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日本のメディアが知ろうともしない、中国が「ゼロコロナ」に拘る理由

上海では1カ月以上ロックダウンが続き、首都北京でも数十人の感染者が確認されるや、一斉PCR検査が始まりました。中国がこだわるこの政策に関して、日本メディアの伝え方に違和感を表明するのは、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、「ゼロコロナ」は感染者ゼロ政策ではなく、市中感染を生じさせない「動的ゼロコロナ」政策と解説。大都市と農村部があり、60歳以上が2億6700万人もいる中国にはこの政策以外ないと明かし、メディアは喜ばない中国の実情を伝えています。

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習近平政権が「『ゼロコロナ』を止められない」のは政権維持のためという報道への違和感

中国が進めてきた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策には、どこか「強権」的な匂いが付きまとう。そのためか西側の政界やメディアでは、当初からこれを否定的に見ようとする空気が支配的だった。

それがいま、中国経済の中心都市・上海での感染拡大という事態を受けて強まっているようだ。感染力が強く無症状の感染者が多いオミクロン株(SARS-CoV-2の変異株の一つ。以下、オミクロン)の出現が、鉄壁を誇った中国の感染対策に大穴を開けてしまったのだ。感染のスピードが対策の物理的限界をイメージさせ、また一部では重症化しにくい──これにも諸説あるが──との特徴も指摘され、旧態依然とした対策に固執する中国を対策後進国と見る空気が広がったのだ。

ウィズコロナか、ゼロコロナかという対立が、あたかも「民主主義VS専制主義」の延長戦であるかのようなとらえ方でもある。上海がロックダウンされた直後には、私も複数のメディアから異口同音に「なぜ、中国は『ゼロコロナ』を止められないのか?」と質問されて戸惑った。

メディア的な正解は「習近平政権がゼロコロナを否定すると責任を追及されるから」とか「上海市のトップ(書記)が習近平の側近で彼の責任追及を避けたいから」と説明することなのだろう。しかし、それは副次的な理由で、そう説明すると多くのメディアがつまらなそうに電話を切った。

忖度できない理由は実に明瞭だ。目下のところ中国にはゼロコロナ以外の選択肢などないからである。もちろん、とはいっても単純な話ではい。いろいろ説明が必要だ。そもそも「ゼロコロナ」といっても日本で使われている言葉と中国が公式に使うものでは意味が違うからだ。中国のいう「ゼロコロナ」は正式には「動態(動的)ゼロコロナ」であり、目指しているのは感染者ゼロではない。「市中感染ゼロ」だ。

それは社会で自由に活動している人々の中に感染者がいない状態であり、そのためには感染者を発見したらすぐ封じ込める対策だ。ただ無症状感染者が多いオミクロンには従来の対策が無力であったのは間違いない。そのことは3月初旬の感染拡大から4月中旬時点で、中国の20都市以上がロックダウンされたことでも明らかだろう。

4月28日、記者会見に応じた国家衛生健康委員会疾病予防管理局の呉良有副局長は、今年4月に報告されたCOVID-19の国内症例が累計で55万3251人に達し、西蔵(チベット)自治区を除く全ての省で感染者が確認されたことを明らかにした。

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ロックダウンされた上海のスーパーからは品モノが消え、配給の不備や住民と当局の衝突といった窮状が次々とSNSを通じて発信された。なかでも有名なバイオリニストの自殺に絡み、医療崩壊にも似た問題が起きていることが明らかになり、全国にその深刻さが伝えられた。

上海の混乱は西側メディアが「ゼロコロナ」政策の不合理性を取り上げられる絶好の機会となったのである。「なぜ、中国は『ゼロコロナ』を止められないのか?」という質問は、少なからず「ゼロコロナ」の継続が誤りであることが前提だ。

さらに追い風となったのは中国のCOVID-19対策の伝説的人物・鐘南山医師が自らの論文(中国の学術誌『ナショナル・サイエンス・レビュー』4月6日)で「ゼロコロナ政策を『長期的に追い求めることはできない』と主張する論文を発表し、波紋を呼んでいる」と日本の新聞などが報じたことだ。その後、8日の講演では「現時点では政策緩和は適当ではない」と発言したことも報じられたが、まるで当局の圧力で本音が封じられたようにも感じられる扱いだった。

