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日本は今や「デジタル後進国」に。かつて先頭集団にいた我が国はなぜDXで出遅れてしまったのか?

先進国の中で大きく遅れを取っている日本のDX化。政府はその推進を図ろうと2021年にデジタル庁を新設しますが、DX化は遅々として進んでいないというのが現状です。その根本的な原因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野さんが、マイナカードを事例として何が日本のDXを阻害しているかについて解説。DX推進における「意識改革」の重要性を説いています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:DXとは何か:その1「意識改革の重要性」

プロフィール辻野晃一郎つじの・こういちろう
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

DXとは何か:その1「意識改革の重要性」

「DXとは何か」などとあらためて問い掛けるのも今更感がありますが、ひと頃から、「DX」「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が世の中に溢れるようになりました。しかしながら、その本質も正しく理解されないまま、世の中は既に次のステージである「AIX」「AIトランスフォーメーション」の時代に移行している、というのが私の解釈です。

デジタルやAIなどのテクノロジーの動向については、本メルマガでもこれまで何度も取り上げてきましたが、現代の技術革新の本質を正しく理解しておくことは、今を生き、未来に備える上でも非常に重要なことなので、これから何回かに分けて私の解釈をあらためて整理してお伝えすることにしたいと思います。

世の中のデジタルシフトは、もちろん昨日今日始まったわけではありません。古くは、私が在籍したソニーなどが中心になって、1980年代初頭にオーディオの世界にコンパクトディスク(CD)を誕生させましたが、その辺りが本格的なデジタル時代の幕開けだったと言えるかと思います。ただ、この頃はまだ、従来アナログ処理されてきたものがデジタル処理に移行するという単純なデジタイゼーションのレベルでした。

それが本格的なデジタライゼーションやデジタルトランスフォーメーションという形で世の中を大きく変革し始めたのは、言うまでもなくやはりインターネットの登場がきっかけになっています。

もともと、米DARPA(国防高等研究計画局)が開発したARPANETが原型になったインターネットは、1980年代末に民間開放されてから瞬く間に世界の新しいインフラとして普及しました。もちろん、インターネットの進化にも複雑な歴史がありますが、WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)が登場し、Ajaxなどのウェブテクノロジーが飛躍的に進化していわゆるWeb2.0といわれる時代になってからは、検索エンジンやSNSなども登場して我々の生活にも仕事にもなくてはならない重要インフラになったと言えます。

我が国も、当初はこの世の中の大きな流れの先頭を走っていたのは間違いないのですが、どういうわけだか、いつの間にか徐々に遅れ始めて、今や「デジタル後進国」などとも呼ばれるようになり、その出遅れは決定的になっています。特に、オープンなネットワークインフラの整備が進んでいわゆるクラウドの時代を迎え、ビジネスモデルにしても営業スタイルにしても業務プロセスにしても、従来のやり方を根本から見直して刷新するという意味でのDXについては、未だに十分な理解や実行が進まず戸惑いすら残っている感があります。

クラウドコンピューティングの時代以前、大型コンピュータの時代やパーソナルコンピューティングの時代には、しっかり世界にキャッチアップし先頭集団にいた日本は何故DXで出遅れてしまったのでしょうか。

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その理由は、DXの本質的な解釈を取り違えて、それまでのハードウェア中心の情報化やデジタル化と同一視していた部分が大きかったからではないかと思います。DXは、単なるハードウェアや技術の話ではなく、我々の考え方や行動パターンの変革を伴うものですが、そういう「意識改革」の側面が十分に理解されてこなかったのではないかと思います。

一つ二つ具体的な例を挙げると、たとえば国が推進するマイナカードが全くうまく行っていないことなどはその典型です。コロナの時に、感染状況を把握するために全国の保健所が未だに電話やファックスで情報収集していることが露呈しました。それもきっかけとなり、国もようやくデジタル後進国であることを自覚して最初にやったことが「デジタル庁の新設」でした。縦割り行政、箱物行政の延長線上にまた新たな縦割り省庁を一つ増やして、家賃の高いビルにオフィスを構えて何百人もの人を集め、トップにはデジタルをまるで理解していないのに知ったかぶりをして威張り散らすタイプの政治家を据えました。初代デジタル担当大臣の平井卓也氏にしても、二代目の河野太郎氏にしても、トップダウンの恫喝命令型、強行突破型という昭和型の人材です。

しかも、仕事の進め方は従来からのITゼネコン体質がそのままで、地方には、J-LIS(地方公共団体情報システム機構)という新たな中抜き団体が新設され、NEC、富士通、東芝、日立といったいわゆる電電ファミリーの大企業から大勢出向しています。

行政のデジタル化は急務ですが、これでは最初からボタンの掛け違いもいいところです。そもそも行政のデジタル化とは何か、あるべき姿はどういうものか、現状からあるべき姿に近づけていくためにはどのような道筋をたどるのが効果的なのか、というようなことについての共通認識が構築されていません。

