「世界一の会社を作りたい」という夢を持つ人は日本中に数多く存在します。そんな想いを抱く一人だった、無料メルマガ『僕は『絶対倒産する』と言われたOWNDAYSの社長になった。』の著者で、メガネ販売の全国チェーン「OWNDAYS(オンデーズ)」の社長・田中修治さん。14億円もの負債を抱えた会社をあえて買収し、業界No.1にしようとした理由と、その苦難の道のりを以前紹介の第1話〜第3話に続いてお送りいたします。
↓苦難の道のり、そして成功へ…すべての始まりはここからだった。第1話〜第3話はコチラから
● 「負債14億。なぜ男は倒産不可避なメガネ店「OWNDAYS」を買ったのか」
●「倒産秒読みだった「OWNDAYS」はなぜ再生することができたのか?」
第4話 最初の月末「社長、1,000万円足りません!」
2008年3月末。
僕がオンデーズに乗り込んで最初の1カ月目が終わろうとしていた。
最高気温は10度を下回り、厳しい寒さが残る東京には、まだ当分、春の訪れは聞こえてこなそうだ。この頃、日本から少し離れた台湾の地では総統選挙が行われ、中国マネーを引き入れ経済再建を図る政策を掲げ、中国との交流を強く打ち出している親中派の馬英九氏が圧勝し、8年ぶりの政権交代を果たしていた。
今ではオンデーズの最も重要な拠点の一つになっている台湾だが、当時の僕はそんな日が7年後にやってくることなど想像の片隅にも置いておらず最大の親日国で起きている大きな政局のうねりなど、この時はまだ気に留めることすらしていなかった。
オンデーズの社長に就任してからすぐに、本部社員全員との個人面談、旧経営陣からの業務の引き継ぎ、逼迫した資金繰りの実態把握、メガネの製造販売についての基本的なビジネスの仕組み、etc…。まさに連日連夜、雪崩のように次々と押し寄せてくる課題を無我夢中でこなさなければならず、気がつけば1カ月という時間は、瞬きをするかのように、あっという間に過ぎ去って行った。
新しくCFOに就任した奥野さんも、僕と同様にウォーミングアップする間もなく、入社するやいなや、いきなり月末の資金繰りとの格闘の場に放り込まれていた。
「どうすんだよ・・これ。いきなり1,000万円以上足りないじゃないか。今からこの金を用意するのなんか、どう考えても・・無理だ・・」
社員の帰った薄暗いオフィス。引き継いだ稚拙な資金繰り表をシュレッダー箱に放り捨てながら奥野さんは自分のデスクでため息まじりに呟いた。
話を少し前に戻そう。
今回のオンデーズM&Aの計画について、実は各取引銀行や大口の債権者達には、その一切を知らせずに全てが水面下で進められていた。なぜならこの時のオンデーズの借入金は、ほぼ全てが無担保・無保証で行われていたからだ。つまり連帯保証人や担保の差入が一切されてなかったのだ。
これは銀行にとっては、貸付金が焦げ付いても有効な回収手段を持たず、即座に不良債権化してしまう可能性が高い危険な融資であることを意味していた。
そんな危険な融資の付いたオンデーズをRBSが売ろうとしている。しかもその相手は、わずか30歳の「チャラついたガキ」だ。更に資金も担保も無い胡散臭い小さなベンチャー企業の社長ときている。
こんな相手に会社を売ろうとしていることが事前に取引銀行に知られてしまえば、会社売却の計画そのものに対して猛反対に合い、RBS本体や社長個人の連帯保証まで強く求められるか、厳しい返済を迫られることになるのは、火を見るよりも明らかだった。
ちなみに”ほぼ全てが無担保・無保証”と書いたのは、ビジネスライクで有名なS銀行だけは唯一、RBS名義の定期預金5,000万円を担保に取っていた。
またその担保のことは他の銀行には内緒にされていた。
良くも悪くも是々非々で対応するS銀行の姿勢は、ある意味「さすがS銀行」とも言えるのだが、奥野さんは、この隠れ担保を知ると憤りを隠せない様子で語気を強めて言った。
