■「俺がそっちに行くまで待っててね」
28日が葬式であったら、彼は試合には出られなかった。
司法解剖で日程が1日ずれたので出場できたのである。
悲しみに耐えて、父に対するせめてもの供養だとの思いが、「もちろん勝ったよ」の言葉の中に込められていたように思えた。
「もう庭を掃除している姿も見られないんだね、犬と散歩している姿も見られないんだね」。
後ろ姿は毅然としていた。
淋しさや悲しみをそのまま父に語りかけている。
「もうおいしい料理を作ってくれることも、俺のベッドで眠り込んでいることも、もうないんだね……」
あたかもそこにいる人に話すように
「今度は8月27日に試合があるから、上から見ていてね」。
その場にいた弔問客は胸を詰まらせ、ハンカチで涙を拭っていた。
「小さい時キャッチボールをしたね。ノックで5本捕れたら500円とか、10本捕れたら1000円とか言っていたね。
20歳になったら『一緒に酒を飲もう』って言ってたのに、まだ3年半もある。
クソ親父と思ったこともあったけど、大好きだった」
涙声になりながらも、ひと言、ひと言、ハッキリと父に語りかけていた。
「本当におつかれさま、ありがとう。俺がそっちに行くまで待っててね。さようなら」。
息子の弔辞は終わった。
父との再会を胸に、息子は逞しく生き抜くだろう。
image by: Shutterstock.com
ページ: 1 2









