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アベノマスク“決着”も茶番か。安倍と岸田の不仲説に「プロレス疑惑」

自民党総裁選立候補時から「聞く力」をアピールし、国民の意見に聞く耳を持たなかったアベスガ政権からの脱却を企図していたかのように見えた岸田首相ですが、その道は遠ざかるばかりのようです。元毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、岸田首相の「安倍離れ」がまったく進んでいないことを示す証拠を列挙。さらに巷間伝えられる安倍氏と岸田氏の不仲説について、「プロレスを演じているだけなのでは」との疑念を示すとともに、考えうるそのシナリオを記しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

「机叩き」で反論の岸田首相は、安倍晋三氏から脱却できるのか?

先代、先々代の首相に比べて穏やかで淡々としたイメージの岸田文雄首相。珍しく感情をあらわにした場面が、毎日新聞の記事(デジタル版)で紹介されていた。1月31日の衆院予算委員会。首相が17日の施政方針演説で開催をぶち上げた、核兵器廃絶に向けての「国際賢人会議」について、日本維新の会の空本誠喜氏が「核兵器廃絶をいつまでにするのか」と質問。これに対し岸田首相が「いつまでにと具体的に言えるほど核軍縮、不拡散の世界は甘くない」と「右手で机をたたきながら」反論した場面である。

実際の質疑は、記事の印象ほどエキサイトしたものでもなかった。広島を選挙区に持つ空本氏が、同じ広島選出の岸田首相に「具体的な行動が広島の声だ。(首相は)決意表明だけで終わっている。総理としての(核兵器廃絶に向けた)ゴールを示していただきたい」と思いをぶつけ、首相も冒頭「しっかり受け止めさせていただく」と質問を受け止めてから答弁した。確かに右手で机を叩く音をマイクが拾い、聞き取りづらい面はあったが、答弁の内容はともあれ、さほど眉を顰めるような質疑でもない。

だから、記事の締めくくりに筆者は驚いた。唐突に安倍晋三元首相が登場するのだ。岸田首相が1月25日の答弁でも「机を叩いて反論」したことを挙げ「私はああいうのは好き」と、首相の答弁を「評価した」という。

これは、安倍氏が会長を務める派閥の会合での発言だ。朝日新聞の報道によれば、安倍氏は「(岸田首相が)時にちょっと、机をたたき気味に反応された。私はああいうのが好きでございます。時には言いたいことをガチンと言ってということも、大切ではないのかなと思う」と述べたという。

質問者の問いをまともに受け止められず、逆ギレして相手にかみつく――。首相当時の安倍氏の国会での振る舞いを思い出し、胸が悪くなった。

言うまでもないが国会は、与野党が国民を代表して行う質問や追及に対し、政府が責任を持って答弁する場だ。質問する側と答える側の役割は明確であり、首相が質問者に「言いたいことをガチンと言う」なんてもってのほかだ。安倍氏がどうしても「野党にガチンと言いたい」なら、それが許される党首討論の開催にもっと積極的であれば良かったのに、安倍氏は野党党首に言い負かされるのを恐れたのか、党首討論には一貫して逃げ腰だった。

2度と国会で見たくない為政者の態度。安倍氏はあれを、岸田首相にも求めるというのか。そして岸田首相は、この安倍氏の小姑のような振る舞いを、これからも許すのだろうか。

「岸田首相は『安倍離れ』しているのか否か」は、2022年の政治を考える上で重要なポイントの一つだろう。さまざまな見方があるが、筆者は悲観的だ。

就任直後に政権選択をかけた衆院選を戦うことが義務づけられていた岸田首相は、就任前から「新しい資本主義」を掲げ、それまでの安倍・菅義偉政権における新自由主義的な政策を転換し、格差是正のための分配政策を強化する考えを強調。衆院選後も、高い保管料が問題化した「アベノマスク」の廃棄をあっさり決定するなど、一見「安倍政治からの脱却」を図っているようにも見えた。