「多数の銀行から借入をしている会社がこんな事をしちゃダメなんです。銀行との信頼関係は命綱でもあるんです。特定の銀行の抜け駆けを認め、他の銀行を欺くような行為は結局、疑心暗鬼を呼び、自分を窮地に追い込むことになる!」
こうして決算日である2008年2月末日の翌日、RBSと僕たちは電光石火の早業で、秘密裏に増資の実行と経営陣交代の手続きを済ませ、登記手続までを終えていた。そして「既成事実」として各銀行へ経営陣の交代を通知すると同時に、慌ただしく引継ぎの挨拶まわりの日程をねじ込んでいったのである。
「あーこれは、これは、澁谷社長!どうもわざわざお越し頂きましてすみません」
「いえ、いえ、こちらこそ急にお時間取らせてしまって申し訳ないですね」
RBSの澁谷社長は、某有名銀行の出身で、誰もが知る総理大臣経験者の大親友であり、金融庁元長官がRBSの顧問に就任していたり、さらには多数の銀行頭取と懇意の仲…等々、恐るべき人脈を持つ人だった。
想像に難くないが、急なアポ入れにも関わらず、全ての銀行において支店長自らが、そんな澁谷社長を快く出迎えた。
しかし、挨拶がわりの社交辞令も交えた和やかな世間話も終わり、澁谷社長が本題に入ると、皆一様に顔を曇らせた。
「実はね、先立ってお伝えした件なんですがね、私どもが見ているオンデーズの経営を、今後はここいる彼にお任せしようと思って今回はご紹介に伺ったんですよ。やはりこれからの時代は、こういう若い経営者の方の新しい感性でもって、経営に臨んでいかないとダメだと思うんですよ」
「はあ・・。若い・・感性・・ですか・・」
澁谷社長から「新社長」として紹介された僕に対して、居並んだ銀行員たちは明らかに困惑し嫌疑の視線を投げかけていた。無理に笑顔を繕おうとするその頬は、引きつりピクピクしている様にも見えた。
それもそのはずである。ほとんどの銀行にとって、このタイミングでの急なオンデーズの身売り報告は寝耳に水の話であり、銀行サイドの今後の方針はまだ何も定まってなどいなかった。
(自分たち銀行は、このオンデーズの実態をほとんど把握していないぞ。さてどうしたものか…それにしてもこんな、どこの馬の骨ともわからない若造に、いきなり会社を売るなんて、勘弁してよRBSさん・・・。ひょっとして前期に続いて今期もオンデーズは赤字になるんじゃないだろうな、それも大幅な赤字とか・・)
どの銀行の面々も、そんな内心の葛藤を想像させるような複雑な表情を垣間見せながら、このタイミングでの会社売却にあからさまな不信感を募らせつつも、差し障りのない会話に終始していた。
自己紹介を交えながら、今後の再生計画を必死に説明する僕の言葉は、まるで耳に入っていない様子だった。
奥野さんは、ある地方銀行との引継ぎを終えて次の銀行に向かう途中、前を歩くRBSの2人に聞こえないように僕に囁いた。
(どこの銀行も、おざなりな財務分析で、これだけリスキーな貸し出しを無担保・無保証で膨らましておいて…私たちの今後の計画を聞くときなんか、ほとんど上の空みたいで、再生に協力するどころか現状認識すらまともにできてない。これじゃあ、先が思いやられますね・・)
ちなみに、この引継ぎ挨拶の後、この時の支店長達のほとんどの方々は二度と僕と顔を合わせてくれることはなかった。
こうして銀行関係の引き継ぎと状況説明を終えて、RBSから僕たちに経営のバトンが完全に渡されたわけだが、その時点で3月の末日まであと10日を切っていた。
そして予想される初月の資金ショートの額はおよそ1,000万円だった。しかし今から銀行に融資の申し込みをしても、月末に間に合う可能性はかなり低いし、新体制のドタバタを露呈することにもなりかねず得策ではない。
