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世界でも異質。なぜ日本人はストライキを起こさないのか?「従順な労働者」が経済復活を妨げる要因に=岩崎博充

そごう・西武が9月1日付で、アメリカの投資ファンドとヨドバシホールディングスの連合体に売却された。この売却劇を巡り、日本では実に半世紀ぶりに、大手企業の労働者がストライキを実施した。まさに画期的とも言える出来事だが、考えてみれば、なぜ日本ではストライキが少ないのか……。なぜ労働者はストライキを恐れるのか……。非正規雇用者に貧困を強いる社会に対して、なぜ国民は沈黙するのか。ストライキのない穏健な労働環境が数十年に渡って続いてきたが、不自然な労働環境と言えるかもしれない。

世界では、賃上げ要求などのストライキは労働者の当然の権利としてとらえられており、ストライキは常態化している。日本はなぜストライキが当たり前のように行われないのか。その影響は日本の景気低迷とも関わりがあるのではないか……。労働者が要求しないから企業は賃金を上げずに、仕方なく政府が給付金や減税でお金をばらまく……。日本は、そんな歪んだ経済構造に陥っているのかもしれない。ストライキをテーマに検証してみたい。(岩崎博充)

プロフィール:岩崎博充(いわさき ひろみつ)
経済ジャーナリスト、雑誌編集者等を経て1980年に独立。以後、フリーのジャーナリストとして主として金融、経済をテーマに執筆。著書に『「年金20万・貯金1000万」でどう生きるか – 60歳からのマネー防衛術』(ワニブックスPLUS新書)、『トランプ政権でこうなる!日本経済』(あさ出版)ほか多数

ジャニーズ問題も労働組合があれば…

最近になって、宅配大手のヤマト運輸がメール便や小型の荷物をポストに投函する配達事業を委託してきた全国の個人事業主、仕分けを行うパート社員等約3万人に対して、2025年3月までに契約を終了することを決めたものの、当事者が作る労働組合「建交労軽貨物ユニオン」が契約終了の撤回などを求めるオンライン署名などを実施したことで話題になった。

ヤマト運輸も、当初契約終了は「お願いベース」と弁明していたが、結局はその後契約終了を撤回している。ただ、ヤマト運輸がメール便等を郵便局に業務委託することが決まっているため、いずれは人員余剰となり、人員整理=解雇されることは目に見えている。

ヤマト運輸の場合は、非正規雇用とはいえ労働組合を組織できただけマシだったわけだが、日本では非正規雇用者やパート従業員が一方的に首を斬られてしまう雇用環境が常態化している。

フリーランスのような職種に関しても、突然仕事を切られても文句は言えないケースが多い。フリーランスに待遇改善などもってのほか、といった考え方が、日本企業では当たり前の世界と思われてきた。

しかし、世界を見てみるとその状況は大きく異なる。

例えば、アメリカの映画やテレビドラマを制作する脚本家労働組合は、今年の5月からストを続けていた。さらに、7月中旬からはハリウッドスターや司会者など16万人が加入する「米映画俳優組合−テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)」がストライキに入っている。

シナリオライターや脚本家といった、日本では最も弱い立場の集団のひとつと言われていた職種でも堂々とストライキができる。日本とは大きく異なる労働環境と言える。筆者もフリーライターの一人だが、労働契約書などというものは、かつては単行本を執筆するとき以外には無縁のものだった。

同様に芸能人なども、日本ではクライアントの機嫌1つで仕事がなくなってしまう職種のひとつと思われてきた。ジャニーズの性加害問題にしても、もっときちんとした労働契約を交わしていれば、こんなことにはならなかったのではないか。独りのモンスターを全員が黙認してしまったために起きた犯罪だが、働く側を守るシステムがもっとしっかりしていれば防げた問題だったのかもしれない。

公務員には認められていない争議権だが、国際的には異質?

さらに、日本では国家公務員などにはスト(=争議権)が認められていないが、これも国際的に見ると異質な世界と言える。

中国などの全体主義社会では常識だが、国家公務員であってもドイツやフランス、英国などでは原則争議権が認められている。かつて日本でも「公共企業体」に所属していた旧国鉄などでは、1970年代にスト権を求めてストライキを実施して勝ち取ってきた歴史がある。

しかし現在、日本では国家公務員や地方公務員には争議権が認められていない。

しかし、海外の先進国では警察官など特殊な公務員を除けば、原則的に認められているところが多い。米国も国家公務員に対しては争議権を与えていないが、地方公務員に対しては州によって認めているところも多い。

アメリカでは、コロナ禍が収束して以降、急速にストライキや労働争議が増えている。アメリカの自動車業界では9月から「全米自動車労組(UAW)」がアメリカ大手のビッグスリーを相手取ってストライキを実施し、最近になって解決したものの、その影響は全世界に及んでいる。

日本と違ってストライキが常態化している社会と言っていい。

Next: どの国も労働者の不満が爆発……なぜ日本はストライキをしないのか?



