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なぜ“強いドイツ”は「劣化」したのか?動かぬ鉄道、学力低下、荒れる国土…かつての勇姿は見る影もなし

自他ともに認める「ヨーロッパの雄」として、これまで欧州を牽引してきたドイツ。しかし近年、そんな大国に暗い影が差し始めているようです。今回、作家でドイツ在住の川口マーン惠美さんは、「発展途上国化するドイツの現状」を詳しく紹介。さらに過去あれだけの強さを誇った同国が、ここまでの惨状に陥ってしまった原因を考察しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

強いドイツはどこへ行ったのか?

11月6日、カッセル市中にあるカトリックの教会の大屋根が崩落した。教会はたいてい船のように長細い形をしているが、この教会もその例に漏れず、屋根の真ん中が35mぐらい、きれいに一直線に中に落ち込んだ。26本あった梁が全てが折れていたという。

事故当時、教会には関係者が一人いたが、幸いにも無事だった。しかし、前日は日曜日のミサで満員だったというから、一日ずれていたら大惨事になっていたかも知れなかった。原因は不明で、調査中だそうだ。

その4週間後の12月2日の夜、マールブルク大学の法学部の大教室の屋根が、突然、崩落した。建てられたのは1924年だそうだが、ドイツでは普通、100年前の建物など珍しくもなく、戦災に遭わなかった地域では、築200年ぐらいの住宅はいくらでもある。

事故後の写真を見ると、梁の太い材木やら、アルミの断熱材やら、無数のケーブルなどが、机と椅子の上に一面に覆いかぶさっていた。幸いにも週末の夜で、こちらも人的被害はなかったが、講義中なら400人の学生が下敷きになった可能性があった。原因はやはり不明で、調査中。何もしないのに屋根が崩れる話など、今まで聞いたことがなかったが、ドイツは発展途上国化しているようだ。

今年の1月から11月までのドイツの遠距離電車のうち、定刻に到着した電車は全体の52%だった。ドイツでは、6分未満の遅延は“定刻”ということになっている(そうでなくては、おそらく定刻着の電車がなくなる)から、48%の列車が6分以上遅れたことになる。しかも、その半分以上は16分以上の遅延だった。

ドイツ鉄道の酷さは何年も前から有名で、遅延もさることながら、突然の運休は日常茶飯事だし、乗っている遠距離電車の行き先が途中で変わったり、予約していた号車の車両が付いていなかったりと、信じられないようなことが次々と起こる。

食堂車はたいてい機能せず、飲み物しかないことが多いし、先日、少しでもマシなようにと1等車に乗ったら、トイレが2つとも故障で使えなかった。夏のクーラーの故障もしょっちゅうで、特急は窓が開かないので車内が高温になり、ぶっ倒れる人も出る。

一方、今月の初め、南ドイツで大雪が降った時には、ミュンヘン界隈で3日間ほど全線がストップし、大混乱となった。一番困ったのは、どこか野原の真ん中で立ち往生してしまった電車で、こんな列車に乗り合わせた乗客は悲惨だ。ちなみに、お隣のスイスやオーストリアはもっと雪深いが、電車が3日もマヒした話は聞いたことがない。

雪が溶けたら、今度は7日、8日と機関士組合が賃上げストに入った。組合側の要求は、555ユーロの賃上げ、各種手当の25%引き上げ、そして、同じ賃金で週の労働時間38時間を35時間に短縮すること。しかし、ドイツ鉄道側は当然、「賃上げは要求が大きすぎるし、この人手不足のご時世に35時間労働などあり得ない」と拒絶。そこで組合側は、1月8日から長期ストに入ると脅している。

利用者にしてみればストも困るが、労組があっさり合意して、その結果、運賃値上げというのも困る。そうでなくても、このお粗末なサービスで、ドイツの運賃は日本の新幹線並なのだ。要するに、ストの予告で脅されているのは国民である。

同じく12月の5日、OECDが3年に一度、15歳の生徒を対象に実施している学習到達度テスト「PISA」の結果が発表された。前年、実施されたもので、81ヵ国の69万人が参加し、「読解力」「数学応用力」「科学応用力」の3科目がマルチプルチョイスで問われる。

結果はというと、シンガポール、日本、韓国などアジア勢が上位を占めたのはいつも通りだが、2015年のPISAから下降中だったドイツは、3教科ともこれまでの最低記録となった。

ドイツではここ7~8年、教師不足に、ドイツ語を解さない生徒の増加も相まって、うまく運営できない学校が増えている。当然、学力は低下し、今回のPISAではついに、全ての科目が最低レベルに達しないという完全な落ちこぼれ組が15%にも上った。戦前より学校制度を誇ってきたドイツだったが、今や、卒業生の程度が低く、高度な職能を持った職人を育てられないという深刻な問題まで起こっている。

一国の力というのは、少数のエリートがいるだけではダメで、現場で小さな歯車となって働く一人ひとりが一定レベルの知識や能力を持ち、全体の中の自分の役割を把握していることが重要だが、学力の底辺が下がると、それが機能しなくなる。ミュンヘンの有名な経済研究所ifoは、今回のPISAに現れた数学能力の低下が、今世紀末までにドイツの国家経済に与える経済的損失を、14兆ユーロと推定した。