まずは月末の全ての支払予定を一覧にし、各部署の部長達にヒアリングしながら、支払いを待ってもらえそうな先をピックアップしていった。
「冗談じゃない!! 今更『会社の経営が苦しいから支払いを待ってください』なんてお願いができるか!何で俺達が取引先に頭を下げて回らなきゃならないんですか!?」
各部長達は、当然、新社長が苦しいオンデーズに資金を入れてくれると思っていたのであろう。
「支払いを待ってもらえるよう交渉してきてほしい」という僕の指示に対し、各担当者達は声を荒げて抵抗する者も入れば、言葉にこそしなかったが、露骨に不満の表情と非協力的な態度を見せる者もいた。
それはそうだろう。今まで散々偉そうにして発注していた取引先に対し、急に恥も外聞もなく頭を下げろと…そんな仕事を進んでやりたがる人などいなくて当然だ。
しかし、資金ショートする事態が避けられないのであれば、一部の取引先への支払いを待ってもらわなければ、今度は社員達への給与がいきなり未払いになってしまう。
それだけは何としてでも避けなければならない。
よく業績が悪化して資金繰りに窮すると、銀行への返済を真っ先に優先して、最初に手をつけやすい従業員の賃金をカットしたりリストラをする企業があるが、それは絶対に間違いだと僕は確信していた。
特にオンデーズのような「人」の要素が重要な小売サービス業ならなおさらだ。
同じ1万円でも、銀行が受け取る金利の1万円と、従業員が給与として受け取る1万円では、その重さは比べるまでも無い。従業員の給与には生活の全てがかかっている。
これを急に予告もなく減らされたり、遅らされでもすれば、一気に会社に対して不信感を抱き、働くモチベーションを落としてしまっても仕方ないだろう。一度でも給与を遅配すれば、すぐに転職活動を始める人も出てくるかもしれない。
「辞めることを決めている従業員は、普通に働く人の半分以下の生産性しか産み出していない」
と、どこかのビジネス書で読んだ気がするが、それはあながち間違いでは無い。
いや、半分どころか10分の1すら生産性を出さなくなる人も多いと思う。働く従業員一人一人が、企業再生の重要な鍵なのに、そんなことをしてしまったら再生できるものもできなくなってしまう。
勿論、企業は、どの支払い先にもキチンと決められた期日に支払いをしなければいけないのは当然の責任だし社会のルールだが、企業経営は綺麗事だけでは上手くいかないことも多い。
特にお金が絡む非常事態には“支払う順序とタイミング”をどう判断して乗り切るかによって、その後その企業が天国に行くか、それとも地獄の釜に真っ逆さまに落ちていくか、生死を分けることになるのである。
僕はこの時、最初に銀行やリース会社の返済、次に税金関係、それでも足りなければ社会保険や年金、店舗の家賃、最後の手段で取引先。そして社員の給与に手をつける時は「もう会社再生を諦めて終わる時」という風に、支払う順序に明確な「ルール」を決めて経営陣と必要な各管理職と共有した上で、具体的に支払いを伸ばす先、すぐに支払う必要がある先を、一つずつ、入念に1円単位で確認しながら資金繰りにあたっていった。
さらに同時進行で銀行以外にも、資金調達ができそうな先にも方々手を尽くして当たっていた。
(個人の資産家が、自分の資金を個人的に運用するような投資カンパニーならば、小回りが利くかもしれない)
藁にもすがる思いで知人のツテをたどり、数社に融資の打診を行ったものの、決算書と試算表を見ただけで、軒並み断られ続けていった。
(現実は甘くないな・・)と、半ば諦めかけてきたところに、実業家S氏のプライベートカンパニーが強い興味を示してきた。
度々メディアにも登場するこの実業家S氏は、一代で売上高数千億円の企業を興し、企業再生の雄としても名を馳せている有名なベンチャー経営者だ。
