中国があれだけ南シナ海にこだわるのは、水深のある東部海域に弾道ミサイル原潜を潜ませやすいから――こんな説が聞かれますが、メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんは、「鵜呑みにしてはいけない」と言います。なぜなのでしょうか?
軍事的要衝・南シナ海で存在感を増す中国の狙いを正しく理解する
中国が南シナ海を重視する理由を整理しよう
南シナ海での中国の動向について、テレビ番組の短い時間に説明しようとしても、言い尽くせないことばかりで欲求不満が募ります。
専門家の立場から、中国は対米安定路線に舵を切っていると説明しても、その部分を時系列の表にでもしない限りは、納得してもらえないようです。
むろん、このメルマガの読者の皆さんにはおわかりのことばかりですが、基礎知識のない人にテレビを通じて話すというのは、やはり疲れます(笑)。
その南シナ海ですが、中国が埋め立てて3,000メートル級の滑走路を建設したファイアリークロス礁の役割に関連して、米国の対潜水艦部隊を排除するための戦闘機の拠点化という見方があります。
これに関連して、南シナ海東部には中国が核弾頭搭載の弾道ミサイル原潜を海中に遊弋(ゆうよく)させておくのに適した海域があり、ファイアリークロス礁から発進する中国戦闘機はその上空を守り、中国の弾道ミサイル原潜が米国側に探知・追尾されたり、攻撃される事態にならないよう、にらみをきかせるのが任務という解説もあります。
いずれも、その通りです。弾道ミサイル原潜の役割は、専門的には報復核戦力と言います。例えば米国が中国を核攻撃したいと考えても、核攻撃が行われた瞬間に、海中に潜んでいて居場所をつかみにくく、簡単には発射を阻止できない弾道ミサイル原潜から報復の核ミサイルが米国の主要目標に向けて発射されるのがわかっていたら、米国も核攻撃に踏み切れません。中国としての核抑止力が働いているということになります。
その意味で、南シナ海は岩礁の埋め立てが進められた海域も、そして弾道ミサイル原潜をパトロールさせようとしている東部の海域も、軍事的重要性という意味では一体のものなのです。
そこで、1つだけ整理をしておきたいことがあります。南シナ海東部は平均水深が3,500メートルもの海域があり、それゆえに弾道ミサイル原潜が潜むのに適しているという説ですが、これを鵜呑みにしてはいけません。
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そもそも中国の弾道ミサイル原潜の行動可能深度は?
これだけを聞けば、米国が攻撃しようとしても3,500メートルの深海に逃げ込めば助かるし、その深さなら探知できないという印象をばらまいてしまうからです。
いかに深い海域であっても、潜水艦が作戦行動できる深度は400~600メートルといったところです。冷戦期、旧ソ連がチタンで建造したアルファ級という攻撃型原潜がありましたが、1,200メートルまで潜れるとされる一方、その深度に逃げ込んでも反撃するための魚雷が水圧でつぶれてしまうために使えず、結局、実用的ではないということで退役することになりました。
特に、弾道ミサイル原潜の場合は巨大な弾道ミサイルを直立状態で搭載するミサイル区画が潜水艦の構造を弱める問題があり、あまり深いところでの行動は前提とされておらず、中国の弾道ミサイル原潜は深度300メートルがせいぜいと見られているのです。
それでは、南シナ海東部が弾道ミサイル原潜の配備海域として望ましいとされるのはなぜでしょう。
最も大きな理由は、かなりの海域が水深200メートル以下とされ、透明度も高く、潜水艦を海中で行動させるのに適さず、上空から発見されやすい南シナ海にあって唯一、弾道ミサイル原潜を遊弋させられる深度を確保できる海域だからです。
南シナ海の水深が浅いことについては、特に中国が主張する「領海」内を10月27日に航行した米海軍のイージス艦ラッセンが対潜ソナーを作動させていなかったとする米国内での報道は、水深の浅い海域という条件を無視している面があります。それは、対潜ソナーを使いにくい場合がある、中国の潜水艦も海中からイージス艦を追尾できない、もし潜水艦がいてもイージス艦と連携をとっていた米海軍の対潜哨戒機が上空から探知できる、というものです。
潜水艦に関するお話は、機会を見てさせていただきたいと思いますが、基本的には私の事実上のデビュー作「原潜回廊」(講談社)の時代と変わっていないようで、30年前を懐かしく思い出しています。
『NEWSを疑え!』(2016年11月30日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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