誰しもが一度ならずとも耳にしたことがあるはずの「スケープゴート」という言葉。なぜ人は有史以来、スケープゴートを生み出し続けてきたのでしょうか。今回のメルマガ『富田隆のお気楽心理学』では著者で心理学者の富田さんが、社会心理学におけるスケープゴートについて専門家の立場から解説。さらにこの「人間の悪癖」を巧みに利用した独裁者の行状を紹介しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:贖罪の山羊
贖罪の山羊
今年は梅の実が不作とか。そう言われて見れば、我が家の梅の木もあまり実をつけておりません。蒸し暑い日々が続いておりますが、あなた様におかれましてはお元気にお過ごしでしょうか。
「不作」と言えば、梅だけではなく、オレンジもカカオも、挙句の果てにはコーヒーまでもが不作で品薄となり、あれもこれも値段が高騰しています。朝食は、納豆に梅干し、海苔にご飯、それに食後のコーヒーを定番にしている私は、大いに危機意識を高めている次第です。梅干しは大丈夫なのでしょうか?追い打ちをかけるように、最近、海苔も不漁とかで、値が上がり始めました。おまけに、「まさか!」のお米までが足りないのだとか。お米は日本人の生命線なのに…。
これらは、おそらく、世界的な天候不順が原因なのでしょう。こうした災難に見舞われた時、「お天道様に悪口を言っても仕方がない」と、誰もが諦めてくれれば良いのですが、下手をすると人間の「悪い癖」が出るので、要注意です。悪い癖とは、たまたま生じた災難を「誰かのせいにする」という人類生誕以来?の困った心理傾向のことです。
そうした状況で「犯人」にされてしまった人物や集団を社会心理学では「スケープゴート(scapegoat)」と呼んでいます。スケープゴートとは「贖罪(しょくざい)の山羊」の意味で、自分たちの罪を贖(あがな)うために神に捧げる生贄(いけにえ)のことです。もちろん、いくら「スケープゴート」を血祭りにあげたところで、災厄が退散するはずもありません。しかし人々は、災厄により溜め込んだフラストレーション(frustration:欲求不満)による負のエネルギーを、何かにぶつけて解消せずにはいられないのです。まるで子供じみた「八つ当たり」です。
ところが、いわゆる独裁者は、こうした人間の「悪癖」を上手く利用します。災厄が生じた際、もっともらしい犯人(スケープゴート)を指さすことで、国民の邪悪なパワーを吸い上げ、自らの権力基盤を強化するのです。ヒトラーはユダヤ人をスケープゴートにすることで「アーリアン民族」の怨念を吸い上げ、「第三帝国」の権力基盤を固めました。暴君ネロは、自らが火を放ったとも噂されているローマの大火災をキリスト教徒のせいにしました。
毛沢東は、自らの失策が招いた経済的困窮の原因を、「走資派(資本主義の道へ進む実権派の意)」や「修正主義者」になすりつけ、文化大革命を引き起こします。かつての同志、劉少奇やインテリ層は、走資派や修正主義者と名指され、「スケープゴート」にされたわけです。およそ2,000万人の命を犠牲にして、毛沢東は権力の座を取り戻しました。2,000万人は東京の人口の約2倍という恐ろしい規模ですが、これに先立ち、彼が失脚する原因となった「大躍進政策」ではおよそ5,000万人の中国人が命を落としています。「歴史上、最も多くの中国人を殺したのは毛沢東だ」と言われる所以(ゆえん)です。
反対派を粛清することで権力の頂点に立った毛沢東は、しばらくの間、「アメリカ帝国主義」をスケープゴートにすることで、人民を団結させますが、やがて大胆にも、この「米帝」と手を結び、「改革開放」政策に舵を切るや否や、それまでの米国敵視政策はあっさりと無かったことにするのです。まさに「君子豹変」。このあたりは独裁者に特有の「変わり身の早さ」です。
毛沢東の死後、四人組が粛清され、「改革開放」路線を継承する江沢民の時代となり、市場経済の資本主義化が所得格差などの国内矛盾を露呈し始めると、新たなスケープゴートが必要になりました。しかし今更、以前のように「米帝」を「張り子の虎である」と攻撃して見せることはできません。何しろ、中国共産党の幹部たちはこの「米帝」と手を結ぶことで巨万の富を得ていたのですから、これを仮想敵に戻すのは無理な話です。
そこで新たなスケープゴートとして選ばれたのが「日本」です――(メルマガ『富田隆のお気楽心理学』6月18日配信号より一部抜粋。この続きをお読みになりたい方はご登録ください。初月無料です)
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