実際に、米国では労働組合によるストライキが活発に行われた今年8月には、労働者が仕事に携わらなかった延び日数を示す「労働損失日数」が410万日を超えており、2000年以来23年ぶりの高い数字になったと報道されている。通常は150万日程度であることを考えると、その激しさがわかる。

こうした動きは米国だけではない。市民革命の発祥地であるフランスでは、今年になって政府の年金改革法案に反対して大規模なデモが起きている。年金改革ストライキとして、ごみ収集や交通機関といった社会インフラが大きな影響を受けている。一般企業の従業員も、フランスのアップルでは、iPhone15の新規発売日当日に従業員が賃金の7%増など待遇改善を求めてストライキに入っており、ストライキは労働者の当然の権利だと認識されていることがよくわかる。

ちなみに、労働損失日数を国際比較してみると、次のようになる(データブック 国際労働比較2023より、独立行政法人 労働政策研究・研修機構)。

・米国……155.2万日(2021年)
・韓国……47.2万日(2021年)
・英国……20.6万日(2019年)
・ドイツ……19.5万日(2020年)
・オーストラリア……6.4万日(2019年)
・日本……1万日(2021年)

G7では日本を除いて、どの国も労働者の不満が爆発しつつある?

では、なぜ日本の労働者はストライキをしないのか。そごう・西武の大手企業のストライキは23年振りだったし、大規模なデモ行進も最近はとんと聞かない。

そもそもストライキは経済にとって必要なことなのか、それとも労働生産性を妨げる悪なのか。その点について整理しておく必要があるだろう。

かつて、日本でも高度経済成長時代にはストライキやデモが日常茶飯事だったし、企業も労働者の要求に合わせてきちんと賃金を上げて、労働に対するイノベーションを上げていった。それが失われた20年、30年と呼ばれる低成長、デフレ時代になってからは労働者は何も要求しなくなってしまった。

会社が利益を上げていないのに、自分たちの賃金を上げてもらおうなどというのは虫が良すぎると思ったのかもしれないが、実はここに大きな間違いがあったと言えるかもしれない。とりわけ大企業は自社の労働組合を経営者側に引き入れ、企業が生き残るためには労働者も一緒に低賃金で我慢してもらわなければならない、といった空気を作り出してきた。

その結果は、530兆円もの「内部留保」を蓄積する結果(財務省、法人企業統計調査、2022年7−9月期)になっているのだが、労働者がもっと非正規雇用者も含めて会社側と対峙していれば、日本経済は個人消費が落ち込んで需要不足といった状況にはならなかったのかもしれない。しかも、需要不足を補うために、政府が1,000兆円を超える財政赤字を抱えて、デフレ経済を復活させようとしたことも大きなミスリードだったと言える。

Next: 従順すぎる日本人。労働者が立ち上がってこその資本主義社会か



労働者が立ち上がってこその資本主義社会?

現在の日本の労働賃金は、グローバルスタンダードから大きく外れてしまっている。

この状態を是正するために、政府は莫大な財政赤字を積み重ねてきたわけだが、それも今や限界に来ている。政府とともに企業も一緒に賃上げをすることで、個人消費の活性化を促し、日本経済が高成長のサイクルに入っていくようにするしかない

ところが日本企業の多くは、経営陣の若返りなどに戸惑い、なかなか革新的な構造改革ができなくなってきている。結局、その企業で働く従業員たちが結束して、経営改革を促すのが、今の日本経済には一番の近道なのかもしれない。

そもそも、日本経済低迷の背景には低賃金に対して不平を言わず、何も抵抗しない従順な労働者の姿も一因になっていたはずだ。最近になって労働組合の最大組織である「連合」が、2024年春闘の賃上げ要求を「5%以上」にすると発表したが、早くも明治安田生命が年収ベースで「7%」の賃上げを実施すると報道されている。賃上げでリーダーシップをとれない労働組合が最大組織である点が、現在の日本の労働組合の弱体化を象徴している。

ここに来てなお、労働組合の多くは会社に忖度する姿勢を崩していない。日本経済が復活するためには、もはや労働組合が頑張るしかない。政府と企業に任せていても、犠牲になるのは労働者なのだから……。

image by: rblfmr / Shutterstock.com

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2023年11月10日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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