エーザイ<4523>がアルツハイマー病新薬の米国承認を受けたことで高騰してからまもなく1ヶ月、株価はやや下落に転じています。材料から数日を経て、ここからどう展開するのか?いまは買いか売りか?証券アナリストの間でも評価が真っ二つに割れる中、今後の展開を考えます。
プロフィール:馬渕 磨理子(まぶち まりこ)
京都大学公共政策大学院、修士過程を修了。フィスコ企業リサーチレポーターとして、個別銘柄の分析を行う。認定テクニカルアナリスト(CMTA®)。全国各地で登壇、日経CNBC出演、プレジデント、SPA!など多数メディア掲載の実績を持つ。また、ベンチャー企業でマーケティング・未上場企業のアナリスト業務を担当するパラレルキャリア。大学時代は国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞。
Twitter:https://twitter.com/marikomabuchi
アルツハイマー病に光明。期待で高騰したエーザイ株
アルツハイマー病の患者や家族の介護に関わったことのある方は、さまざま経験をお持ちでしょう。
・娘が誰だか分からなくなる
・朝に自分で服が着られなくなる
・家族に暴力を振ってしまう
これらのアルツハイマー病による症状は、癌などの他の病院の苦しみとは、また違った苦しみがあります。原因は、脳に「アミロイドβ(ベータ)」というたんぱく質がたまることなどで神経細胞が破壊され、認知機能が低下するとされています。
もし、この苦しみが緩和されるのであれば、人類にとって救いであることは間違いないでしょう。
――この、人類の期待を一身に背負い、エーザイの株価は急騰しました。
遡ること、6月7日。米バイオジェンとエーザイが共同で開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」について、アメリカのFDA(食品医薬品局)が製造販売の承認をしました。
FDAによれば、アルツハイマー病の原因と考えられる脳内の異常なタンパク質を減少させる効果を示したとして治療薬として承認したとしています。
これを受けて、6月7日の株価7,751円(終値)から6月22日1万2,710円(終値)と発表前から6割高くなっています。また、野村證券が8日付で目標株価を従来の1万5,000円から1万8,000円に引き上げるなどの報道もあります。
では、認知症新薬の承認を受けて株価が急騰しましたが、材料から数日経て、エーザイをどう見るかについて解説します。
ここから先の株価展望や同社のビジネス分析をしていきましょう。
証券アナリストの評価も分かれる
株式市場では、エーザイの株価に対する証券アナリストの評価が分かれています。
野村証券は6月8日に「新薬の浸透には問題ない」として、新薬のピーク時の世界年間売上高を2,700億円から4,800億円に上方修正しています。目標株価を1万5,000円から1万8,000円に引き上げています。
一方、大和証券は6月9日に「投与のための検査は患者の体への負担が大きい」ことを指摘しています。また、「早期アルツハイマー病の患者のうち投与されるのは10%程度」として、収益への貢献は限定的とみています。目標株価を5200円から4700円に引き下げるに至っています。
また、三菱東京UFJモルガンスタンレーは目標株価を4200円から8,000円に変更しています。
代表的な証券会社の判断が、これほどまでに、分かれているのです。
なぜでしょう。これには3つの理由が挙げられます。
Next: なぜ証券アナリストの判断が分かれた?3つの要因
見通しが立たない3つの要因
理由として、以下の3つが挙げられます。
1. 仮免許状態
2. 安価で簡便な診断方法の普及
3. 競合の動き
それぞれ、解説していきましょう。
<判断が分かれた理由その1. 仮免許状態>
まずは、新薬「アデュカヌマブ」そのものの問題。
米食品医薬品局(FDA)から承認を得たアルツハイマー病新薬「アデュカヌマブ」の評価が定まっていない点です。
将来のブロックバスター(年間売上高10億ドル以上の新薬)として期待がある一方、効果を疑問視する声も残っています。
今回の承認で、有効性が完全に認められたわけではない点には留意しなければなりません。FDAの承認は、正式には「迅速承認」であり、上市後も臨床現場での有用性を確認する試験が必要です。