40年前、日独間の郵便は驚くほど正確で、両国とも、大きな歯車から小さな歯車までがちゃんと噛み合っていた。これこそが、この敗戦国2国が奇跡の経済復興を果たせた理由だ。

日本国内では今も歯車は噛み合っており、それどころか物流事情はさらに進化したが、ドイツの方はいつの間にか退化してしまった。送っておいたはずの資料が着かずに学会の発表に間に合わなかった話や、郵便物が行方不明になってしまった話は、私の周りでもしばしば聞く。着かないのでオンラインで追跡をかけると、相手が受け取っていないのに「配送済み」と表示されたというから、これでは混乱はさらに大きくなるばかりだ。先日、知り合いが日本からドイツに小包を送ろうとしたら、局員が「いつ着くか保証できません」と警告してくれたという。ドイツでは、鉄道も郵便もやはり途上国並みとなってしまった。

最近のドイツの弱体化は甚だしい。ただ、これは国民のせいというより、政治の影響も大きい。一番の原因は、政府が財政均衡に拘るあまり、内需を疎かにしてきたからだ。インフラ投資や設備投資が切り詰められれば、あらゆるところに支障が出るのは当然のことだ。

今や道路は穴ぼこだらけで、橋は老朽化。アウトーバーンの一部には、重量制限をかけなければならなくなった橋もある。鉄道のさまざまな不具合も、元はと言えば、多くは過度の節約による整備不良や、悪天候に対する備えの欠如が原因だ。また、民営化された鉄道や郵便は、当然、株主の利益が優先されるので、一時的に財政収支を悪化させる設備投資など、“有能な”経営者は手がけない。

それだけではない。住宅は極度に不足しているし、何年も前から言われているデジタル化も掛け声ばかり。さらに一番のネックは人手不足だ。

そこで、難民を入れ、それを速やかに移民に昇格させて、安い賃金で働いてもらおうと目論んだが、今では無制限に入ってくる難民の世話で、政府も自治体も身動きが取れない。しかも、彼らが働いてくれればまだ良いが、今のところ難民も移民も、ほとんどが税金にぶら下がっている状態で、国と州の財政が極度に圧迫されている。

これら失政の元は、どう見ても16年間のメルケル政権だが、現政権の罪は、それを修正せず、さらに傷口を広げ、取り返しのつかないところまで進めていることだ。

特に最大の失敗は、ウクライナ戦争によるエネルギー危機の真っ最中に、産業国ドイツにとって最後の頼みの綱であった3基の原発を止めてしまったこと。この暴挙により、ドイツは自らエネルギーの高騰、供給の不安定という困難に突入、産業立地としての競争力を一気に失いつつある。

そもそもドイツは、原発だけでなく、石炭火力も減らしている最中で、その代わりに50基近くのガス火力発電所を建てるつもりだ。しかし、完成までに時間がかかるし、完成した暁に、果たして安いガスが入手できるのかどうかも不明。それよりも問題は、ドイツ経済がそれまでもち堪えられるかどうか。多くの企業はすでにドイツに見切りをつけ、外国に脱出しようとしている。

また、喫緊の問題は、政府の金欠。今年は、1949年のドイツ連邦共和国建国以来、来年の予算を国会で通せないまま年を越す初めての年となるという。なぜか?

前述のように、財政規律の厳しいドイツでは、新規借入はGDPの0.35%を超えてはならないと決められている。そのラインを超えて借金が認められるのは非常時のみだが、そのお金は、他の年や、他の目的に転用してはならない。

ところが、ドイツ政府はそれを知りながら、21年のコロナ対策のためのお金のうち残っていた600億ユーロを、素知らぬ顔で「気候とトランスフォーメーション基金」に付け替えた。そして、野党に指摘されても無視し、バラマキ予算を組んで悦に入っていたのだが、11月15日、憲法裁判所(最高裁に相当)がそれを違憲と判定し、その途端、自慢の予算案は、政府の手から滑り落ちた。

それでも政府は何が何でもバラマキ政策を続けたい意向で、来年は炭素税を50%値上げすると表明。これはガソリンや暖房費に直接響くだけでなく、ほぼ全ての物価を押し上げる。しかもその他にも、国家経済や国民生活を無視した多くの“気候保護政策”を並べた。

民間企業なら、これだけ無茶をすれば倒産だろうが、ドイツ国は幸か不幸か、傾きはしても潰れない。しかも、国民を苦しめた政治家が罰を受けることもない。

ただ、国民はもう黙ってはいない。12月17日以降、農民やトラックの運転手など、直近で皺寄せを受ける人たちが決起し、全国で大々的な抗議デモを繰り広げ始めた。そうでなくても今、政府の支持率は地に落ちている。この調子では、一般国民がデモに合流する日も近いかもしれず、そうなれば、ドイツの治安は不穏になり、政治は一層混乱するだろう。

かつて強かったあのドイツ、いったいどこへ行くのだろうか?

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Achim Wagner / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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