ぬかりやビルに現れたS社長の代理人を名乗るスーツ姿の男性は、オンデーズの決算書と資金繰り表、僕の作った事業再生の計画書に目を通し終わると、いくつか在庫や、デベロッパーに差し入れてる保証金について質問をした後、自信ありげにこう告げた。
「今後の展開がたいへん興味深いです! 取り急ぎご用意できる融資金額は5,000万円。リスクマネーにつき金利は最低15%になりますが、大丈夫ですか?」
「はぁ、・・じゅ…じゅうごパーセント…?」
僕と奥野さんは顔を見合わせたが、背に腹は変えられない。
「流石にリスクが高いので、これくらいの金利は頂かないと。それにウチが運用しているのは、あくまでSの個人的な資産ですから」
「解りました。それでお願いします。とにかくあと1週間しかありません…」
「それでは、資料を全てください。本人が立ち会う案件の審査会が3日後にあるので、そこで諮りましょう!」
(よかった、とりあえず今月はこれで助かるかもしれない…)
奥野さんは、万が一に備えて各取引先に月末の支払を少し待ってもらうように交渉するよう各部署に指示を出しながらも、ちょっとホッとした表情を見せていた。
そして約束の3日後、この担当者から奥野さんへ電話で連絡が入った。
「S本人が本件を否決しました。申し訳ありません…」
「1円も出ない、謝絶回答ということですか・・?」
「そういうことになります」
S氏から見ても当時のオンデーズは、たとえサラ金並みの高い金利を取ったとしても、5,000万円の資金を入れる価値は無く、再生の可能性がゼロどころか元本回収さえも難しいと判断されたようだ。
しかし、もはやショックを受けている時間の猶予すらない。
他にもベンチャー企業へ積極的に投融資を行っている企業を中心に回り、資金の提供を仰いだ。
六本木ヒルズや恵比寿ガーデンプレイスといった大都会の中心にそびえ立つ煌びやかなビルに、オフィスを構えるそんな会社の応接室で、僕たちは連日、必死にオンデーズ再生計画のプレゼンをして歩いた。
しかし、当時は全くネームバリューも無いオンデーズにリスクマネーを入れようとする奇特な相手は登場せず、にべもなく全て断られ続けた。
「なるほどね、わかったよ。1億円を1年だけ貸しても良い。ただし君の持株を全て担保にもらうのが条件だ。1年後に返済が出来なければ、会社は僕のものだ。それでどうだ?」
以前から親交のあった、ある個人の資産家からは、目白の豪邸でそのような提案を受けたこともあった。
心は揺れたが、RBSや銀行との約束、後に残される社員のことを思えば、そんな危険な条件を、まだ再生に向けて何の挑戦すらしてもいないこの段階で呑むことは出来ない。
僕は下を向いて唇を噛みながら丁重にお辞儀をして辞退をした。
しかも更に追い討ちをかけるように、複数の取引先から担当者のもとへ「経営が変わった直後に支払を遅らされるなんて、到底受け入れられない」と拒絶する回答が次々と返ってきており、期待していた先のほとんどが支払いを伸ばせそうにない状況に陥っていた。
奥野さんはオフィスの片隅で吠えていた。
「とりあえず閉店店舗の原状回復に使った工事代金と社会保険料を1週間だけ繰延べする!それから売上金を銀行へ入金しに行く店舗へは『朝イチに必ず入金しろ』と電話をかけて徹底させて!半日でも遅れるとアウトになるかもしれないぞ!!」
只ならぬ緊迫感に包まれ、経理の大里も必死の形相で店舗に電話をかけまくる。そして、月末まであと1日と迫った日の深夜、奥野さんから僕の携帯電話にメールで連絡が入った。
「今月末は、どうやらなんとかなりそうです・・」
「良かった。それで、全部支払った後、月末の預金残高はいくらくらい?」
「20万です」
「残高が20万・・」
結果としては、当初予定に入れていなかった閉店店舗の敷金の戻りが突然200万円ほど入金されてきたのと、いくつかの大型店の売り上げが想定よりも高かったこともあり、なんとかギリギリで最初の月末を乗り越えることができた。
