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なぜ野村は2000億円超えの大損失を出した?米系業者「以外」が逃げ遅れた理由と投資家が得るべき3つの教訓=矢口新

なぜ野村は2,000億円を超える大損失を出したのか?これまでの報道を私なりに分析した結果、投資家が知っておきたい「大損失につながりかねない仕組み」が見えてきたので、報告しておきたい。(『相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』矢口新)

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プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。

各国政府が先導した金融バブルはいずれ弾ける

世界の金融市場はバブル化している。それはSPACと呼ばれる会社型投信や、米スマホ証券ロビンフッドに集う個人投資家たち、仮想通貨やテスラ株、ジャンク債などに顕著に現れている。

それが深刻なのは、巨額の財政支出、巨額の量的緩和、債券価格の最高値を突き抜けた状態を意味するマイナス金利政策など、各国の政府当局が先導したバブルだからだ。

そうした異常な量のカンフル剤を打たれたツケは、必ずどこかで顕在化することは誰にでも予測できることだった。

野村はどうして2,000億円を超える大損失を出したのか?

これまでの報道を私なりに分析した結果、投資家が知っておきたい「大損失につながりかねない仕組み」が見えてきたので、報告しておきたい。

断っておくが、私が理解しているような仕組みを野村ホールディングスが実際に行っていたかどうかは、報道だけではわからない。しかし、そうした「仕組み」があることを知っておくことは、投資家としての今後のためにも無駄にはならないと言える。

130億ドルの個人資産を元手に、最大1,000億ドルの賭けをしていた

問題となったのは「子虎(tiger cub)」と呼ばれるビル・フアン氏の個人資産を運用するアルケゴス・キャピタル・マネジメントとの取引だ。同氏がそう呼ばれるのは、著名なタイガー・ファンド(Tiger Management Corp)で、ファンドマネージャーだったためだ。

アルケゴスはバイアコムCBS株で100億ドル(110倍を掛けると円貨)相当を保有していただけでなく、そのポジションは総額で最大1,000億ドル相当にも及んでいたと言われている。また、アルケゴスはそれらの取引に7~8倍ものレバレッジをかけていたとされる。つまり、130億ドルほどの個人資産を元手に、最大1,000億ドルの賭けをしていたのだ。

野村ホールディングスは、アルケゴスに「プライムブローカー」としてのサービスを提供していた。

プライムブローカーとは投資銀行の部署の1つで、ヘッジファンド向けのサービスを提供する。ヘッジファンドのトレードを手助けし、信用貸出の形でヘッジファンドに資金を提供する。

アルケゴスは少なくとも6社のプライムブローカーを利用していた。クレジットスイス・グループ、UBSグループ、ゴールドマンサックス・グループ、モルガンスタンレー、ドイツ銀行、野村ホールディングスなどだ。

私もヘッジファンド運用を行っていたことがあるが、プライムブローカーはヘッジファンドの資金管理部門を兼ねている。

バイアコムCBSにまつわる取引はスワップだと言われているので、ここではバイアコムだけを取り上げる。

バイアコムCBSの株価(出所:トレーディングビュー)

通常のスワップはAの買って売り、Bの売って買いと表現されるAB相対の「交換取引」だが、ETNやCDFのように、キャピタルゲインやロスだけをやり取りする契約(差金決済取引)もまた、スワップと呼ばれている。

今回の場合、アルケゴスはバイアコムの上昇に賭けて証拠金を支払い、プライムブローカーは想定額面金額のリスクを負うことで、ヘッジ相当分の現物株買いを行っていたことになる。

アルケゴスは7~8倍のレバレッジをかけていたとされる。このことは、例えば、1社に証拠金約1.3億ドルを納めることで、10億ドル相当を買ったことにする取引を行っていたとすると、ひそかに同じような契約を他社とも結んでいたので、合計13億ドルの資金で総額100億ドルの賭けとなったのだ。

Next: 個人ファンドに報告義務ナシ。プライムブローカーたちは把握していた?



破綻するまで全貌が見えなかった?

