セリーヌ・ディオンが世界的名声を得るきっかけとなったことでも知られ、70年に迫る歴史を誇るヨーロッパ最大の国別対抗音楽祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」。今年はスウェーデンで決勝が行われましたが、参加したイスラエル代表を巡り混乱が起きたことがメディアで伝えられています。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、この騒動の一部始終を詳しく紹介。その上で、国際的音楽祭を政治利用したと言わざるを得ないイスラエルのネタニヤフ首相を厳しく批判しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:音楽祭の政治利用
完全なる政治利用。イスラエルが国際的音楽祭に若い女性歌手を送り込んだ意図
5月11日、スウェーデン南部マルメのアリーナで開催されたヨーロッパ最大の国別対抗音楽祭『第68回ユーロビジョン・ソング・コンテスト』の決勝は、下馬評で優勝が噂されていたクロアチア代表を破り、スイス代表の歌手ニモさんが優勝しました。スイス代表の優勝は、1956年の第1回大会でのリス・アシアさん、1988年のセリーヌ・ディオンさんに続く3回目となりました。
今回優勝したニモさんは、自分の性自認を男女のどちらにも位置づけない「ノンバイナリー」の歌手で、今の自分を受け入れられるようになるまでの心境を綴った曲『The Code』を熱唱しました。ニモさんは最初の審査員投票で圧倒的にリードし、続く観客投票でも十分なポイントを加算して優勝しました。
歴史ある『ユーロビジョン・ソング・コンテスト』で「ノンバイナリー」の歌手が優勝するのは初めてで、性の多様性への理解がワールドスタンダードになって来たことが示された結果とも言えます。ニモさんは優勝のスピーチで感謝の言葉を述べ、「このコンテストが世界のすべての人々の平和と尊厳のためにあり続けることを願っています」と結びました。
しかし、こうした平和的な結末が迎えられた一方で、パレスチナ自治区ガザでのジェノサイドを続けるイスラエルの参加が物議を醸し、大規模な反イスラエルのデモに発展するという一面もありました。5月7日から11日までの日程で開催された今回の『ユーロビジョン・ソング・コンテスト』は、欧州や周辺国など37カ国の歌手が参加しましたが、イスラエル代表の20歳の女性歌手エデン・ゴランさんを巡り、出場に抗議する声が続出したのです。
イスラエル代表のゴランさんが9日の準決勝に出場すると、パフォーマンス中に会場から大ブーイングが巻き起こり、一部報道によると脅迫状も送りつけられたと言います。ゴランさんは準決勝を勝ち抜いて決勝へ進みましたが、会場周辺では1万人を超える多くの市民が、パレスチナ国旗や反イスラエルのプラカードを掲げ、大規模なデモを行ないました。
「パレスチナを解放せよ」「ガザの虐殺を正当化するな」などの横断幕を掲げたデモを鎮圧するため、スウェーデン警察は隣国のノルウェーやデンマークにも応援を要請し、警備に当たりました。あたしが動画で確認した限りでは、デモの暴徒化などは発生しませんでしたが、会場の出入口の周辺にパレスチナの国旗を広げて寝転がって抗議していた集団の中には、チケットを手に会場入りする観客に向かって「恥を知れ!」などと自民党の三原じゅん子議員のような罵声を浴びせている人もいました。
しかし、この大規模なデモを受けても、ゴランさんは「私は国の代表として光栄に思う」と述べ、ステージに立ち続けることを強調しました。そして、イスラエルのネタニヤフ首相はゴランさんに動画メッセージを送り、次のように伝えました。「あなたは既に勝利を手に入れました。国の誇りを持って大会に参加しただけでなく、恐ろしい反ユダヤ主義の集団と戦って成功を収めたからです」
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ステージを降りた瞬間に号泣のイスラエル代表歌手が得た同情票
決勝が行なわれた11日には、反イスラエルのデモが数万人に膨れ上がりました。決勝のオープニングでは、決勝に進出した歌手たちが自国の国旗を掲げてステージに立つ「フラッグ・パレード」が行なわれましたが、ゴランさんがイスラエルの国旗を掲げてステージに現われると、批判のブーイングと応援の歓声が同時に巻き起こり、会場は混沌とした異様な雰囲気に包まれました。
決勝ということで周辺のデモ参加者の一部もヒートアップし、会場になだれ込んでゴランさんのパフォーマンスを妨害しようとした一団が、警備隊に鎮圧されました。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(21)も、パレスチナ伝統のスカーフを身にまとってデモに参加していましたが、有名人ということで目をつけられ、警察官に強制連行されました。
罵声が飛び交い緊張がMAXになった会場では、決勝へ進出した各国の代表のパフォーマンスが始まりましたが、アイルランド代表のバンビー・サグさんは「愛は常に憎しみに打ち勝つ」と叫び、ポルトガル代表のヨランダさんは「平和は勝つ」と叫び、フランス代表のスリマンさんは「私たちは愛と平和のために音楽で団結する」と叫びました。
注目されていたイスラエル代表のエデン・ゴランさんも、持ち歌の『ハリケーン』を最後まで歌い切りました。しかし、いくら国の代表と言っても、まだ20歳の女性です。ゴランさんはステージを降りた瞬間、緊張の糸が途切れたのか、号泣してしまいました。
審査員1人が12点ずつ持っている審査員投票では、ゴランさんは52点しか獲得できず、12位に沈んでしまいました。しかし、その後の観客投票で323票も獲得し、5位に浮上したのです。この観客投票はクロアチアの337票に次ぐ二番目に高いスコアでした。関係者によると、審査員投票と観客投票にこれほどの差が生まれたのは、長いコンテストの歴史で初めてのことだそうです。
これはあたしの推測ですが、審査員の多くはゴランさんのパフォーマンスを純粋に審査したのではなく、それぞれの国の政治的スタンスを加味して採点したのではないでしょうか?そして観客は「音楽と政治は関係ない」という視点や、ブーイングを受けているゴランさんへの同情票など、こちらもこちらでパフォーマンス以外の何かが加味されたのではないでしょうか?