僕は、どうにか1回目の資金ショートが回避できたという事実に胸をなでおろし、安堵しつつも、僕の普通預金よりも少ない残高と、これから待ち受ける長いイバラの道を暗示するかのような赤色の数字しか並んでいないオンデーズの資金繰り表を見ながら、頭を抱え、なかなか寝付けないでいた。
(もう会社に行きたくないな・・。このまま朝にならなければ良いのに・・)
そんな風に考えてるうちに、やがて空が白み始め、鳥の陽気な鳴き声が聞こえてくる。
こうして僕は最初の月末の朝を迎えた。
嵐のような最初の1カ月が過ぎた後の最初の幹部会議。
議題のほとんどは「今月末の資金繰りをどうするか?」に終始していた。
「今のうちの経理は、こんな敷金の戻り予定すら把握できていないのが現状です」
「今月末は、少なく見積もっても2,000万、売り上げによっては5,000万近く足りなくなる可能性があります・・」
「支払いを遅らせても経営に影響の無さそうな先には、再度お願いに行きましょう!誠心誠意、事情を話せば支援してもらえるかもしれない」
「売上をとにかく上げないと話になりません。セールでもなんでもして短期的に売上を上げましょう!」
いくらこの状況を嘆いて、責任を擦りつけ合い、愚痴をこぼしたとしても、事態は変わらないということは会議に参加している管理職の全員がわかり始めていた。
とにかく行動を起こして、翌月以降の資金繰りに、頭を切り替えて備えていかなければならないのだ。
うかうかしてると、すぐに次の月末がまたやってくる。
中途半端は危機は組織をバラバラにさせるが、今すぐにでも奈落の底に落ちそうなギリギリの崖っぷちまで追い込まれると、生存本能が働いて、意外とすんなりと一致団結できるものなのかもしれない。最初はバラバラだった本社の管理職達も1カ月を終える頃には、一応のまとまりを見せ始めていた。
そしてこの会議の終盤、奥野さんが意を決したように発言した。
「皆さんよく聞いてください。オンデーズの決算月は2月です。この場合、銀行に決算書を提出するのは4月下旬から5月になります。銀行は新しい決算書に基づき、6月末を提出期限として融資先の自己査定と格付作業を行ないます。
オンデーズは、今この時点で2期連続の赤字が確定しているため、最新の決算を提出した6月以降には、ほとんどの取引銀行がオンデーズを”要注意先”もしくはそれ以下に格下げするでしょう。
もし自分が融資担当者であれば、実態の債務超過を見抜いて”破綻懸念先“に区分するかもしれません。そうなると新規の借入には一切応じてもらえなくなります。そうなった場合に備えて、”正常先”の旧格付で融資の検討を行うであろうこの2、3カ月の間にいくら借りておけるかが勝負です」
僕は銀行融資の詳しい仕組みはよく分からないし、下手に銀行交渉に口を挟むのも更に現場を混乱させるだけなので、ここはもう奥野さんに任せるしかなかった。
「了解。銀行に関しては奥野さんに全部任せますよ。とりあえず働く従業員の人たちの給与だけは確実に遅延しないで支払えるようにしといてください。そこさえなんとかなっていれば、後の売上は俺がなんとかします」
奥野さんは、やるせない表情をしながら、しかし覚悟を決めたような表情で答えた。
「わかりました。私は銀行で”融資案件製造機”って呼ばれてましたから(笑)。稟議に必要なデータや説明の仕方は熟知しています。銀行の担当者が、容易に起稟できてそのまま審査部に持って行けるような資料を作り込んで提出していきます。
ただし最初に断っておきますが、自分は嘘が嫌いです。粉飾は絶対にしません。バランスシートの中にある、不明瞭な資産勘定や在庫について質問されたら、全てを正直に答えるつもりです。最初の創業者が残していった不明瞭な取引の膿みも、今判明しつつあるだけで相当出てきています。これも時機が来たら全て解明してオープンにしていくつもりです」
