V.S.ラマチャンドランの名著『脳の中の幽霊』(角川書店)には、自分の側頭葉を磁気で刺激して神を感じた研究者の話が出てくる。また、側頭葉てんかんの患者さんの中には、神を感じる人がいるようだ。
私は数多くの患者が「神々しい光がすべてを明るく照らしていた」あるいは、「究極の真実は、平凡な人間には決して手の届かないところにある。そういう人たちは日常生活のあれこれにどっぷり浸りすぎて、究極の真実の美しさや壮大さに気づかない」といった話をするのを聞いてきた」(同書p.229より)
側頭葉に磁気刺激を与えられた人や側頭葉てんかんの患者さんではなくとも、この部位が活性化すれば、神を感じたりすることはありそうだ。どうやら神は左側頭葉のシルビウス溝に宿っているらしい。前記の本には、側頭葉に磁気刺激を受けて神を感じたという話を聞いたラマチャンドランが、「その装置をフランシス・クリックに試してみるべきかもしれないぞ」とにやりと笑って言った、という記述がある。フランシス・クリックとはもちろんジェームズ・ワトソンと共にDNAの二重らせん構造を発見した生物学者で、無神論者と喧伝されていた人物で、この本が書かれた当時まだ存命であった。
この記述から、ラマチャンドランが、無神論者の神を感じる脳領域は活性化しておらず、何らかの手段で活性化してやれば、神を感じるに違いないと考えていたことが分かる。シルビウス溝が活性化しなければ、神を感じることはないが、何らかの刺激で活性化すると、神が降臨してきたという感覚にとらわれることは、神の啓示を受けて教祖になった人が沢山いるということからも確かだと思われる。
それでは、シルビウス溝は磁気刺激以外ではどんな時に活性化するのだろう。よく知られているのは集中治療室で治療を受けている時や、死にかけた事故の直後、薬物でトリップしている時、あるいはすさまじい修行をして、精神がトランス状態になっている時などである。カルト宗教が人々を洗脳して、入信させる際に、セミナーとか勉強会とか称して、脳を酷使させてトランス状態に導こうとするのは、シルビウス溝を活性化させて、神を感じさせる(あるいは神秘体験をさせる)ためである。
シルビウス溝の活性化が報酬系や扁桃体と結びつくと、ドーパミンが分泌され、極めて強い快感が生じ、いわゆる宗教的な法悦に浸っている状態になるわけだ。単純に言えば宗教依存症になった状態である。ひとたび、ある刺激-報酬系の経路が確立されると、これを元に戻すのが難しいのは、アルコール依存症、ニコチン依存症、セックス依存症、ギャンブル依存症などの例を見ても明らかなので、一度カルト宗教に引きずり込まれた人を改心させるのは、なかなか難しい。 (『池田清彦のやせ我慢日記』2022年9月9日号より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
この記事の著者・池田清彦さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com