また、プライムブローカーは自己のポジションをヘッジするために、一部をより小さな業者に転売することがある。より小さな損失を計上する業者があるのはそうしたヘッジ取引の可能性もある。

1銘柄だけでこうした異常な金額の取引ができたのは、アルケゴスは個人のファンドなので、顧客相手のファンドのような当局への報告義務がなかったことだ。また、スワップはプライムブローカーとの相対取引なので、市場に現れるのはプライムブローカーのヘッジ取引部分だけとなる。そこで、当局は個人のファンドにも規制を強めるべきだとされていると言うが、これは本題から逸れるので触れない。

一方、プライムブローカーは自分の取引は当然把握しているが、アルケゴスが他社と同様の取引があるのを知っていたとは限らない。

こうした大量の買いに支えられ、バイアコムCBSの株価は3月15日の長い上髭が気になるものの、順調に値上がりしていた。変化が起きたのは3月22日の引け後だ。バイアコムは30億ドルの新株発行と転換社債の発行を表明した。そして、23日の株価下落でダブルトップの様相が出てきたことで、24日に急落した。

もっとも、アルケゴスが大量に保有していたのはバイアコムなど米株だけではない。大きなポジションを抱えていた中国株の百度やファーフェッチなどはすでに売られ始めていた。百度の株価は2月に急騰したが、3月中旬までには高値から20%以上下落していた。

その意味では、アルケゴスの信用力は下がっていた。

プライムブローカーたちは事態を把握していた可能性

3月25日にはいくつかのプライムブローカーが再度対策を話し合ったと報道されている。

この「再度対策」というのを額面通りに受け取れば、プライムブローカーたちには横の繋がりがあり、アルケゴスが何をしていたかを知っていて、24日以前にも対策を話し合っていたことになる。

報道では26日の寄付き前に、ゴールドマンが33億ドルのブロックセールの相手を探していたとされる。モルガンスタンレーやウェルズファーゴなど米系が続いた。そして、翌週29日になって野村やクレジットスイスが大損失に直面していると明らかにした。
※参照:Leveraged Blowout: How Hwang’s Archegos Blindsided Global Banks(2021年4月2日配信)

これでわかるのは、ゴールドマンのヘッジ部分だけで33億ドル(110倍すれば円貨)ものバイアコムのポジションを抱えていたことだ。

また、33億ドルのブロックセールが成立したとすれば、33億ドルを一括で買ったところがあることを示している。26日の寄付き前だとすれば、現状よりも30%ほどの高値だ。

Next: なぜ野村は逃げ遅れたのか?投資家が学ぶべきこと



「米国債ディーリングは米国人にしか出来ない」

私は野村東京で外債ディーラーをしていた時に、当時の担当常務にニューヨーク転勤を願い出た。ニューヨークで米国債でのディーラーを希望したのだが、米国債ディーリングは米国人にしか出来ないとされ、転勤はさせてくれたものの、現地の日本の機関投資家とのリレーションづくりと、後に為替のチーフディーラーを任された。

「米国債ディーリングは米国人にしか出来ない」というようなことが、アルケゴス問題でも起きた可能性がある。

実際に、米系の業者は26日時点で売り払ったのに、日本やスイスの業者は翌週に損失を発表したと情報格差を暗示した報道もあった。野村などは、アルケゴスへの融資を回収できなかっただけでなく、ブロックセールの相手を務めた(購入した)可能性すらあるのだ。

ムーディーズは31日、野村ホールディングスの格付け見通しを安定的からネガティブに引き下げた。格付けはBaa1(長期発行体格付け)のまま据え置いた。私が勤めていた頃は、すべての格付け機関からトリプルAをもらっていた。

投資家が得るべき3つの教訓

アルケゴス問題での私の疑問は、なぜ大富豪が個人資産に7~8倍ものレバレッジをかける必要があったのかということだ。

上昇相場に取り残される焦りだとするコメントもあるが、大富豪は焦る必要がない。焦っているのは常に競争にさらされているプライムブローカーの方だ。おかしいと思いながらも、大きな顧客を逃したくない圧力があるのだ。

1兆円以上を保有する大富豪が、こうしたイチかバチかの取引を行うのは、私から見ればナンピンしか考えられない。このあたりは、いずれ判明することだろう。

この報道が大筋で正しいものだとすると、投資家としていくつかの教訓が引き出せる。

1. 高レバレッジは引き時を見極めるのが難しい

2. アルケゴスが行ったようなスワップと同じような効果のあるETNやCDFは高レバレッジ商品だ。CDFは相対業者の信用リスクも取ることになる

3. 焦りは目を曇らせる

また、ナンピンは平均コストが下がるために損失回避できる確率が高まり、癖になることが多いが、結局は資金力が尽きた時に破綻で終わる。投資家が絶対に避けるべき手法だ。

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image by:TK Kurikawa / Shutterstock.com

相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』(2021年4月5日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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