そして、奥野さんは詳細な資料を作り上げ、宣言通りに融資を引き出していった。この期間で11ある取引銀行は各行、僕の新生オンデーズに対するスタンスを明確にし始めていたが、その対応にはかなりの温度差があった。
借入残高が上位にあったMU銀行とHA銀行は、僕の事業計画と奥野さんの資金繰り表の内容に、一定の理解を示してくれ、RBSと回った引継挨拶以降も支店長や副支店長が、僕との面談にできる限りの時間を割いてくれ、担当者の方も力強く応援してくれた。
その結果
4月 MU銀行から1億円
5月 MU銀行から6,000万円、HA銀行から1億円
6月 MU銀行から5,000万円
の融資をなんとか引き出すことに成功した。
これでなんとかその場凌ぎではあるが、地獄のような資金繰りは一旦、落ち着いた。しかし、これらの新規借入には全て、僕個人の連帯保証を求められた。奥野さんは念のため事前に僕の覚悟を尋ねてきたが、僕は躊躇することなく銀行の求めに応じてサインをし、印鑑を押していった。
他行が及び腰になっている状況で、MU銀行とHA銀行は親身になって頑張ってくれたので、その恩に報いたいというのもあったし、決算の見込も芳しくなく“新しい社長は個人保証を入れた上で本気で再生に取り組む覚悟がある”という明確な意思がきちんと伝わらなければ、まずあのタイミングでの融資実行は成立しなかったと思う。
『借入残高14億円、無担保・無保証、実態は営業赤字、債務超過』
当時も、買収した後も、かなり最近まで、多くの人から「何で民事再生を申請しないのか?馬鹿じゃないのか?」と言われ続けた。
しかし結局僕たちは、最後までその道を選択しなかった。
決して無知だった訳ではない。むしろ奥野さんは、前職でそういう法的整理やDPO(Discount Pay Off)を専門に扱っていたエキスパートですらある。やろうと思えばいくらでもやるタイミングはあった。民事再生を申請しなかった理由は、銀行出身者の多いRBSとの買収交渉の中で「債務カット等、銀行に迷惑をかけるようなことをしない」という約束を交わしていて、RBSの澁谷社長も、その約束を信じて、資金も実績も何もない僕にオンデーズを託してくれたという経緯があった。
もちろんその約束に法的な拘束力は無いのだが、仁義を破ることに対して僕が強く精神的に縛られていたというのが大きな理由だ。
さらにもう一つ。
僕たちが「画期的な再生ストーリーを実現させる!」と無邪気に理想に燃えていたのも事実だ。
いずれにせよ、自分がオンデーズの再生に人生を賭けていることを示す覚悟を込めて、僕は軽々しく民事再生という手段を選べなくなるリスクを受け入れながら、連帯保証人になる条件を受け入れた。
2008年 6月初旬
まさに、青天の霹靂ともいうべき事件が起きた。
「契約違反です。3,500万はすぐに支払って頂きます」
「え・・? すぐに残金を全額??」
ぬかりやビルの会議室は、ちゃんとした個室ではなく、アスクルで買ってきた青色のパーテーションと、安い偽物の観葉植物で区切っただけなので、少し大きな声を出すと、近くのデスクにいる社員たちには会話の内容が筒抜けになってしまう。
この日、経営陣交代の一報を聞きつけて来社していた、業界大手のリース会社「Sリース」の担当A氏は、奥野さんから手渡された最新の決算書をパラパラとめくっていたが、ふと手を止めると、刑事のような鋭い眼光で、こう問いかけてきた。
「第三者割当増資をしたのですね。それでリッキーさんの持株比率は?」
「18.5%になりましたけど、何か?」
「うちのリースの契約には”RBSの持株比率を60%以上とする”という特約が付いています。これに抵触するので、この契約は解除となります。1週間以内に即刻、残金の3,500万円をお支払いください」
