相互関税を巡り、公の場で口にするのも憚られる「汚い言葉」で各国の指導者たちを侮辱したトランプ氏。そんな合衆国大統領に日中両国が見せた姿勢は、あまりに異なるものでした。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、いの一番にアメリカへと馳せ参じた日本と、立体的かつ長期的な視点で対応する中国との差を紹介。さらに中国側が「トランプの馬鹿さ加減」に対して用意周到に準備した4つの戦略を詳しく解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:トランプのケツを舐めに行く日本、そのケツを蹴り飛ばす中国/ここで大きく分かれる「ポスト米国」世界へ対応
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
トランプのケツを舐めに行く日本、そのケツを蹴り飛ばす中国
トランプ米大統領は4月9日、中国以外の国々に対する相互関税の適用を90日間延期することを発表した際に、この措置が決して一歩後退ではないことを強調したかったのだろうが、次のように述べた。
トランプが口にした「ass」という言葉自体の穢らわしさ
I’m telling you these countries are calling us up, kissing my ass. They are dying to make a deal. “Please, please sir, make a deal, I will do anything, I will do anything sir”
(本当のことを言うけど、これらの国々は我々に電話してきて、私のケツにキスしたがっているんだ。奴らは取引したくて仕方がないんだ。「お願いです、お願いですよ、旦那様。取引して下さい。私は何でもします、何でもしますから、旦那様」と)
私の乏しい英語知識の限りでは、尻あるいは臀部の正式というか生物学的な用語としてはbuttocksがある。米国では短縮形のbuttが尻とかケツとかの意味で使われ、また外形的に見た場合の腰骨の辺りの盛り上がりを指す場合はhipsも使われる。
しかしassというのはちょっと次元が異なる下品な言葉遣いで、それ自体で「ケツの穴=肛門」という意味もある。assholeという表現もあるので、assがイコール肛門という訳でもないらしいが、いずれにせよ、最悪の場合「肛門を舐める」と訳さなければならないような常軌を逸した言葉遣いだということである。
歴代の米国大統領のみならず、全世界の史上数々のトップリーダーで、公式の場においてこれほどまでに汚らしい言葉で他国の指導者たちを一括して侮辱した者は、多分、いなかっただろう。
他国に先駆けて「ケツを舐めに」馳せ参じた日本
このような言葉遣いによってトランプは、米国にとってもはや同盟国とか友好国とか近隣国とかの特に尊重すべき国など存在せず、すべては冷酷な取り引き(ディール)で脅迫し屈服させ利益を奪い取るべき「敵対国」であると宣言しているに等しい。
カナダに「米国の51番目の州になれ」と求めたトランプの無礼に対して、ロバート・ボスウェル=トロント大学教授が「同盟国を脅す国は定義上、もはや同盟国ではない。これは国家の自尊心の問題だ」と言った(3月25日付日経)。極めて正当な反応で、同国の新首相=マーク・カーニーも同様の考えに立って「米帝国がその上に築かれてきた80年の歴史をもつ〔自由貿易体制という〕経済秩序は、はっきり言って、終わった」と宣告した(4月19日付NYタイムズ)。
ボスウェルが言うように、今後カナダは「米国市場への依存を減らすためにあらゆる努力を払う」ことになるだろう。
正反対を突き進むのが日本で、石破茂首相は側近の赤澤亮正=経済再生相を急ぎワシントンに派遣した。赤澤は4月17日にトランプを表敬訪問した後、ベッセント財務長官らと会談した。その具体的な中身は明らかにされていないが、想像するに、過去のパターンを踏襲して、米国産のコメの輸入を増やすので日本の自動車への高額関税については勘弁してほしいとか、要りもしない米国製の兵器を買い増すつもりだとか、何枚かのカードを切ったのだろう。
米側は他に先駆けて「ケツを舐めに」馳せ参じた忠誠ぶりに免じて、いきなり無理難題を吹き掛けることはしなかった。それを以て「大成功だった」と喜んでいるのが石破政権である。
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我慢比べの持久戦に持ち込んで絶対に負けないことを目指す中国
日本がトランプに急いで擦り寄って目先の災難を切り抜けようとする軟弱姿勢であるのに対し、カナダは原理原則を立てて毅然と対応している。そのカナダよりもさらに用意周到に準備された戦略に沿って慌てず騒がずの態度を示しているのは中国である。その戦略とは次の4点である。
第1に、トランプの脅迫作戦には決して乗らず、「脅しの下では交渉せず」の姿勢を貫く。トランプは盛んに「電話をしてこいよ」と誘いかけるが、断固としてこちらから掛けることはしない。但し、トランプ個人を非難することは慎重に回避し、いざというときに直通で話ができる余地は残しておく。
当然、何をするか分からないトランプのことであるから、最悪の被害が、しかも長期にわたって続くこともあり得るけれども、それは最初から覚悟の上で「我慢比べの持久戦に持ち込んで絶対に負けないことを目指す」のである。
持久戦論は、毛沢東が抗日戦争を指揮するに当たっての戦略の軸とした考え方である。
- 最初は強大な日本帝国主義が戦略的に優勢を占め中国は守勢に追い込まれるが、
- 長引くにつれ日本の脆弱性が露呈され、その中で中国が反攻準備を開始し、
- やがて機を捉えて中国が戦略的に反攻に出て日本は退却に追い込まれる。