しかし岸田首相は就任した途端、目玉政策だったはずの「金融所得課税の強化」を早々に先送りした。言うまでもないが、金融所得課税の強化は選挙前から最大野党の立憲民主党が掲げていた重要政策。野党の政策への「抱きつき」を図り、衆院選での争点つぶしに使っただけと言われても仕方がない。

金融所得課税の見直しは、年が明けて今年1月17日にあった衆院本会議での施政方針演説にも、もちろん入っていなかった。岸田首相は21日の参院代表質問で「与党の税制調査会で議論する」考えを強調したが、要は安倍氏よろしく「永遠の道半ば」にするつもりなのかもしれない。

金融所得課税の見直しどころか、施政方針演説の中にはそもそも、分配政策らしきものがほとんど入っていなかった。唯一目についたのが「賃上げ」だが、そもそも「官製賃上げ」自体、安倍政権からの政策である。どこが「新しい資本主義」なのか、その判断材料自体が存在しない。

そもそも、昨年11月に開かれた「新しい資本主義実行本部」の初会合で岸田首相が言及した「成長と分配の好循環」は、安倍氏が首相時代から使ってきた言葉そのものだ。「アベノミクス」で経済成長を図り、その果実が高所得者層から低所得者層に「したたり落ちる」(トリクルダウン)というものであり、良くも悪くも岸田政権の政策は、アベノミクスから何ら脱却していない。

「新しい資本主義」は、見た目こそ「立憲民主党っぽく」装いながら、結局は安倍政権以来の新自由主義的政策を引き継いでいる、と言われても仕方がない。

アベノマスク問題の方も、わけが分からない経緯をたどった。

岸田政権がマスクの廃棄を決めた理由は、2020年8月から翌21年3月までのマスク保管料が、6億円と高額になっていたためだ。すべて廃棄すれば費用は6,000万円に抑えられる見通しで、鈴木俊一財務相は「損切り」という言葉さえ使っていた。

しかし、政府がマスクの廃棄前に無償配布の希望を募ると、配布希望が在庫を上回る「2億8,000万枚以上の見込み」(松野博一官房長官)に。そして、西日本新聞の報道によれば、政府はその配送料が10億円にのぼると試算しているという。すべて廃棄した場合の費用どころか、当初問題になっていた高額の保管料を上回る費用がかかることになってしまったわけだ。

その中で一人嬉しそうなのが安倍氏だった。松野氏が記者会見で「2億8,000万枚」という数字を公表する前に、安倍氏は自身の派閥の会合で「廃棄するという決定だったが……」と前置きしつつ、嬉々として配布希望の枚数を語ったという。

「アベノマスクは無意味ではなかった」と強弁したい安倍氏が、結果としてほくそ笑むことになった。そしてそのために、岸田政権は当初の保管料以上に多額の税金を投入する見通しとなったのだ。

一体何をやっているのか。そこまで安倍氏に忖度する必要があるのか。

政局ウオッチャーの見る岸田・安倍関係は、少し違うようだ。「岸田首相は安倍氏の望む人事を覆すなど、安倍氏との決別を目指している」「安倍氏は岸田首相が自分の思い通りに動かないことに不満を抱いている」。そんな言説が多数飛び交う。

筆者は自民党内の権力争いに興味はない。しかし、これらの言説には「本当なのだろうか」と疑問を抱いている。

この夏の参院選を前に、安倍氏は自ら言動に大きな注目を集めさせて、保守派の支持層を引き寄せる。一方で岸田首相は「安倍氏からの脱却」を演出することで中道・リベラル層を引きつけ、野党への支持を引き剥がす。

岸田首相と安倍氏は、あうんの呼吸でそのための「プロレス」を演じているだけなのではないか。筆者はそんな気がしてならない。

image by: 岸田文雄 - Home | Facebook

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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