「えっ・!? ご相談も何もさせてもらえる余地はないのですか?」
「無理ですね。契約ですから。次回のお支払い日まで残高の3,500万円一括での支払いを必ずお願いします」
「………。支払いを遅らせた場合はどうなるんですか?」
「その場合は契約書に基づいて差し押さえを行います」
せめて「残念ですけど…」とか、少しは事情を慮る気持ちの欠片でも見えれて入れば、また違った印象になるのであろうが、全く事務的で冷酷なA氏の態度に奥野さんはブチ切れていた。
人間は、突然予想外の事態に直面すると、一瞬、思考が停止して言葉すらも出ずにただ身震いし声が出なくなることがある。きっとこの時の奥野さんははそんな感じだったんだと思う。
奥野さんは、無言で、出口の扉を指し示しすと
「わかりました!お支払いしますよ。とにかく払えばいいんでしょう!」
と吐き捨てるように言いながら、追い払うようにA氏を外へと送り出した。
僕はオンデーズを買収するにあたって、事前に実の父親から紹介された某コンサルタント会社へ契約書類のデューデリジェンスを依頼していた。奥野さんがいた投資会社とはまた別の会社だ。そしてその費用は250万円。
この会社の代表T氏は民事再生案件などの企業再生の世界では著名な人物なので、その調査結果を信頼しきっていたのだが、後から判明したことだが、このコンサルタントT氏はオンデーズに関して、ろくすっぽまともな調査を行っていなかった。買収後に経理や総務の社員に聞いてみると、なんと一度も会社にすら来ていなかったというのだ。
帳簿や契約書類の確認もヒアリングもなく、とてもデューデリジェンスとは言えない代物に、口先だけでまんまと250万円も騙し取られてしまっていた。
その結果が
「契約書の内容を見落として突然3500万を請求される」
このザマだ。我ながら、なんとも情けない。
とは言え、さすがに買収前にこの様な特約の存在を見落としていた自分たちが悪いにせよ、RBSサイドにも、少しくらいは文句を言いたいと、奥野さんは強い口調でRBSに電話を入れ、クレームを申し立てた。
これに対し、RBSは3,000万円を”1カ月間”という条件で、短期融資をすぐに行ってくれることになったのだが、所詮は焼け石に水であった。1円すら惜しいこの時期に虎の子の3,500万円を突然、リースの返済に失うことによって、オンデーズの逼迫した資金繰りは更に困難を極めることになった。
「リースって、銀行の借入よりも融通が利かなくて怖いですね。期限の利益を失ったら問答無用で精算しなければならない。銀行は、やり方を間違えさえしなければ、いきなり強引な回収に動くことはほとんどありませんけど…」
そう話す奥野さんは、いずれ行わなければいけなくなるかもしれない”重大な次の交渉”の進め方を思案しているようでもあった。
6月も中旬になると、予想通り、最新の決算書(もちろん赤字)を審査して、オンデーズの格付けを落とし、新規融資の申し込みをハッキリと拒否する銀行が次々と現れ出し、最終的には全ての取引銀行が、担保無しでは新規の融資は行わないという方針を伝えてきた。
当時は毎月の銀行の約定返済が最低8,000万円、多い月は1億2,000万円もあった。
しかもこの時のオンデーズは、営業利益の段階で既に毎月2,000万円近い赤字が垂れ流され続けている状態。
このままでは”収益からの返済”は到底ムリ。
銀行の返済を銀行の融資に依存する”金繰り弁済”をしてもまだ運転資金が足りないような状態に陥っていしまっていたのだ。
タイムリミットはあとわずか。僕はオンデーズを立て直す為に思いつく限り全ての方法や可能性を指示し、即座に行動に移すように本社の管理職たちに告げると、長尾の運転する車に乗り込んだ。(つづく)
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