ただ論文を読めば明らかなように「長期的に追い求めることはできない」と言ったのは「長期的な視点に立てば」(「in the long run」)という前提の話であり、いまの上海に向けた発言ではない。そもそもタイトルが「来るべき再開に向けた中国のCOVID-19戦略」なのだ。鐘氏が緩和を「不適当」としたのは中国にはオミクロンに対する警戒が依然として強いからだ。

4月22日CCTVのインタビューに答える中国国家衛生健康委員会疫情応対処置工作両道小組専門家組梁万年組長は、「オミクロンは防疫措置を取らなければ平均9・5人以上に感染させ、死亡率も0・75%と高い」と警告した。一般的にインフルエンザの死亡率が0・1%であれば7倍から8倍であり、「高齢者に至っては100倍にもなる」(同前)というのだ。

つまりオミクロンは感染症に対して弱い状態にある人にとってリスクは依然として大きく、中国には60歳以上の人口が2億6700万人もいる。また、子どもに対し長期間の後遺症が残ることを意味する「ロング・コビッド」という言葉が指摘される点からも軽視はできないというのが中国の考え方だ。この中国の選択を「政策的な間違いを否定できないから」という理由だけで説明しようとするのは無理があると言わざるを得ない。冷静に考えれば「ゼロコロナ」政策の成否を判断できるのはまだずっと先の話だ。

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ラリー・ブリリアント(パンディフェンス・アドバイザリーCEO)ほか5人の研究者が発表した論文「新型コロナの不都合な真実──永続化するウイルスとの闘い」(『フォーリン・アフェアーズ』2021年4月号)のなかで「『COVID19パンデミックを引き起こしたウイルスは消滅しない』。いまや、こう明言すべきタイミングだろう」と位置付けた。その上で「ウイルスを封じ込める試みは、短距離走であるとともに、マラソンであることがすでに明らかになっている」と断じたのだ。

同じ論文誌でマイケル・T・オスタホルム(ミネソタ大学兼感染症研究政策センター所長)他1名は「変異株とグローバルな集団免疫──終わらないパンデミック」を発表。そのなかで「2020年11月と12月に最初の変異株が出現すると、科学者コミュニティは、パンデミックを収束させるのがそれほど簡単ではないことを、屈辱感とともに、認めざるを得なくなった」と論じた。さらにその上で、「もっとも厄介なのは、ワクチン接種またはCOVID19への感染から得た免疫では、変異株への感染を防げないかもしれないことだ」と警告している。

つまり数分から数時間で新世代の株を誕生させ続けるCOVID19は、ひょっとすると集団免疫というゴールをわれわれから奪ってしまう可能性さえあるというのだ。その意味で重要になるのは変異株出現の環境をいかに抑えるかという課題だ。中国が「動的ゼロコロナ」にこだわる一つの理由がここにあることは実はあまり知られていない。

かつてキッシンジャー米元国務長官は中国を評して「西欧とアフリカが同居する国」といったことがある。これを感染対策に当てはめれば医療設備の整った上海は西欧で田舎はアフリカになる。

中国の進めるゼロコロナが決壊すれば医療設備のない田舎で感染が爆発し、対応は追い付かなくなる。そうした地域でCOVID19が蔓延すれば当然のことそこから変異株が生れるリスクは高まる。これがとんでもない負の循環を作り出すかもしれないと心配されているのだ。まさに結核への対応でみた地獄の再現だ。

要するに、医療設備の整った都会でCOVID19を食い止めることと短期間に集中して感染を食い止めていち早く通常を取り戻すことが中国がゼロコロナから離れられない理由であり、これ以外に選択肢もないのが実態なのだ。

そして中国の選択が成功か否かを判断したいのであれば、それは少なくとも数カ月の観察が必要だ。過去、深セン市はロックダウンから10日足らずで社会・生産の秩序を回復させ、山東省も約1カ月で回復した。3月からの大規模感染は、その舞台の95%以上が上海市と吉林省だ。そしていま上海と吉林省も経済活動を静かに始めている。

吉林省は4月14日、ゼロコロナを達成し、社会・生産・生活の秩序を徐々に回復したと発表。上海市も感染症の感染指数が2・27から1・23に下降させることに成功し、4月16日からは工業企業の操業再開に向けて具体的に動き出すという。これは見方によって部分的なゼロコロナの解除と言えるのかもしれない。

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image by:imtmphoto/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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