もちろんあたしは、音楽やスポーツは政治と切り離して考えるべきだと思っています。しかし、北朝鮮の代表チームが日本に来てサッカーの試合をしたりすると、長年、拉致被害者家族の苦しみを見て来たので、とても複雑な気持ちになります。北朝鮮の代表チームの選手たちに何の罪もないことは分かっていても、「サッカーをやりたいなら、まずは拉致被害者を全員返せよ!」という気持ちになってしまうのが正直なところです。
今回のイスラエル代表のエデン・ゴランさんにしても、わずか20歳の女性が国を代表して批判の矢面に立たされたのですから、その点だけを見れば気の毒だと思います。しかし、自分の家族をイスラエル軍に虐殺されたパレスチナの人々にしてみたら、とても笑顔で拍手を送ることなどできないでしょう。それに今回、パフォーマンスを終えたゴランさんは、記者団に次のように述べたのです。
「私が今、国の代表としてこの場に立てる機会を得られたことは、とても意味のあることです。私の国では、昨年10月7日のハマスによる襲撃で多くの人々が虐殺され、今も100人以上がテロリスト集団の捕虜になっています。私はこの人たちをそれぞれの故郷に連れて帰るために歌いました。会場ではイスラエルを憎むハマス支持者からブーイングを浴びせられましたが、イスラエル国民の愛が私を支えてくれました」
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絶対に許されない音楽祭を政治利用した戦争犯罪の正当化
イスラエルのネタニヤフ首相がゴランさんに送ったビデオメッセージでは、反イスラエルのデモ参加者のことを「恐ろしい反ユダヤ主義の集団」と言っていましたが、ゴランさんも自分にブーイングを浴びせた人たちのことを「イスラエルを憎むハマス支持者」と言ったのです。
そして、ゴランさんが搭乗した帰国便に電話をしたイスラエルのヘルツォーク大統領は、祝福の言葉に続き「あなたはイスラエルを憎むすべての者たちと反ユダヤ主義の破壊者全員に誇りを持って立ち向かいました。それはとても困難な国家的課題であり、私はとても感謝しています」と述べました。
今回、反イスラエルのデモに参加した人たちやゴランさんにブーイングを浴びせた人たちの大半は、現在のイスラエル軍によるガザでの大量虐殺という戦争犯罪を批判しているのであって、「反ユダヤ主義者」でもなければ「ハマス支持者」でもないと思います。
それに、ハマスが殺したイスラエル人は約1,200人、捕虜は約100人ですが、イスラエル軍が殺したパレスチナ人は約3万5,000人、捕虜は約8,000人なのです。このような状況で、自分たちの被害だけを声高に訴え、自分たちを批判する人たちを「反ユダヤ主義者」や「ハマス支持者」と決めつけることで、自分たちの戦争犯罪を正当化しようとした今回のゴランさんやネタニヤフ首相の発言は、完全に音楽祭の「政治利用」と言われても言い訳できないでしょう。
しかし、すでにイスラエル国内でも各地でネタニヤフ首相の退陣を求める大規模なデモが繰り返され、立場がなくなりつつあるネタニヤフ首相としては、国外だけでなく国内向けとしても、今回のゴランさんのようなメッセージが必要だったのです。
そう考えると、出場すれば必ずブーイングを浴びることが分かっていたイスラエル代表を、男性歌手でなく若い女性歌手にして、それでも果敢にステージに立ち続け、最後に反ハマスのメッセージを語らせてネタニヤフ政権に追い風を送るという一連のシナリオが、誰の手によるものなのか火を見るより明らかだと思います。
音楽やスポーツを政治利用すべきでないのは当然ですが、自分たちが政治利用しないだけでなく、ネタニヤフ首相のように政治利用している悪質な例を見つけた場合は、正面からハッキリと批判することも大切だと思います。日本の場合は安倍晋三首相が五輪招致のために内閣機密費からIOC委員らにワイロをバラ撒いたので、日本人は他国のことを正面から批判しずらいですが、それでも大量虐殺という戦争犯罪を、音楽祭を政治利用して正当化することは絶対に許されません。
(『きっこのメルマガ』2024年5月15日号より一部抜粋・文中敬称略)
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