物価高騰を受け、立憲民主党が参議院選挙の公約に掲げた「食料品の消費税ゼロ」案。消費者にとって歓迎されるこの政策が、飲食店や流通業界には思わぬ打撃をもたらす可能性が指摘されています。制度の仕組みと消費者行動の変化を軸に、その影響を読み解きます。(『 らぽーる・マガジン らぽーる・マガジン 』原彰宏)
※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2025年5月5日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
「食料品消費税ゼロ」は可能か?
立憲民主党は、食料品の消費税の税率を原則1年間に限って0%に引き下げ、その後、給付や所得税の控除を行う「給付付き税額控除」に移行するなどとした案を、夏の参議院選挙の公約に盛り込むことを決めました。
※参考:立民 食料品の消費税0%案 原則1年 参院選公約に 党内に不満も – NHK(2025年4月26日配信)
これに対して、国民民主党の玉木雄一郎代表は、「食料品の消費税ゼロ」案について、飲食店など外食産業への影響が大きいことを指摘し反対の立場を示しました。
▪️「食料品ゼロ税率」の制度設計は?…
— 玉木雄一郎(国民民主党) (@tamakiyuichiro) April 29, 2025
外食産業にとっては死活問題?
「食料品消費税ゼロ」のアイデアが出てきた背景には物価対策があります。
生活必需品である食料を買うときに、消費者が食料品に関して消費税を負担しなくて済むということです。“消費税ゼロ”ということは、販売価格が10%分だけ安くなることになります。
でも、食料品・米・野菜などを生産する側の卸業者・小売業者からは、「食料品消費税ゼロ」に関しては違った風景が見えてきます。
特にレストランや飲食店などの外食産業にとっては、死活問題なのです。
長引く不景気や相次ぐ物価高騰によりダメージを受けている家計を、少しでも助けたいという意図は十分に理解できます。
たとえ夏の参議院選挙向けのポピュリズム政策だとしても、生活必需品の価格高騰、とくに米や野菜の相次ぐ値上げから消費者の家計を守るということで、スーパーでの食料品を購入する際に消費税がかからないというのは、庶民の財布には大助かりですね。
しかし、この制度は、消費者にとっては良いかもしれませんが、料理を提供する飲食店、特に庶民が多く通うような零細店舗、具体的にはラーメン屋さんや街の定食屋さんにとっては大ダメージになります。
消費者の行動が変わる…
「食料品消費財ゼロ」は、消費者の行動に多大な影響を与えます。コロナ・パンデミックのとき以上の倒産が出るのではないかとも言われています。
「食料品消費税ゼロ」が実現すれば、スーパーで食料品を買うときには消費税はかかりませんが、レストランや飲食店で食事をするときは消費税がかかることになります。
軽減税率導入のときにも問題になりましたが、テイクアウトの税率は8%・店内飲食なら10%と、場合によって別々の消費税がかかるとしたら、どっちを選びますか。
今回、テイクアウトでは消費税率は0%になります。消費者は、軽減税率導入のとき以上に、外食意欲が大きく低下することが容易に想像されます。
だって「0%」と「10%」ですからね。
どう考えても、外食の回数を減らそうとするのは“火を見るよりも明らか“です。
Next: 飲食店にとっては倒産の危機。食料品消費税ゼロで生活はどう変わる?
