文章を書くことは“深い森を歩く”こと。勇気を振り絞らなければならないワケ

 

でも、それでも、そんな低調子で森の中を探検していても気づけたことが一つだけ、あります。それは、自分がなんで“息切れ”してしまっているのか?ってことです。

多分、推測するに、それは“意気込み過ぎた”ってことだと思います。で、脳内を探検するのに、“意気込み過ぎ”ると、それは過敏=センシティブになってしまうっていうことなんだと思うのです。

いろんな外観で起こった事象と、それから影響される自分の内観、その外観と内観が過敏に過剰反応してしまって、そこに自分が過剰対応してしまってるような状態です。脳の過呼吸とでもいうか。

だから、僕がこの“息切れ”から脱出するためには、つまり脳内の森の中で自分が踏み込んでしまった暗黒領域からなんとか抜け出すためには、そんなセンシティブな自分を、止める必要があるのだと思うのです。

敏感の逆、つまり鈍感になる。

でもこれって、難しいのです。文章を書くという行為は、あらゆる外観にセンシティブに反応する内観が必要なんだと思うのです。だから何かが書けるということは、森の比喩で言えば、さまざまな森の中の危険な予兆に過敏に対応し、過敏に防御をし、過敏に準備をする、そんなセンシティブさが必須なんだと思うのです。

でも、そのセンシティブな自分は、センシティブなだけに、森の中で遭難してしまう。そこから抜け出せない。だから遭難から脱出するためには、センシティブという道具を自ら捨て去る必要があるのです。

敏感=センシティブを捨て去るとは、つまり鈍感になるってことですよね。何事にも鈍感になる。なれるのだろうか?鈍感になって文章が書けるのだろうか?はたまた脳内の森の中を本当に抜け出せるのだろうか?

それってもう目を瞑って、あてずっぽうに彷徨い歩くってことなのだろうか?

僕は、もしかしたら、この文章を、先程から実はそんな感じで書き綴っているのかもしれません。だから書けているのかもしれません。

敏感って英語でセンシティブですよね。ちなみにでは鈍感って英語でなんと言うのだろう?
気になって調べてみました。

<insensitive インセンシティブ>

つまりセンシティブに反対の接頭語inをつけただけでした。

でもインセンシティブ、なんかそんな状態になる必要が、僕にはあるのです。

で、多分皆さんにも、きっとあると思います。

多分2022年、オミクロンがまた蔓延して、トンガの火山が爆発して、雪がたくさん降って、無差別殺人行為が起こって、いろんな人がいろんな森で迷ってるのかもしれません。神経過敏になってるかもしれません。

だとしたら、インセンシティブになってみるのはどうだろう?

世界に鈍感になる。

この満月で気持ちがぱんぱんに満ったのならば、ここから気持ちを抜いてみる。

抜け出す。

息抜く。

それが、この世界で生き抜くための最後の手段なのかもしれません。

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