送られてくる資料やネット上で検索して後から見ようと次から次に印刷していた行動様式をあらためて、プリンターも自宅に置かないことにした。基本的にデータで保存し、必要があれば近くのコンビニエンスストアで印刷する。

記者時代の私の周囲は紙の書類だらけで書類に囲まれていた。それは先輩も同僚も同じで、デスクの周囲には紙があふれていた。「紙に印刷した情報」は消せない証拠品であり、最も強い情報源であったからだ。印刷された記録は複数の人や広い社会の中で約束されたこと、合意されたこと、共有されたことの証拠であり、私たちの社会はこの「印刷物の証拠」で成り立ってきた。

その印刷物の存在感が薄れつつある今は、グーテンベルクの活版印刷の発明による革命と同じくらい革命的なのかもしれない。

印刷とは複製のことであり、そこには原本がある。原本から多くの紙に印刷することをここでは「印刷」というが、この印刷は7世紀に中国の木版によるものが最初とされている。中国では2世紀に紙が発明されているから、500年もの間、紙には「書く」のが一般的で伝達や記録に有効なこのメディアは他者に広く伝えるという役目を持たなかった。

国を動かす一部のエリートによる情報伝達に終始してきたのだ。この木版印刷は朝鮮半島や日本に伝来し、764年から770年にかけて日本では「百万塔陀羅尼」が印刷された。この印刷物は年代が判明するものの中で世界最古である。

木版技術は北宋となった後に普及し、多くの本が印刷されることになる。この技術はヨーロッパにも伝わった。印刷機の代名詞でもあるグーテンベルクは、ドイツのマインツに生まれ、1448年に印刷機の製作に着手した。当初は中国の技術である木版印刷を試みたが、アルファベッド文字の再現が難しいことから失敗し、ここから技術革新が生まれる。

グーテンベルクは木版から合金に素材を変え、活字を作る合金を鉛83%、錫が5%、アンチモンが12%の割合として開発した。印刷するプレス機や油性インク、押し抜き機を組み合わせ活版印刷機が誕生した。木版技術は中国で生まれていたものの、世界史としてこのグーテンベルクの活版印刷が世の中に革命をもたらしたのは、聖書を印刷したことが大きい。

1452年にグーテンベルクは聖書を印刷し、それまでの人数に比べ、多くの人に直接「聖書の言葉」が届き、その見識をベースにした市民に対しマルティン・ルターは文書を発出し「改革」を進めていくことになる。

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この印刷機は欧州各地に広まり、世界史的な功績は人々の言論空間を創出したことだろう。市民に広がった言葉は、自らも言葉を発することを認め、その言葉はカトリックの権威に対抗することを意味した。ルターの改革は印刷した文書で世の中を覚醒させたということに尽きるかもしれない。

これは現代で言えば印刷技術はインターネットであろう。当時、カトリックという権威はソーシャルメディア台頭前の政府やマスメディアである。権威から遠いソーシャルメディアは市民の手にあり、その新たな言論空間は広がっている。

2010年のチュニジア、2011年のエジプトではソーシャルメディアにより市民革命が成立した。人々が手に持ったモバイル端末は言論空間として世界と市民をつなげたのである。権力者にとって市民がモノを言うのは都合が悪いことだろう。中国でインターネットをコントロールすることは重要な任務であり、北朝鮮で携帯電話を持つことは難しい。

中世の印刷技術からソーシャルメディアに変わった現代において、その利用はコミュニティ参加には必須であるが、その自由度の高さ故に気になるのが、私たちがそれを使う際のルールであり、それを使う際に他者を傷つけず、融和な姿勢で関わり続けるかの「倫理観」である。

印刷技術が広まった時に人々は何を思い、その技術を使ったかを考える時、昔も今も根本的には便利さで得る利益を優先するのは変わらないような気がする。だからこそ、メディア利用と倫理は常に一緒に意識しなければいけない問題なのだろう。

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image by:Vasin Lee/Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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【著者】 引地達也 【月額】 ¥110/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 水曜日 発行予定

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