年齢とともに衰えゆくさまざまな身体機能。しかしながらそれらすべてを「単なる加齢」と決めつけてしまうのは、あまりに危険と言っても過言ではないようです。メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で総合診療医の徳田安春さんは今回、嗅覚の衰えと死亡リスクとの関連を解き明かした研究結果を紹介。その上で、匂いの感じにくさに気づいた際に取るべき行動を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:嗅覚の衰えは健康の警告?死亡リスクとの関連
嗅覚の衰えは健康の警告?死亡リスクとの関連
嗅覚の低下と死亡リスク
嗅覚の低下が死亡リスクと関連している証拠を示す研究が最近発表された(下記リンク)。スウェーデンのカロリンスカ研究所による加齢研究である。神経変性疾患とフレイルがこの関連に大きな役割を果たすことが明らかとなった。
嗅覚の重要性
嗅覚低下は認知症、特にアルツハイマー病の早期徴候とされている。嗅神経は、大脳辺縁系などの脳の記憶や認知を支配する領域と密接に関連しており、嗅覚の衰えが脳の機能低下のサインとなることがある。
ある研究では、嗅覚検査の結果が悪い者ほど、将来的にアルツハイマー病を発症するリスクが高いことが示されている。APOE ε4遺伝子(アルツハイマー病のリスクを高める遺伝子)を持つ者は、嗅覚低下と死亡リスクの関連をより強く呈していた。
嗅覚は食べ物の香りを感知し、食欲に大きく関係している。嗅覚が低下すると食欲が減り、栄養不足になる可能性がある。嗅覚低下のある高齢者は、十分な食事を摂らない傾向があり、健康に悪影響を及ぼしている。味覚との関連も深く、食べ物の風味が損なわれることで食事の満足度が低下し、偏食になりやすくなる。
嗅覚は急な事故による死亡を避ける機能も持つ。嗅覚が低下すると、環境中の危険な匂いを察知できなくなることがあり、事故や死亡リスクが高まる。火災の煙を感じ取れないと、逃げ遅れるリスクが増す。食品の腐敗臭が分からないと、誤って傷んだ食品を食べてしまう可能性が高くなる。
研究概要と調査結果
論文リンク:Olfactory Deficits and Mortality in Older Adults
この研究では、2001年から2013年までの間に2,500人以上の高齢者(平均年齢72歳)を対象に長期的なデータ分析を実施した。研究参加者の嗅覚能力は、レモン・ニンニク・コーヒーなど16種類の匂いを識別するテストを用いて測定され、その結果と認知症の診断・死亡率との関連が調査された。
結果として、嗅覚テストで1つ誤答するごとに、
- 6年後の死亡リスクが6%増加
- 12年後の死亡リスクが5%増加
さらに、嗅覚が著しく低下した「嗅覚喪失」のグループでは、正常な嗅覚を持つグループに比べて約70%高い死亡リスクが確認された。
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嗅覚低下と死亡の関係を媒介する要因
- 調査開始から6年後の時点では「認知症」が最も重要な要因で、嗅覚低下と死亡リスクの関連の23%を説明。
- 12年後には「フレイル」の影響がより大きくなり、認知症の影響は6%まで減少。
- 嗅覚テストでの誤答が1回増えるごとに、APOE ε4遺伝子を持つ者の死亡リスクが6年後に12%上昇することが判明したが、12年後にはこの差は消失した。
フレイルと感覚器官の関係
加齢に伴う感覚器官の機能低下とフレイルは高齢者に共通する症状である。フレイルは寝たきり状態に直結し、誤嚥性肺炎などによる死亡リスクを増加させる要因となる。
国際共同研究チームに日本から私自身も参加し、世界のデータを分析した研究結果(下記リンク)を2020年に発表した。
論文リンク:Is Sensory Loss an Understudied Risk Factor for Frailty? A Systematic Review and Meta-analysis
視覚、聴覚、嗅覚、味覚の4つの感覚障害とフレイルの関連を調査した結果、視覚と聴覚にはフレイルとの有意な関連が認められた。しかし、嗅覚と味覚の機能低下がフレイルに及ぼす影響については、研究が少ないことも判明した。
嗅覚検査の重要性と今後の展望
今回の研究は、嗅覚低下が単なる加齢現象ではなく、健康全体の重要な指標であることを示している。アルツハイマー病やパーキンソン病、呼吸器疾患との関連が示唆され、嗅覚低下が早期の健康警告サインとなる可能性が高いと考えられる。
視力や聴力と同様に、定期的な嗅覚検査の導入が健康診断の標準になる日も近いかもしれない。嗅覚の衰えに気づいた場合は、単なる加齢と片付けるのではなく、認知機能や健康状態について医師に相談することが推奨される。
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