今週7月3日に発行が始まる新紙幣。1万円札の新たな顔となるのが、生涯で500を超える会社を興し「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一です。渋沢の著書『論語と算盤』は、多くの経営者が座右の書としていて、栗山英樹氏が日ハムの監督時代に新人だった大谷翔平選手に手渡したという話もよく知られています。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』で評論家の佐高信さんは、『論語と算盤』について「論語は算盤を隠す方便として使われている」と批判。「みそぎ研修」で多くの“社畜”を生み出した修養団の初代後援会長となった経緯を詳しく紹介しています。
日本資本主義の父
6月19日付の『東京新聞』で前侍ジャパン監督の栗山英樹が新しく「お札の顔」になる渋沢栄一の『論語と算盤』が「私の出発点」だと語っている。創価高校卒の栗山は日本ハムの監督時代、大谷翔平にもこの本を渡したという。
渋沢は「日本資本主義の父」と言われるが、“社畜”をつくったその歪みを含めての「父」である。『論語と算盤』にしても、結局、論語は算盤を隠す方便として使われている。
渋沢の名は私の中では修養団に結びつく。私が批判してきた「みそぎ研修」をやる修養団である。冬の寒い朝でもフンドシ1つで伊勢神宮を流れる五十鈴川に入らせる。
これを日立、東芝、松下(パナソニック)、三菱電機、住友グループなどが社員にやらせてきた。それを指導する修養団の講師は「こざかしい理屈を捨て、バカになって物事に挑むきっかけをつかませるのだ」と私に言ったが、それが日立や東芝の凋落を招いたのではないか。
この修養団の創始者、蓮沼門三は1909年春、27歳の時に王子の飛鳥山にあった渋沢邸を訪ねた。しかし、紹介状なしでは取り次げないと執事に追い返される。何度訪ねても同じなので、蓮沼は一世一代の長い手紙を書いた。それは10メートル余に及び、切手代は普通の3倍かかったとか。
それに対して渋沢から「君の熱誠には感じいった」と直筆の返事が届き、会えることになった。70歳の渋沢を前に27歳の蓮沼は「教育の良否は、直ちに国運の隆盛に関係があります。それは教育の人材の如何に起因します」と訴え、知育偏重を排して道徳的品性の陶冶の急務なることを主張した。頷きながら聞いていた渋沢はこう答える。
「君の情熱ある話によって、修養団の趣旨はよくわかった。自分は実業家であるが、論語と算盤と2つを並行させてやるのでなくては、本当の国家の隆盛も、社会の平安も望めない。道徳と経済とは、車の両輪のようなもので、この2つが並行してゆくのでなければ、真の発展は図れないと信じている。そこで、君たちの出現はまことに心強い。自分もできるだけ骨を折ってお助けしよう。しかし、何分突然のことで、まだ十分のみ込めない点もあるから、これからは、ちょいちょい遊びに来て、話を聞かせてほしい」
渋沢のところへは各方面のいろいろな人たちが援助を求めて出入りする。それに対して渋沢は「3年ぐらいでは、まだまだダメで、5年も続ければ、まあまあというところ。10年以上やっているものなら、まず信用できるので、世話してあげる」と言ったとか。
ちなみに渋沢の伝記小説『雄気堂々』の作者、城山三郎の本名は杉浦英一で、それは渋沢に由来する。城山の父親が渋沢を尊敬していて、同じ字ではおそれ多いと英一にしたらしい。修養団の初代後援会長となった渋沢の評価は城山と私では違っている。
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image by: From Seien sensei 60 nenshi: Ichimei kinsei jitsugyohattatsushi, Vol. 1. Published by Ryumonsha in 1900.NDL Call No. 86-117. Available in the NDL Digital Collections., Public domain, via Wikimedia Commons