飲食店にとって、テイクアウト導入などの業態変化で軽減税率導入の波を乗り越え、じっと耐えることでコロナ・パンデミックによる行動制限の逆風を乗り越えたにもかかわらず、今度は、どうしようもない「10%」もの価格差を強いられるのですよ。
この外食を控えるという消費者の行動が、飲食店等を“潰す”のです。
それは理解されているのでしょうか。コロナの行動制限のときもそうです。いったん離れた客足は、以前のようには戻っては来ません。
ラーメン屋さんや定食屋さん、蕎麦やさんなどの個人経営の飲食店は、いったいどうすればよいのでしょうかね…。
日本社会では、雇用者(サラリーパーソン)の割合が圧倒的に多いです。約87~89%が雇用者であり、自営業者は約8~11%程度とされています。
有権者としてみたならば、選挙での票を考えると、食事を提供する側を守るよりも、家庭の食卓を守るほうが効果的ですからね。
「食料品消費税ゼロ」の制度建付けについて考えてみる
通常の消費税の考え方からおさらいします。
生産者から卸売業者を経て小売業者を通じて消費者が食料品を購入するプロセスを、イメージしてください。
現在の消費税制度には「仕入税額控除」という概念があります。売上時に客から受け取った消費税から、仕入や経費で支払った消費税を引いて差額だけ納税するというものです。
上記のプロセスだと、卸売業者が小売業者に「1,100円+100円」で野菜を販売したとしましょう。
そのとき卸売業者は「100円」の消費税を小売業者から受け取ります。その野菜を生産者から「800円+80円」で仕入れたとしたら、卸売業者が収める消費税は「仕入税額控除」で「 20円(100円 ー 80円)」になります。
小売業者は、消費者に「1500円+150円」で販売したとしたら、仕入額が「1000円+100円」ですので、消費税は「50円(150円ー100円)」になります。
消費者の購入額は「1500円+150円」、消費税を取り出せば「150円」になります。これは「生産者の消費税(80円)+ 卸売業者の消費税(20円)+ 小売業者の消費税(50円)」の総額になります。
これが今の実際の取引で行われている消費税の考え方です。まずはこの「仕入税額控除」の仕組みを理解してください。
「食料品消費税ゼロ」の制度においては、次の2つのプロセスがあります。
・非課税売上(取引自体は課税対象だが、特別に消費税を課さない)
・免税取引(取引自体が免税、つまり消費税がかからない)
どちらも消費税をゼロにするのですが、前者は、その取引は消費税課税対象のままで、税率を0%にすることで消費税ゼロを実現します。
この場合、仕入税額が“ゼロ”になるので、控除する消費税額がない、つまり、「仕入税額控除」は適用されません。後者は、取引自体が消費税課税が免税になっているわけで、「仕入税額控除」の適用は受けられます。
どちらも、取引自体に消費税がかからないことは同じです。
今回の「食料品の消費税ゼロ」が果たして「非課税取引」になるのか「免税取引」になるのかは、現状明らかにはなっていませんが、食料品という性質上、社会政策的観点からも「非課税取引」になる可能性が高いと言われています。
業者が求めているのは「免税取引」のほうです。
これを先程の、生産者から卸売業者を経て小売業者を通じて消費者が食料品を購入するプロセスを、イメージしてください。
まずは「非課税売上」について考えてみます。
卸売業者は、生産者から野菜を880円(消費税10%)で仕入れて小売業者に1,100円(消費税10%)で売る前述の例で考えてみましょう。
卸売業者が負担する消費税額は、「仕入税額控除」により、通常「100円 ー 80円 = 20円」のところ、小売業者への売上が「非課税売上」となれば、「食料品消費税ゼロ」における非課税取引の場合、小売業者に売ったときの「100円」の消費税は発生しません。
売上額は「1,000円」です。生産者から仕入れた際の消費税20円は、「非課税売上」適用の場合は「仕入税額控除」は適用されません。生産者から購入した際の消費税負担は精算されないのです。
この場合、卸売業者は消費税を収めることはないですが、売上利益が減ることになります。
今の消費税制度では、卸売業者が生産者から「800円 + 80円」で仕入れて、小売業者に「1,000円 + 100円」で売ると、販売利益は「1,000円 ー 800円 = 200円」になります。
「食料品消費税ゼロ」だと「仕入税額控除」が適用されないので、販売利益は「1,000円 ー 880円 = 120円」になります。
消費税は「100円 ー 80円 = 20円」納めますので、売上利益は「1,000円 ー 800円 = 200円」となり、手残りが「200円 ー 20円 = 180円」になります。
