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1ドル147円まで急回復…なぜ乱高下を繰り返すのか?誰でも理解できる究極シンプルな解説=田内学

昨年12月、為替市場でドル円レートが147円台から142円台に1日で突入した。その要因について専門家は「日銀総裁のコメント」と解説した。しかし本当にそれが原因だったのだろうか?そして1月17日現在、1ドル147円台まで戻している。『きみのお金は誰のため』が大ヒット中の作家・田内学さんが、子どもにでもわかるように、為替変動が急変する理由を語る。(『 金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 』)

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※本記事は有料メルマガ『金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」』2024年1月13日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:田内学(たうち まなぶ)
社会的金融教育家。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。ゴールドマン・サックス証券株式会社入社以後16年間、金利トレーディングデスクで日本国債、金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。著書に高校社会科教科書「公共」(共著、教育図書)、「お金のむこうに人がいる」(ダイヤモンド社)、「きみのお金は誰のため」(東洋経済新報社)など。「朝まで生テレビ」「グッド!モーニング」などテレビ出演なども多数。最新刊「きみのお金は誰のため」は発売2ヶ月で10万部を超える。灘高前校長の和田孫博氏や社会学者の宮台真司氏、女優の長谷川京子氏などからも推薦を受ける。

急激な円高に対する「2つの説明」

昨年12月、外国為替市場が突如動いた。1日でドル円レートは147円台から142円台に一気に突入。「いったい何が起きているんですか?」と周りの人たちからも聞かれた(編注:原稿執筆時点1月13日。1月17日現在は1ドル147円台まで戻しています)。

あの2人ならどう答えるだろうかと僕は想像してみる。20年前、ゴールドマン・サックス証券で働きはじめたとき、金融市場や世界経済について教えてくれた2人の先輩のことだ。

陽気なロン毛の先輩と物静かなのっぽの先輩。マーケットで大きな動きがあったときは、いつも彼らにその理由をたずねていたのだった。

ロン毛の先輩はきっと自信たっぷりに教えてくれただろう。

「今回の為替の動きの原因は、日銀総裁のコメントだよ。マイナス金利の解除を示唆していると市場は捉えたんだ」

12月7日に、日銀の植田総裁は、国会答弁で「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言。これによって日銀が早期に金融政策を転換するとの見方が市場全体に広がったそうだ。

一方の、のっぽの先輩は、少し面倒くさそうな顔でこう答えただろう。

「ドルを売りたい人が多かったんだろ」

一般的には、ロン毛の先輩の話をありがたがって聞く人が多い。なるほど、そういうことが起きていたのかと納得する。僕もその1人だった。しかし、金融の世界でお金について学ぶにつれて、のっぽの先輩の言葉のほうが重要だと気づいたのだ。

誰が何のために買っていて、誰が何のために売っているのか。視点を変えて考えると、世の中の動きが見えてくる。

20年前、入社してからしばらくの間、僕はロン毛の先輩の説明を頷きながら聞いていた。しかし、徐々に疑問が湧いてきた。

ある日は「今日は〇〇の指標が良かったから、株が買われた」と言うのに、別の日には「今日は〇〇の指標が良かったけど、良いニュースが出尽くしたから、株は買われなかった」と説明するのだ。

何が起きていたのか知れば、そのときは納得した気になる。ところが、同じことが起きても、市場の反応はまったく違ったりする。

しかし、それは不思議なことではない。状況次第で人々の売買行動が異なるのは当然だからだ。例えば、空腹時にカレーの匂いを嗅げばカレーが食べたくなるが、大盛りカツ丼を食べたあとに、厨房からカレーの匂いがしても、カレーを食べたいとは思わない。

起きた事柄自体は、きっかけにすぎないのだ。それが引き金となって人々が株や為替を売り買いすることで、市場は初めて動きだす。なぜ人々は商品を買い、そして売るのかを考える必要がある。

人が物を買う「2つの理由」

そのために知っておくべきことは、金融商品であれ、日用品であれ、購入者には大きく分けて2種類存在するということだ。それは、使用するために買う人と、値上がりを期待して買う人である。

食べるためにカレーを買う。コンサートに行くためにチケットを買う。このように使用するために物を買う場合、目的は自分が幸せになることだ。

一方の値上がり期待で買う場合は、自分が幸せを感じる必要はない。

まったく興味のないアーティストのチケットでも値上がりしそうなら買うし、不動産価格が上がることを信じて自分が住みたくもないマンションを買う人もいる。安く買って高く売れさえすればいい。

使用することが目的の人は「買いたいから買う人」であるのに対して、値上がり目的の人は「売りたいから買う人」である。後者の人たちは近い将来、必ず転売する。転売した相手もまた、値上がり期待で買っている人であれば、その人はさらに転売する。使用することが目的の人が購入するまで、この転売は繰り返される。

株、為替、不動産など、投資(投機も含む)の対象になるような商品においても、この2種類の「買う人」が存在している。

どんな理由でも買う人がいるなら結構な話に思えるが、後者の人の割合が多すぎると、バブル経済が生まれてしまう。17世紀オランダのチューリップバブルも、1980年代日本の不動産バブルも、値上がり期待で買う人たちが価格を押し上げた。

ところが、高騰した価格では使用することを目的に買う人はほとんど存在しなかった。気づいたら売るために買う人だらけになり、バブルが弾けたのだ。

さて、この視点を取り入れて、大きく動いている為替市場を見てみよう。為替市場には、さまざまな理由でドルを購入する人たちが存在する。

Next: ドルを購入する3つの理由とは?



