2冊目は、吉村昭さんの『羆嵐』です。
今ちょうど熊のニュースが多い中で、「熊を殺すなんて可哀想」と役所にクレームを入れてくる人がいますが、その人たちにはまずこの本を読んでから意見を言ってくれと言いたいですね。
舞台は大正時代の北海道。開拓のために東北から移住してきた人たちの村が、巨大なヒグマに襲われた実話をもとにして書かれています。最初は後家さんが行方不明になり、男と駆け落ちしたんじゃないかなんて噂が流れていたところ、その人の大量の髪の毛が入った熊のフンが見つかって、ようやく事態の深刻さが分かるところから始まります。
問題は、東北出身の人たちがヒグマのことを全く知らなかったことです。東北の熊といえばツキノワグマで、せいぜい体重50キロ、身長は1メートル程度。おじいちゃんが空手で撃退したとか、柴犬が追い払ったなんて話も頷けます。
でもヒグマは全く別物です。体重300キロ、牛だって食べちゃう化け物です。人の味を覚えたヒグマなんて、家の柱をなぎ倒して侵入してくるので人間では絶対に敵いません。それを知らない村人たちは、最初は「久々に熊肉が食える!」なんて喜んでしまう。村田銃という単発の銃を持って、みんなで熊退治をしようとする。。
でも、いざヒグマが現れると、みんな腰を抜かして銃も暴発させてしまいます。1発撃って弾を込め直している間に、時速何十キロでトラックみたいに突っ込んでくるヒグマに襲われたらもうおしまいです。
野生動物って、腕が飛んでも平気で襲ってきます。人間なら失血死するような怪我でも関係ない。だから即死させないとダメなのですが、普通の猟銃じゃ無理。熊狩り用のマグナム弾を使って、体内で炸裂させないと倒せません。
軍隊の銃は国際法でフルメタル・ジャケット弾を使うことになっています。これは体を貫通するように作られていて、残虐性を抑えるためなのですが、熊相手には効果が薄い。なので最後は機関銃とかでないと対処できません。
わたしが実際に現地に行った時、「こんなところで……」と思うくらい、本当に山深いところでした。そこで夜中、真っ暗闇の中で巨大なヒグマに襲われるなんて想像したら、震え上がりますよね。人の味を覚えた熊は、次から次へと襲ってくるんです。人間って捕りやすい獲物なので、村が1つ全滅したケースもあるくらい。
この2冊はどちらもノンフィクションの傑作です。『サカナとヤクザ』は現代日本の隠された闇を、『熊嵐』は自然の脅威と人間の無力さを、それぞれ圧倒的なリアリティで描いています。読後、きっと世の中の見方が少し変わると思いますよ。ノンフィクションならこの2冊は絶対に外せないので、ぜひ手にとってみてください。
この記事の著者・永江一石さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com









