7月3日に流通が始まった新紙幣。20年ぶりに新デザインとなった「現物」を手に入れようという人々が金融機関に列をなす様子がメディアで盛んに報じられましたが、その原材料も話題となりました。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東さんが、ネパールの農村地域に新紙幣が好影響をもたらす背景を解説。さらに投入されている偽造防止技術を紹介するとともに、新紙幣の導入に伴い進んでいる議論の内容を紹介しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:新紙幣導入 ネパールからの原料で作られる日本の紙幣 偽造防止機能強化 デジタル通貨の議論も進む
新紙幣導入 ネパールからの原料で作られる日本の紙幣 偽造防止機能強化 デジタル通貨の議論も進む
7月3日から、日本で新しい紙幣が発行された。これは20年ぶりの紙幣デザイン変更となる。
新紙幣に描かれる人物は、1万円札が渋沢栄一(実業家、「日本資本主義の父」と呼ばれる)、5千円札が津田梅子(女子教育の先駆者)、千円札が北里柴三郎(細菌学者)だ。
新紙幣は世界初の3D肖像ホログラムを採用し、傾けると肖像が回転して見えたり、拡大された数字で額面が識別しやすくなった。また触知可能なマークで視覚障害者も識別しやすくなったという特徴を持つ。
高度なセキュリティ対策も施され、凹版印刷、高精細透かし、透かし棒、潜像、パールインキ、マイクロ文字、蛍光インキなど、多数の偽造防止技術が採用された。
新紙幣は7月3日から日本銀行から金融機関に払い出され、順次ATMや窓口で利用可能になった。現行の紙幣も引き続き法定通貨として使用可能。
新紙幣の導入に伴い、ATMや自動販売機などの更新が進められているが、一部の設備では対応が遅れている可能性がある。
一方、キャッシュレス化が進む中でも、現金は誰でもいつでもどこでも使える信頼性の高い支払手段として重要な役割を果たし続ける。
ネパールからの原料で作られる日本の紙幣
新紙幣は、ネパールのヒマラヤ山脈で育つミツマタという植物から作られる特別な紙を使用。ミツマタは日本国内での栽培が減少したため、ネパールからの輸入が重要な供給源となっている。
ネパールの農家は、ミツマタの栽培と加工を行い、その繊維を日本に輸出している。
夏に苗を植え、秋に枝を収穫。次に収穫した枝の樹皮を剥ぎ、繊維を取り出して紙の原料とする。そして加工された繊維は首都カトマンズから日本に輸送され、紙幣の製造に使用される。
この取り組みにより、ネパールの農村地域に新たな収入源を提供し、地域経済の発展につながっている。
ミツマタの輸出により、ネパールの農家は安定した収入を得ることができ、インフラの改善や生活水準の向上をもたらしている。
一方、2015年のネパール地震は、ネパールに甚大な被害をもたらした。この地震の後、日本はネパールに対して多大な支援を行う。
日本国際協力機構(JICA)は、復興と再建のためのプロジェクトを開始し、以後、ネパールの農村地域でのミツマタ栽培を支援する取り組みを開始した。
ネパールではアルゲリという植物も栽培されている。アルゲリはヒマラヤ山脈の高地で自生しており、その樹皮が紙幣の原料として利用されている。
偽造防止機能強化 過去には北朝鮮が偽米ドル紙幣を製造
映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』では、身代金の紙幣番号を記録するためにコピーを提案するシーンがあるが、結局実行はなされなかった。
刑法第148条では、通貨偽造罪として「行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する」と定められている。
また通貨及証券模造取締法では、紙幣や貨幣に紛らわしい外観を有するものの製造や販売が禁止されている。
現代のコピー機には、紙幣をコピーしようとすると警告を出す機能が搭載されている。コンビニエンスストアなどの公共のコピー機にも、同様の自動判別や警告機能が備わっている。
新紙幣には、世界初の3Dホログラム技術が採用。このホログラムは、紙幣を傾けると肖像画が回転するように見え、見る角度によってパターンが変化。この技術は、紙幣の偽造を非常に困難にする。
なお、過去に北朝鮮は高品質なスーパーノートという偽100ドル紙幣を製造・流通させていると米国政府から非難された。スーパーノートは本物と見分けがつかないほど精巧で、特殊な検査機器がないと発見が困難という。
少なくとも4,500万ドル相当のスーパーノートが流通していると推定されている。
デジタル通貨の議論も進む
新しい紙幣の導入に伴い、デジタル円、すなわち中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入に向けた議論も進んでいる。
デジタル円は、スマートフォンのアプリやQRコードを利用して電子的に取引を行う通貨であり、現金の印刷や流通コストを削減することが期待。
日本銀行は2023年にパイロット実験を開始し、将来的な実用化を視野に入れている状態だ。
現在、世界経済の98%を占める134カ国が現在、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に向けた動きを見せている。そして、その半数以上が、高度な開発、テスト、または実装段階に。
G20諸国のほとんどが後期開発段階にある一方で、米国は遅れをとっている。
一方、デジタル通貨の導入は、プライバシーの保護、セキュリティの確保、既存の金融システムとの共存など、多くの課題も生む。
政府と日本銀行は、デジタル通貨が導入された場合でも現金と共存させる方針を示している。これは、スマートフォンの利用に不慣れな高齢者や災害時の決済手段として現金が依然として重要な役割を果たすためだ。
新しい紙幣の発行は、日本の技術力を示すとともに、キャッシュレス化とデジタル通貨の導入に向けた過渡期を象徴している。
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(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2024年7月7日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
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