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大阪の犠牲になるニッポン。高校授業料「無償化」で逆に教育格差が広がる理由とは?

高校授業料の無償化には、日本全国の教育にとって“タダより高いものはない”危うい側面がある。米国在住作家の冷泉彰彦氏によれば、大都市圏の都合と引き換えに、これまで唯一まともだった地方の高等学校教育が破壊されるという。島根県の丸山達也知事も“国賊”と厳しく批判した、この高校無償化の問題点を見てみよう。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高校無償化論は、どうして国賊なのか?

世論三分、高校授業料無償化の問題点

高校授業料の無償化に関する論議ですが、地域ごとに見事に意見が分かれています。簡単に整理しますと、代表的な意見は3つに集約されます。

まず大阪では、経営不振の私立高校の救済になるということで支持する意見が多いようです。

一方で、東京では私立一貫校が増えている中で高校無償化をすると富裕層が余計にトクをするという声があります。

地方の各県では、伝統ある公立高が私立に負けてしまうという懸念があります。

それぞれに、理由はあるわけですが、この3つの意見の違いが出てくる背景には、ある絶望的な「格差」があるのを感じます。何が前提になっているのかがまったく違うのです。

大阪が抱える矛盾

まず大阪ですが、ここは府立高校のレベルが高く、私立高はその滑り止めになっています。

その結果として、「高額な塾費用を負担できる富裕層が安い府立高校の定員を奪ってしまう」ということになります。そうなると「経済的に余裕がなく、子どもを十分に塾に行かせられなかった」層が「高価な私立高」に回されることになるのです。

これは確かに「おかしい」です。ですから、大阪だけを見れば私立も含めた高校無償化をすることには、ある程度の合理性はあるわけです。

東京の異常な現実

一方で東京の場合は、基本的に「都内の公立中学は崩壊」しています。ですから、富裕層を中心に多くの小学生が塾通いをして、私立の中高一貫校に入ります。

その結果として、塾通いにカネをかけられない層は、劣悪な公立中学に行って、そこで何とか頑張って公立高校に行くしかありません。

反対に、中学で私立一貫校に入った富裕層の子どもは、そのまま私立高校にエスカレーター方式で進学します。私立高校を無償にすると、そもそも小学生のときから子どもを塾に行かせて私立一貫校の中学に入れる経済力のある家庭に、さらにカネを回すだけになるのです。

おかしいのは地方ではなく大阪と東京だ

では、多くの地方の場合はどうかというと、少なくともつい最近までは、地元の公立中学に行って、各県の名門県立高校に入った生徒は、大学受験でもかなり善戦できていました。

ですが、まず、教員が世代交代するにつれて、「時間外の進学指導の補習はやめよう」という妙な話が進行中です。

同時にそうした地方には、塾産業の魔手が伸びています。さらに塾の進出とセットになって、私立高の進出や、大都市圏の大学が私立高の系列化などを狙っています。

ということは、私立高校の無償化は、これらのトレンドを加速させる要因になるのです。

島根県の丸山達也知事が、

日本の子どもが教育が受けられなくなるような制度改正をいつまで続ける気なのかと、それを言っているんですよ。だから『国賊』だと言っているんだ。何が高校無償化ですか。日本国民に教育を受けさせる気があるのかということを大臣にお伝えいただきたい」

と全国知事会で述べたというのは、そういうことです。そして、この丸山知事の発言は間違っていないと思うのです。

おかしいのは、東京と大阪のほうです。

公立中学が崩壊して、富裕層はほとんどすべてが中高一貫校を目指し、小学4年生から高額な塾通いをしている東京

府立高校がエリートで、私立はその滑り止め。したがって塾に行けなかった子どものチョイスが私立になる大阪

については、どちらも完全に間違っているし、正確に言えば憲法で保障された教育を受ける権利が侵害されている状況だと思います。

唯一まともだった地方の高校教育が破壊されようとしている

憲法における教育は義務であって権利ではないなどというツッコミはこの際、やめていただきたいと思います。13条にある幸福追求の権利の中には、教育を受ける権利も含まれるからです。

そのうえで、唯一マトモであった地方各県の県立高校での教育が

「補習の禁止による塾の進出、私立の人気化という悪魔のセット」

によって破壊されようとしているのです。

とにかく、この地方格差がまず憲法違反であり、その格差を直さずに、さらに悪い方向にシフトしようとしている今回の高校授業料無償化というのは、やはり間違いだと思います。

もっと原則に戻るのであれば、高等学校教育を都道府県に振ったために、かえって国による標準化ができなかったとも言えます。その結果として地方によりバラバラの教育行政が行われたことも間違いの一因だと思います。

いずれにしても、丸山知事の「国賊」発言には、非常に重たいものがあると思います。正確に理解して、大局観のある議論を行ったうえで、全国的な観点で最善手に進むべきと思います。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年3月25日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週のメインコラム「大都市ニューヨークの変容」や連載コラム「フラッシュバック80」、読者Q&Aコーナーもすぐ読めます

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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