この1.と2.の段階では、「もうダメだ」と戦いを諦める「亡国」論や、「すぐに決戦に打って出よう」とする冒険的な「速勝」論のどちらにも傾くことなく、持久戦を戦い抜かなければならないとした。
抗日戦が始まって1年後の1938年5~6月に延安で行った講演で、その前年の『実践論・矛盾論』と共に中国における政治・軍事の初級教科書の双璧。その『持久戦論』が「いま中国でバカ売れ」と米ワシントン・ポスト紙が書いてクーリエ・ジャポンが翻訳紹介したのは2019年1月のことである。
つまり、米国からいかなる攻撃を仕掛けられようとも、相手が脆弱性を曝け出して自滅していくまで耐え抜くのだという国民的意思統一はその頃から始まっていたのである。
● 1938年出版「毛沢東の教え」の復刊版がバカ売れ中 米中貿易戦争、中国のバイブルは“抗日戦争”を勝利に導いた『持久戦論』(クーリエ・ジャポン)
また中国は、貿易総額の中に占める米国の割合を2017年の14.2%から24年の11.1%まで減らし、ほぼその分を東南アジア向けにシフトしている。さらに米国国債保有国として日本に次ぐ第2位の中国が、対米報復関税の実施と並行して少しずつ売却し始めているのではないかとの憶測が金融界に広がっていて、4月7日には30年物、10年物を中心に活発な売りが出て利回りが急上昇した。
全て、用意周到に組まれている。「亡国」屈服でもなく「速勝」冒険でもなく、「持久」雌伏して機を窺うのである。
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すでに習近平に一本取られてしまっているトランプ
第2に、トランプが10%から始まって34、54、125、145%と、日替わりのように口先だけで税率を吊り上げた上に、一転、その追加関税分の実施を90日間延期してみたり、一人ジタバタしているのに対し、中国は125%に達したところで一方的に「はい、もはやこれまでとしましょう」と言ってそれ以上の吊り上げ競争に応じないことを宣言した。これは賢明な態度で、100%を大きく超える関税など実際には意味がないことは分かり切っている。
しかも面白いことに、中国は実は、その言葉の通り、4月10日から米国からの輸入品に対して125%の関税を賦課し始めている。ところが米国の方は、大統領の言うことが日替わりすることも禍して現場の態勢が追いつかず、一文の積み増し関税も徴収できていない。中国は無言実行、米国は有言不実行で、すでにこの段階でトランプは一本取られてしまっている。
第3に、中国は問題を2国間関係のディールに押し込めておくことの愚を悟っていて、これを世界大の外交展開に結びつけて米国の孤立化を図ろうとしている。
(1)4月11日にはスペインの社会労働党政権を率いるペドロ・サンチェス首相が過去2年間で3度目の訪中で習近平主席、李強首相と会談、スペインが仲立ちしてEUと中国の関係強化に努めること、中国の自動車及び同部品メーカーのスペイン投資を促すことなどを話し合った。ベッセント米財務長官はテレビでこれを「スペインの自殺行為」と苛立ちを露わにした。
(2)習近平は4月14日から17日まで、ベトナム、マレーシア、カンボジアを歴訪、各国トップと「自由経済態勢とサプライチェーンの安定を共同で守ろう」「包容的なアジアの価値観で弱肉強食ルールに対抗したい」などと話し合った。とりわけ、トランプから一際高い46%の関税を突きつけられているベトナムとは、中国南部とベトナム北部をつなぐ鉄道建設プロジェクトはじめ45件もの新規案件について合意し調印した。
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「後ろ向きである上に短期的」な日本のトランプへの対応
(3)これら2国間外交の積み上げと並行して、中国はWTOへの提訴、国連安保理の非公式会合を開催して「関税を武器単独行動主義やいじめ行為を行い、世界経済や多国間の貿易体制に深刻な衝撃や混乱を引き起こしているトランプ政権を批判しよう」と提唱するなど、既存の多国間機構を活用して米国への圧力を強化しようとしている。5月には習近平がモスクワで開かれる「対ドイツ戦勝80周年記念式典」に出席、プーチン露大統領と対米戦略をすり合わせることになろう。
さらに7月にリオデジャネイロで開かれる「BRICS首脳会議」では、今年1月に正式加盟したインドネシアを含め中露印など10カ国が集う。この加盟に慎重だったインドネシアが踏み切ったのも、同国の重要産業であるニッケルの対米輸出を大幅に増やそうとする狙いがトランプ政権登場で断たれる見通しとなったことが大きな要因となっている。
同国のニッケル開発に多額の投資をしてきたのは中国で、ここでも米国は、幼稚な“関税遊戯”によって東南アジア最大人口の活力ある国をわざわざ中国の方に押しやってしまうという地政学的音痴ぶりを曝け出している。
このように、中国のトランプの馬鹿さ加減への対応は立体的かつ長期的で、日本のそれは平面的という以上に後ろ向きである上に短期的である。その根底にあるのは、米国の擬似覇権システムはまだ続いているのでその懐に潜り込もうと思う卑屈さなのか、それともそんなものはもう「はっきり言って、終わった」と捉えて自分なりの道を切り拓こうとする雄々しさなのか、という大局的な時代観の選択問題である。石破は果たしてその試練を超えられるのだろうか。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年4月21日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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