ドルを買う人の「3つの理由」

1つ目は、石油や小麦粉を輸入するためや海外旅行に行くためにドルを購入する人たち。彼らは使用する目的で「買いたいから買う人」である。手に入れたドルは支払いに使われて、手元には残らない。それ以上の取引は発生しない。

2つ目は、アメリカ国債などのドル建ての金融商品に投資するために買う人たち。日本の国債利回りはおよそ0~1%(年限によって異なる)なのに対して、アメリカ国債の金利は4~5%もあるから、アメリカ国債は投資対象としては魅力的だ。

アメリカ国債だけでなくアメリカ株などに投資する人たちも多く、彼らはそれらの金融商品を買うために為替市場でドルを購入する。彼らの多くは、いつかは国債や株を売却して日本円に戻すと考えられるから、長期的には「売りたいから買う人」とも言える。しかしながら、ドル自体の値上がりだけを期待しているわけではない。

3つ目は、ドルの値上がり目的だけで(いわゆる投機目的で)買っている人たちだ。1つ目や2つ目の目的でドルを購入する人たちが増えることを見越して、先回りして買っているのだ。彼らこそが正真正銘の「売りたいから買う人」たちである。

今回、ドル円相場が大きく下げたのは、主に3番目の人たちの影響だ。日銀がマイナス金利を解除して利上げを行えば、日本の国債利回りも上昇する。すると、2つ目の目的で購入する人たちが確実に減ってしまう。だから、慌てて売ったのだ。

もちろん、そこまで思いつかない人もいる。そんな彼らも、価格が下がり始めると「こんなはずじゃなかった」と思って、保有していたドルを売却し始めた。彼らにとっては、値上がりしなければドルなんて必要ないのだ。

ここで、物静かなのっぽの先輩の顔が思い浮かぶ。「ドルを売りたい人が多かったんだろ」。

今回の為替市場の急速な動きからわかることは、市場参加者の中に、値上がり期待でドルを保有していた人がかなり多かったということだ。もし少なければ、日銀総裁のコメントでここまで為替相場は動いていなかった。

世の中の動きを知るには、きっかけとなった日銀の政策について考えるよりも、どうしてそういう人たちが多かったのかを考えないといけない。

1つの理由としては、今年から始まったNISAの拡充があるだろう。新制度が始まれば日本の投資マネーが利回りの高いアメリカの金融商品へ向かうのは自明だから、先回りしてドルを買っている人(投資会社や金融機関なども含む)も多かったはずだ。

だが、そういう説明をしてくれなかったロン毛の先輩が不親切だというわけではない。コメンテーターという意味では彼のほうが親切だ。多くの人々は、本当の理由よりも、納得できそうな小難しい説明を求めている。

「自分の言葉で深く考える」ことの大切さ

拙著『きみのお金は誰のため』でも、投資銀行で働く七海が皮肉混じりにこんなことを言っている。

「私も実感しています。そういうお客さんになめられないように、あえて難しい言葉を使うことがあります」

「なめられないように……ですか?」

そこに込められた、ただならぬ感情が、優斗にも伝わってきた。

「そうよ。私みたいな若い女性って、日本のお客さんには軽くみられちゃうのよね。だから、株価上昇の理由とか聞かれたら、『グローバルな過剰流動性相場』とか、わざと難しい言い回しで答えるの」

「僕には全然わかんないですけど」

優斗は頭をかいた。

「それでいいのよ。難しい単語を覚えただけで、多くの大人は満足するのよ。今の説明って、『世界でお金が余っているからです』と言っているだけなのにね」

きみのお金は誰のため』38ページより

この七海のコメントに対して、小説の中で経済のしくみについて教えてくれる先生役の大富豪はこのように切り返している。

「彼らは、難しい単語が知恵の実とでも思っているんやろな。過剰流動性という言葉を覚えれば理解した気になる。せやけど、知恵の実を食べて賢くなるわけやない。知恵は育てるもんや。重要なのは、自分で調べて、自分の言葉で深く考えることやで」

『きみのお金は誰のため』39ページより

経済の専門家の言葉を鵜呑みにするのではなく、それが人々の暮らしや行動にどのように影響しているのかを考えると、市場の動きだけでなく社会の動きも見えてくる。

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image by: autsawin uttisin / Shutterstock.com

金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」 』(2024年1月13日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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