マイナンバーとマイナカードは別物ですが、マイナカードについては、何故か最初からプラスチック製のカードありきからスタートしていて、上記のトップダウン恫喝命令型の人たちの独善的かつ強行突破的な手法で「無理を通せば道理が引っ込む」という最悪のやり方がまったく見直されることなく続いています。利便性も安全性もわからないものをポイント等の奨励金を出して強引に普及させようという手段は単なる税金の無駄遣いです。

別の例を挙げると、日本人の美徳でもある「忍耐強さ」や「もったいない精神」がDXの阻害要因になっています。労働集約的な作業や長時間労働を厭わず、その背景には「もったいない精神」が影響している場合もあります。減価償却が終わったような古い仕組みやシステムでも、使える限りは大切にして使い続ける、という姿勢が、結果的に労働集約的な作業や長時間労働をもたらしていても、そのやり方を続けて何とかこなしているうちにいつしか現状変更を嫌う体質が出来上がってしまっている、というようなことです。

しかし、DXは、ルーチン化しているような労働集約的な作業を見つけたらそれはコンピュータに任せて「如何に自分が楽をするか」という視点がなければ進みません。

さらに言えば、日本は、敗戦というどん底から、before internet時代に高度成長期を経て米国に次ぐ世界第2位の経済大国に登り詰めるという大きな成功体験を誇る国です。その自信が過信になると同時に、当時創り上げた金融から交通に至るまでの優れた社会インフラ(現金決済のための銀行支店網やATM網、公共交通機関の整備、etc.)が完備していて、特段after internet時代の変化に合わせなくても不自由を感じなかった、という背景もDXの阻害要因になってきたと言えます。結果的に、ゆでガエル状態で衰退が進み、逆にbefore internet時代に遅れていた中国や東南アジアなどがafter internetのデジタル時代にリープフロッグして一気に抜かれてしまった、ということです。

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マイナカードを事例として説明しましたが、トップダウン恫喝命令型のスタイルは、フラットな全員参加型のデジタル時代にはなじみません。たとえば、3.11の時にグーグルが矢継ぎ早にローンチした「パーソンファインダー(安否確認用ツール)」などの災害救済用ツールは、グーグルの危機管理本部などがトップダウンで命令して作らせたものではありません。当時グーグル日本法人に在籍していたウェブマスターの1人が、周囲に呼び掛けるところから世界中のグーグラーに協力の輪が広がって、グーグル内の草の根活動の成果で次々に開発されたものです。グーグルのトップマネジメントはその動きを止めたりせずに積極支援しました。また、オードリー・タンが台湾でやったようなスタイルも、裏方的に縦割り省庁の弊害や政府と国民の間の距離を、民間のシビックハッカーなどの協力も得ながらデジタルを使って解消するといった草の根的なやり方でした。日本のデジタル庁のやり方とはまったく違います。

デジタル時代の問題解決手法としては、最初から完全解を求めるのではなく、アジャイル型というか、まずは出来るところから小さく始めて、走りながら少しずつカバー範囲を広げ中身を改善していく、というスタイルが良いと思います。往々にして日本人は完璧主義の傾向が強く、最初から完全解を求める意識が強いので、それもDXの阻害要因になります。最初は30%でも、それを走りながら結果を見つつ軌道修正して、徐々に50%にし、70%にし、100%に近づけていく、というやり方が好ましいと思います。

そしてそのためには、従来のITゼネコン体質から脱却して、何でも当事者として自分たちでやる、という「ハンズオン体質」が求められます。日本の大企業では、偉くなるにつれてハンズオフになっていきます。コピーや電話やスケジュール管理もすべて秘書任せで自分では身の回りのことすら何も出来ない、という昭和型のトップも未だに少なくないと思いますが、それではDXは決してうまくいきません。

そしてこれも重要なことですが、デジタルとオープンは表裏一体です。オープンがデジタルを進化させ、デジタルはオープンを容易にするという関係にあります。特にクラウドの時代になってからはそうです。そしてオープンは信頼という面でも重要な概念です。しかし、従来の日本の体質は隠蔽体質といえます。特に昨今の政治の世界では、オープンガバメントどころか、どんどん隠蔽体質が強まっています。政府も検察も裁判所も、都合の悪いことはとにかく隠す(公文書改竄、廃棄、のり弁、捏造、etc.)という体質は、デジタルのネイチャーとは真逆で、DXの最大の阻害要因でもあると言えるでしょう。

以上、「DXとは何か」の第1回目では、「意識改革」の重要性について説明しました。DXを推進する上での障害が理解できれば、組織や社会でDXや、冒頭述べた次のステージであるAIXをうまく推進することも容易になるのではないかと思います。次号以降もしばらくDXやAIXの話を続けていきます。

※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』2024年4月12日号の一部抜粋です。つづきに興味をお持ちの方はこの機会にご登録の上、4月分のバックナンバーをお求め下さい

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辻野 晃一郎(つじの・こういちろう):福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

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【著者】 辻野晃一郎 【月額】 ¥880/月(税込) 【発行周期】 毎週 金曜日 発行

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