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変わるニュースの当たり前。報道されなくなった震災犠牲者の「名前」

元日に発生した能登半島地震による犠牲者の氏名の公表は、自治体が遺族の承諾を得て、それを元にメディアが報じる形になっています。一方、29年前の1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、メディアが競うように犠牲者の名前を報じていたそうです。この変化を複雑な思いで見ているのは、記者1年目に大阪で阪神大震災に遭遇し、現在は困難を抱える人々の支援に取り組む引地達也さん。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』では、名前を出さないことへの理解を示しながらも、匿名になることによって真のケアが生まれにくくなることを懸念しています。

阪神大震災の慰霊碑に刻まれた名前が示す大きな教訓

1995年1月17日の阪神淡路大震災から29年が経過した。大阪北部で被災した私には、地面からズドーンと突き上げられた衝撃がいまだに体の記憶として鮮明に残る。

当時、新聞社に入社して1年目であったが、その業務とは別に個人としてやらなければいけない非常時の対応やその心持は、その後に起きる震災に生かされ、新しい現実に対応しようと更新されてきた。いつからかその「社会的使命」は、少しずつ仕事の領域に広がり、現在の支援活動につながっていくことを考えると、阪神淡路大震災は私の人生に大きなインパクトを与えたことになる。

29年が経過してもいまだに神戸市中央区の「慰霊と復興のモニュメント」にある「瞑想空間」には、犠牲者の名を刻む銘板が増えている。名前が掲示されたこの空間に佇む時、犠牲者は1人ひとりの人格を持って語りかけくる。それは震災を考える原点ともなっている。

1月1日発生の能登半島地震では、多くの人が倒壊した家屋や土砂崩れの犠牲になったと推察されている。その数が日に日に増えてくると同時に、これまでの震災報道で明らかに違うのは、名前がないことである。

阪神淡路大震災では、新聞紙上で亡くなった方の名前を速報のようにメディア各社が競うように、そのすべて掲載するべく、私もその一人として「奮闘」していた。個人情報が悪用される考えも、その名前も「拡散する」ことも想像できなかった時代。新聞は社会の公器として、自治体が何と言おうと、人名を伝えること、それが「尊厳」にもつながる思いが強く、犠牲者の名前を報じることを使命としていた。

それが現在、その使命は、個人の安全を優先する考えなどから名前は伏せられ、結果的に犠牲者は数字にしか表れなくなった。個別のニュースで犠牲者の名前を出すことはあっても、犠牲者の名前をえんえんと伝え続けることはない。名前が表出し始めたのは、発生後、数日経ってからだった。

NHKではそれらの名前を、石川県が遺族の確認を取った上で公表したものを伝えているもので、自治体の考えに沿った情報公開である。メディアと自治体が個人情報の公表では同じ立ち位置なのが現状だ。これは今後、ニュースの当たり前になっていくのだろうか。

新型コロナウイルスの患者や死亡した方々の名前もやはり、周辺への二次被害や差別などの可能性から名前を積極的に出すことはなかった。それが、社会全体を不気味に「怖さ」を助長した面もある。名前をどのように扱うか、私たちの社会を誰もが住みやすくするために、まだ答えは出ていないような気がする。

名前がある人とのつながりの中で、私たちは生きているところから考えなければいけない時に、その名前を「公」にするには、どのような場合なのか、隠すことが最善なのか、誰もが自分の名前を恐れなく発出する世界はできないのか。フェイスブックの創造と発展、そして衰退傾向は1つの研究としては興味深い。そして、まだ答えは出ていない。

私が日常的に障がいのある人の関わりで、第三者に障がい者を説明する際には、その「障がい者」には、顔も名前もない情報を出すのが常識である。当事者を守るための行動であるが、そこから実態を想像するのは難しい。具体的な情報がなければコミュニケーションは耳感想で硬直化してしまう。

当事者と直接会うことで、コミュニケーションがより活発に、そして有効化するのと比較するとそれは分かりやすく、名前のないメディア社会は無味乾燥化の一途をたどることになる。

今後、被災地ではボランティアが活躍することが見込まれるが、多くが被災地で被災者と触れ合い、名前を呼び合う時、苦悩の中でも幸せが生まれるのが、常に被災した場所で生まれる希望である。そう考えると、匿名性からは真のケアは生まれにくいのである。

ボランティアの文化は確実に根付き始めている。だからこそ、名前のある人どうしの対話を深め、誰もが生きやすくするために、メディアが名前をどう扱うのがよいだろう。誰もがある名前を隠さずに生きていける社会にするために、考え続けよう。

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image by:Nikox2/Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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