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英国EU離脱「本当のリスク」~欧州に手を伸ばすプーチンと米ネオコンの狙い=斎藤満

英国EU離脱問題で1つはっきりしているのが政治的ダメージです。これは大小さまざまのレベルで生じますが、最大の問題はEUがノーベル平和賞の返上に追い込まれる懸念です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

崩れる「1つの欧州」、高まる政治的・地政学的リスク

前例のない不安

先週10日の世論調査で、英国がEUから離脱すべきとの声が「残留」派を大きく上回ったとして、欧米市場に不安が広がり、株価の下げ連鎖が広がりました。NY市場での「不安」を示すVIX指数も22台にのせるなど、2日連続の大幅上昇となりました。

しかし、市場が何に不安を抱いているのか、必ずしも明確ではありません。「前例のない不安」が不安を呼んでいる面があります。

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中には、英国がEUから離脱すれば、そうでない場合に比べ、英国の輸出や設備投資が抑制されてGDPが長期的に1%から5%縮小する、との試算もありますが、その根拠は明確ではありません。

ロンドン・シティ(米国のウォール街のような金融中心地)が最も影響を受ける、との見方がありますが、具体的なイメージがわきません。

結局、具体的な経済ダメージを想定して欧米株が下げていると言うより、何が起きるかわからない不安によって下げている面が否めません。

しかし、1つはっきりしているのが「政治的ダメージ」で、これが及んで経済的ダメージに広がるリスクはあります。この政治的ダメージは大小さまざまのレベルで生じます。

EUはノーベル平和賞返上?

最大の問題は、EUがノーベル平和賞を返上しなければならなくなる懸念です。

EUがノーベル賞をもらったのは、欧州の戦乱の歴史を、欧州の政治統合によって、二度と戦争に導かないような政治枠組みを作ったため、という趣旨でした。

イギリス、ドイツ、フランスが一つの組織になることで、いがみ合いを避けることができ、実際戦後70年の平和を実現しました。

そればかりか、欧州が1つになったことで、ロシアの欧州進出も難しくなり、むしろロシアの「緩衝地帯」と見られた周辺国が、次々と西欧になびいてしまい、ロシアが政治的に重要な「緩衝地帯」を失い、孤立化に向かったほどで、「1つの大きな欧州」は着実に成果を上げてきました。

ところが、ここで英国がEUから離脱すると、本来の平和を志向した「1つの欧州」の構図が崩れてしまいます。再びアングロサクソン(英国)とゲルマン帝国(ドイツ)の対立が生じてもおかしくない図式となり、この両国にどの国が付くかで、欧州がまた二分されるリスクがあります。

Next: 再び欧州に手を伸ばすプーチン/英国EU離脱が欧州紛争の火種に



再び欧州に手を伸ばすプーチン

また、これまで経済制裁もあって欧州に対して力を減じてきたロシアが、欧州の結束が弱まると、再び欧州に手を伸ばす余地が出てきます。

特に、ドイツとロシアの関係は親密で、メルケル首相はロシア語が、プーチン大統領はドイツ語が堪能で、二人の会話は相手国の言語でなされると言われます。英国なき後の欧州には、ロシアはドイツを足掛かりにして進出できます。

米ネオコンの影も

また、英国で離脱派を刺激している力として、米国のビクトリア・ヌーランド国務次官補の名前が挙がっています。彼女はネオコンの一人で、ネオコンは欧州の弱体化を図って米国の影響力を広げたいとの思いがあります。

英国がEUから離脱すれば、欧州の弱体化が進み、ロシアや米国の影響力が強まり、政治的に不安定になる懸念があります。

EU離脱が欧州紛争の火種に

さらに、英国がEUから離脱すれば、英国内ではスコットランドや北アイルランドが独立機運を高める刺激剤になる可能性があり、合わせてスペインでも独立運動が刺激される可能性があります。

フランスではルペン党首の極右勢力が勢いを増すのではないかと思います。特に英国が離脱して移民受け入れを拒めば、大陸欧州での移民問題がより強まります。

英国のEU離脱をきっかけに、ナショナリズムの台頭、民族性、宗教面での対立分裂が進むリスクもあり、これが欧州や周辺での紛争の火種になりかねません。

政治的な軋轢が大きくなれば、これが経済行為の制約になり、特に保護主義を刺激してしまうと国際貿易の抑制につながり、単一通貨のメリットを脅かす面もあります。

英国のEU離脱問題は、直接経済の制約になるわけではないとしても、政治的なバランスの変化から経済統合にひび割れを起こし、モノ、カネの流れを悪くする面があります。

何より、国際紛争を起こしやすくなる面があるだけに、そこには計り知れない影響が生じるリスクがあります。

EU統合にはノーベル平和賞に値する大きな意味があり、英国がこれに波紋を投げる可能性があるのです。

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マンさんの経済あらかると』(2016年6月15日号)より
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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