「食料品消費税ゼロ」だと、消費税はゼロですが、販売利益を維持させたいのであれば、小売業者への売値を上げることになります。
Next: ラーメン屋の倒産ラッシュが始まる?利益が減るうえに、客足も遠のく…
小売業者からの消費者価格も上がることになりかねません。
小売業者は、卸売業者から購入した野菜に対する消費税はなくなりますが、消費者価格が上がった場合、その分の消費税額は増えます。つまり、納める消費税額は“増える”現象が起きるということになります。仕入額が値上げになるのではないかという懸念があるのです。
次に「免税取引」について考えてみましょう。
「免税取引」では「仕入税額控除」は認められます。卸売業者は「免税取引」になるため、小売業者に消費税を付加することはできません。販売価格は「1,000円 + 0円」になります。
一方、生産者から野菜を「800円 + 80円」で仕入れたときの消費税「80円」は、「仕入税額控除」が適用になりますので、「0円 ー 80円 = ▲80円」となり、還付されることになります。
「輸出還付金」と同じ仕組みです。「輸出還付金」とは、海外への輸出取引を行う際に、国内で支払った消費税が、国から還付される仕組みです。輸出された商品は国内で消費されないため、本来消費税は課されません。そのため、輸出事業者は、すでに支払った消費税を国から還付してもらうことができます。
これがトランプ大統領が指摘する「非関税障壁」にあたるのではと言われています。
小売業者は、免税取引なので、販売に対しても仕入れに対しても消費税は免除となっているので、消費税額は「0円」です。
消費者に係る消費税は「生産者の消費税(80円)+ 卸売業者の消費税(▲80円)= 0円」ということになります。
小売業者が食料品を取り扱う業者、いわゆるスーパーなどはこのパターンでよいのですが、レストランや飲食店はどうなるでしょう…。
レストランや飲食店は、食料品を販売するのではなく、加工してお客様に提供しますので「食料品消費税ゼロ」の制度とはまったく関係ありません。
卸売業者が「非課税売上」であっても「免税取引」であっても、仕入れに関しては消費税はかかりません。
お客様に提供する料理等(売上)には消費税がかかります。「仕入税額控除」は適用されますが、控除される額が「ゼロ」なので、売上に対する消費税額は控除なしで精算されます。納める消費税額は大きく増えます。
スーパーと違って、販売売上に消費税は課せられ、納める消費税額は増えるということになるのです。
「仕入税額控除」が効かないことで、飲食店の利益が削られる感じです。
もちろん、飲食店が食材を仕入れる場合にも「非課税(=消費税ゼロ)」となるため、帳簿上“プラスマイナスゼロ”だというのもわかります。
でも、帳簿上の話と実際のキャッシュフローは別問題です。
一時的にも大きく現金がなくなることは、人件費払いや仕入先への支払いなどを考えると厳しいものがあります。
薄利多売の飲食業では、電気代や人件費の高騰に悩まされている中小の飲食店にとって、仕入控除が効かなくなるというのは大きなダメージであることは間違いありません。
ただでさえ原材料費や人件費が高騰している中ですら、個人経営の飲食店の多くは値上げに踏み切れずに苦しんでいます。
※参考:「食料品消費税ゼロ」でラーメン店が壊滅? 飲食店を潰しかねない非課税税制の「落とし穴」とは?(山路力也) – Yahoo!ニュース(2025年4月30日配信)
税制がややこしすぎる…
だいたい税制がややこしくなりすぎます。税は公平かつシンプルであることが望ましいです。
そもそも消費税そのものの是非の議論はどこへ行ったのでしょうか。
前述の指摘通り、消費税がかからない分、食事は家で済ませようということで、テイクアウトや弁当を買う、家飲みが増えるという流れが加速すれば、個人企業にかかわらず外食産業はさらに厳しい立場に追い込まれることでしょう…。 ※2025年5月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。 ※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2025年5月5日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。 ※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込330円)。
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