コロナ禍においても絶好調を維持しているマクドナルド。週末ともなれば店には多くのお客さんが詰めかけ、列をなしています。そんな順風満帆なマクドナルドですが、わずか数年前にはあるキャンペーンで大失敗をしていました。マーケティング&ブランディングコンサルタントとして活躍する橋本之克さんが行動経済学の観点から、マクドナルドが大苦戦した理由について検証します。
プロフィール:橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディング ディレクター 兼 昭和女子大学 現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店勤
マクドナルド「1000のチョイス」キャンペーンとは?
多くの企業が苦戦する飲食業界の中で不況にも負けず、直近数年にわたり増収増益を続けているのが「マクドナルド」です。2020年12月期、2021年12月期においては、2期連続で営業利益の過去最高を更新しました。
コロナ禍の中、かねてから注力していたテイクアウトやドライブスルーに加えて、デリバリー、モバイルオーダーなど非接触注文導入にも力を入れたことが伸び続けた要因だと言われています。
しかしこのマクドナルドも、必ずしも常に順風満帆だったわけではありません。数年前には、仕掛けたキャンペーンが売り上げにつながらないこともありました。中心的なセットメニュー「バリューセット」の内容を改訂した、2015年の「1000のチョイス」キャンペーンです。
「新バリューセット」では、サイドメニューが選択でき、ドリンクの選択肢も増え、価格もわかりやすくなりました。メイン11種類、サイド5種類、ドリンク20種類の掛け合わせで合計1100通りからの選択が可能です。このバリエーションを“売り”として、大々的に売り出したのです。
このキャンペーンを発表した、当時のサラ・カサノバ社長は「豊富な選択肢を求めるお客様の要望に応えた結果だ」と胸を張りました。
マクドナルドがこのキャンペーンに全社をあげて取り組んだことは間違いありません。キャンペーンの広告や販売促進には多額のコストがかかります。1000以上の注文に対して、間違えず、かつ素早く提供をするオペレーションを整備するのも非常に大変だったことでしょう。
ところが、消費者の評判は上々とは言えなかったようです。当時の利用客がブログで「選べる楽しみよりも、面倒くさいなという気分が先に立つ」といった感想を述べています。実際にキャンペーンも長く続くことはなく、この年のマクドナルドの営業利益はマイナスに落ち込みました。
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キャンペーンを失敗に導いた「決定麻痺」と「損失回避」
さまざまな努力を重ねたうえでキャンペーンを行ったにもかかわらず、成功しなかった理由は何でしょうか。“いろいろ選べると良い”といった、顕在的な顧客の声ばかりに注目し、顧客の深層心理を読んでいなかったことだと私は考えています。
マクドナルドが見逃した消費者の心理的バイアスは、行動経済学における「決定麻痺」です。多すぎる選択肢に直面してこの心理が働くと、選択を先延ばしにしたり、選択すること自体をやめてしまうのです。
この心理的バイアスを提唱した米国コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授は、実際にスーパーの売り場でジャムの店頭販売を行い、この心理を確かめています。6種類のジャムと24種類のジャムを試食させる実験です。2パターンの時間帯を分け、どちらの方が多く試食されるか、また試食後に多く売れたのはどちらか調査しました。
試食に関しては、24種類のジャムでは通行人の60%、6種類のジャムでは40%と、24種類の方が多く試食されました。ところが実際の購入は、24種類では試食した人の3%にとどまり、6種類のジャムの30%を下回ったのです。最終的に購買した確率は下記です。
- 24種類のジャム:試食率60% × 購入率3% = 最終的購入率 1.8%
- 6種類のジャム:試食率40% × 購入率30% = 最終的購入率 12%
現場では24種類のジャムを試食した人の多くが、迷ったあげく買わなかったそうです。選択肢が多いと選択自体を止める人が増えることが確かめられたわけです。
マクドナルドの「1000のチョイス」の顧客の心理にも「決定麻痺」が働いた可能性があります。いくら自由に選べると言われても、1000もの組み合わせの中から、自分にとってのベストを選ぶのは簡単ではありません。
ましてやマクドナルドの注文カウンターで、後ろに並んで待つ人や、目の前の店員の視線を浴びながらの選択です。時間をかけて選択肢を吟味する余裕もありません。結局は、いつもと同じメニューを注文する顧客も多かったことでしょう。
こうした顧客の心の中には、1000のチョイスから選べる権利があったはずなのに、結局その権利を行使できなかったという不満が生まれます。「損失回避」という心理的バイアスの影響です。
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人間は自分の持つ権利などに対して実際以上に高い価値を感じます。損失を避けようとする一方、最終的な損失に感じる喪失感は強くなります。「1000のチョイス」キャンペーンを行った結果、マクドナルドの顧客は、単に選べなかったという残念さ以上の強い不満を感じる結果になったわけです。