そして、その試験の結果によっては承認取り消しもあり得る点です。これが、エーザイ認知症新薬の承認は「仮免」だと言われる所以です。
<判断が分かれた理由その2. 安価で簡便な診断方法の普及>
2つめは、取り巻く環境の問題です。
前提として「安価で簡便な診断方法」が普及している必要があります。つまり、「アデュカヌマブ」を使用する前の段階である、アルツハイマー病の診断が簡単に行われている環境が整っていることです。
これに関しては、時を同じくして6月22日に島津製作所が、血液数滴からアルツハイマー病に関連する物質を調べられる検査機器の販売を始めると発表しています。脳内のたんぱく質の蓄積が血液で確認できるようになると、より多くの人が調べられるようになり、投与の対象も増えます。
島津製作所の検査機器のように、他にも事前に察知できるような検査が普及することは今後の課題です。
こういった、検査機器が普及の前提があってこそ、病状が早期の段階で新薬「アデュカヌマブ」を投与することができるのです。
このあたりの環境が整ってくれば、『ブロックバスター』(巨額な利益が見込める薬)になるポテンシャルがあると言われています。
Next: エーザイは買いか?見通し不透明の元凶と「投資単位引下げ」の追い風
<判断が分かれた理由その3. 競合の動き>
3つめは、競合の動向です。
米FDAでは、イーライ・リリーが開発中のアルツハイマー型認知症治療薬候補「ドナネマブ」の存在があります。
この治療候補が、「アデュカヌマブ」の競合薬になっていくとの見方が強まっており、報道を受けて、株価が反落する動きが見られます。
この先のエーザイの株価見通し
ここまで述べてきたことからも、この先の見通しが不透明であることは否めない。そのため、株価の値動きが大きい(ボラティリティが高い)状態が続く可能性があります。
本格的に、株価が底堅く推移するには「仮免許」が取れることが確認されてからになりそうです。新薬に関わる株価の値動きは、予想が難しく、値動きが激しい傾向がありますので、無理に上値を追うことは非常に危険です。
現状、各証券会社の株価見通しが分かれていることからも、いったんは、高値からの調整も十分にあり得ますので、そのタイミングを狙うなど、慎重な取引が自分の身を守ることになります。
さらに、エーザイの株価は1万円を超える株価です。投資家は最低投資額が100万円を超えてくるため、手が届きにくい株価となっています。
今後、株式投資単価が引き下げられることがあれば、幅広い層が購入しやすくなり、株価が上昇するきっかけになります。
ちょうど、6月29日にエーザイは「投資単位の引下げに関する考え方および方針等」について開示しています。
投資単位の引下げに関して、「株式投資単位の引下げ」が株式市場の流動性を高め、また、広範な投資家層の参加を促すための有効な施策のひとつであると考えている。
しかし、投資単位の引下げについては、今後の株価や株主数の動向、当社株式の流動性の状況、費用対効果等を総合的に勘案し、実施の要否および実施する場合はその時期について、慎重に検討したいと述べています。
新薬の報道以外にも、このあたりの報道も株価には影響を与えますので、引き続きチェックしておくことが求められます。
Next: 押し目買いの水準はどこにある?テクニカル分析で読み解く
押し目買いの水準はどこにある?
テクニカル分析で、押しの水準を確認しておきましょう。以下のチャートを参考にしていただければと思います。
エーザイは一時的に進行を遅らせる、アルツハイマー型認知症治療薬として「アリセプト」をすでに販売しています。そして、今回の「アデュカヌマブ」は、「アリセプト」以来、約25年ぶりに承認されたことになります。
業績へのインパクトを予測するには、まだ未確定の部分があまりにも大きいですが、それでも、アリセプトの特許切れ以降、売上の軸になる製品がなかったエーザイの業績を浮上させるものにはなります。
仮免許だと述べましたが、完全ではないにしてもライセンスをもらえているのと、もらえないのでは雲泥の差です。
認知症は人類に残された、いまだ満たされていない医療需要の代表的な分野です。その点で「アデュカヌマブ」の一歩が大きいものとなるのは間違いないです。
本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2021年7月1日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による