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老いることは「悲しいこと」なのか?認知症新薬レカネマブ承認を考える

国内での使用が承認され大きな話題となっている、日米の製薬会社が共同開発した認知症の新治療薬「レカネマブ」。従来の対症療法的なタイプとは異なる新薬の登場は、果たして人々に幸せをもたらすのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、レカネマブを100%礼賛することはできないとしてその理由を解説。さらに治療薬の開発だけにとどまることなく、人間が持ち続けるべき「問い」についても深く考察しています。

プロフィール河合薫かわいかおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

老いと医学と価値観と

厚労省の専門部会は21日、認知症の進行を抑制する治療薬「レカネマブ」の承認を了承しました。すでにあちこちで大々的に報道されていますが、レカネマブはアルツハイマー病患者の脳内に蓄積する「アミロイドベータ(Aβ)」というたんぱく質を除去するよう設計されたバイオ医薬品です。これまでの「対症療法」にとどまる治療薬とは異なり、病気の原因に働きかけることで症状の進行を抑えます。

投薬の対象となるのは、軽度認知症と認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の人。投与前に検査を徹底し、アルツハイマーであること、脳内にAβがたまっていることを確認する必要があり、投与は2週間に1回、点滴で行います。

約1,800人が参加した臨床試験(治験)では、18カ月の投与で、偽薬と比べて記憶力や判断力の悪化が27%抑えられました。しかし一方で、薬を使った人の12.6%に脳内の浮腫、17.3%に微小出血が報告されるなど副作用も確認されました。

米国では今年7月に正式承認され、高齢者向け保険の適用も決まりましたが、その効果を疑問視する専門家は少なくありません。懐疑的な意見を述べる専門家の中には「治験で示された27%の効果はごくわずかだ」という指摘や、「Aβはアルツハイマー病という複雑なパズルの1つのピースにすぎず、病気の進行を遅らせたり止めたりする上で重要かどうかはわからない」と考える人たちもいます。

個人的には、若年性のアルツハイマーには光をもたらす薬だと思います。しかし、高齢者の場合はどうなのかなぁと。認知症はわかっていないことも多く、アルツハイマーは加齢によるものとの意見も少なくありません。27%記憶力や判断力の悪化が抑えられたとしても、老いは止まりません。老いるということは、昨日まで当たり前にできていたことが、一つ一つできなくなること。その自然の摂理を遅らせることが、どれほど生活を豊かにするのか?私にはなんとも言葉にしがたい“つかえ”のようなものが、心の奥底にある。

「日本は超高齢社会だし、2025年には高齢者の5人に1人、国民の17人に1人が認知症になると予測されているから、レカネマブ!万歳!!」とは言えないのです。

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数年前に「寝たきり老人がいるのは日本だけ」という言説が、話題になったのを覚えているでしょうか。欧米では「老いる」ことや「寿命」に対する考え方が日本とは違うため、延命治療のあり方にちがいがあるのだ、と。

私も10年前までは、「そうはいっても家族としては、1日でも長く生きてほしいって思うにきまってる」と考えていました。

しかし、父に大きな変化が起き、次々と予期できない変化が起こることを学び、母にも大きな変化が起き、奇跡的な回復をみせながらも、老いは前にしか進まないことを学び、長さではなく笑顔でいる瞬間が、一回でも多くなることを望むようになった。子にできることといったら、老いる親が1日でも多く笑ってくれる日をつくることくらいしかできないと痛感したのです。

ボケるのは当たり前だと思うようになったし、年取っておかしなこと言ったり、とんちんかんなことをやったりするのも、笑いに変えることのほうがいいのではないか?と思うようになりました。

年をとることで手に入れる「時空を越える跳躍力」と「創造性あふれる作話」も、楽しんだほうがいい――。そう考えたら、老いることが悲しいことではなくなりました。

とはいえ、人間の心は複雑なので、今日は「ま、いっか」と笑えても、明日は「薬でなんとか」と医学技術に頼りたくなる。延命治療はしないと決めていても「1日でも長く生きていてほしい」と医療機器に頼りたくなることだってある。

正解はないのです。だからこそ、治療薬開発だけではなく、「老いる」という誰もが直面するライフステージを、どう捉えるのか?という問いを持ち続けることを忘れてはいけないように思えてなりません。

自然な形で死にたい――という願いは万人がもっているのではないでしょうか。では、その自然な形とは何か?医学の進歩が逆に人生の最後のステージを苦痛に変えてしまうのではないか?

死生観には、文化的なものが大きいので答えはでないかもしれません。それでもやはり、治療薬の負の部分の議論も、もっと深化させてほしいと思います。

みなさまのご意見、お聞かせください。

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image by : Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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