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安倍総理の誤算。トランプ大統領はなぜ「日本の消費税」に怒るのか?=近藤駿介

今月から始まる日米経済対話は、想定以上に厳しい交渉になる可能性がある。日本の通貨安政策はもちろん突っ込まれどころ満載の状況だが、それ以上に安倍政権にとって懸念されるのは、輸出企業に対する不当な補助金との批判がある消費税還付制度への「外圧」かもしれない。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。月初の購読は得にお得です。

目玉政策が頓挫したトランプ米大統領、ついに「日本」をターゲットに

本当に「大打撃」なのか?オバマケア代替法案撤回

トランプ大統領は3月24日、目玉政策の1つであったオバマケア代替法案の下院での成立を諦めて撤回した。メディアの多くはこのニュースを「トランプ政権に打撃」といった見出しをつけて報じている。

確かに、オバマケア代替法案を撤回しなければならない状況になったことは、トランプ大統領にとって政治的、戦略的なミスであり、シナリオ変更を迫られるものだったかもしれないが、メディアが声高に叫ぶほど「政権への打撃」にはなっていないはずである。

トランプ政権を見るうえで忘れてならないことは、トランプ政権とメディアは対立関係にあるということである。

対立関係にあるメディアは、トランプ政権の失策を過剰に報じる傾向が強い。この点を忘れメディアの論調を鵜呑みにしてしまうと、トランプ政権を客観的に評価することは難しくなってしまう。

「シナリオ変更」に動くトランプ大統領

先週のメルマガなどでも言及したことだが、トランプ大統領は、オバマケア代替法案撤回という政治的失敗を挽回するための策を準備しているはずである。

下院でオバマケア代替法案を可決するのに必要な賛成票を集められる見込みが立たず、法案提出前に撤回を迫られるという現実に突き当たったトランプ大統領が、失地回復のための策を準備しているとしたら、それは議会との調整をほとんど必要としない分野になると考えるのが自然である。

オバマケア代替法案撤回直後に、トランプ大統領は「次はおそらく税制改革に取り組む」とコメントしている。しかし、税制改革はオバマケア代替法案と同様に議会との調整が必要であるうえ、予算教書の提出が5月中旬になる見通しであることを考えると、税制改革に取り組む姿勢を見せるだけでは史上最高値圏にある株式市場の期待を繋ぎ止めることは難しい。

日本への「事前通告」がなされた

このように考えるとトランプ大統領は、予算教書が提出される予定の5月中旬までは、議会との調整を必要としない分野でアピールできる成果を上げることを目指すはずである。

その筆頭になりそうなのは、大統領の権限で推し進めることのできる通商交渉である。奇しくも4月は、6~7日に米中首脳会談があり、中旬からはペンス副大統領と麻生副総理をリーダーとした日米経済対話が始まる、まさに「通商交渉月間」である。

そして「通商交渉月間」を迎える直前の3月31日に、トランプ大統領は、中国や日本などとの貿易赤字削減を目指す大統領令に署名をした。

これは、米国に国益をもたらす強い意思を大統領令という形で示すことで、強いリーダーであることを内外に示すとともに、金融市場の期待を繋ぎ止めるためだと言える。

そして同時に、日米経済対話が日本にとって極めて厳しいものになるという事前通告だとも言えるのである。

Next: 麻生財務相が手玉にとられる、日本に牙をむくトランプの腹の内



「日米経済対話」での交渉が日本不利になる理由

日本のメディアは、2月の日米首脳会談のあと「安倍総理が異例の厚遇を受けた」「トランプ大統領と安倍総理は馬があう」と、こぞって報じてきた。

そのため足元では、日米経済対話に対する警戒感はあまり高まっていない

しかし、日米首脳会談があった2月と今では、トランプ大統領を取り巻く環境は異なっている。日米首脳会談が開催された2月は、トランプ大統領が署名した移民排除・制限の大統領令に対して、世界的非難が巻き上がっていた時である。

こうした情勢の中で、難民申請7,586人に対して27人しか難民申請を認めていない「移民受入れに消極的な日本(※)」の総理は、トランプ大統領の移民政策を批判できない立場にいる数少ない首脳だった。
(※2015年。難民認定者以外に人道的な配慮が必要として在留を認めた者は79人)

さらに安倍総理は、大統領選挙に勝利したトランプ氏と最初に会談した先進国首脳であり、トランプ氏を「信頼できる指導者だ」と世界に向けて発信した実績を持っている。トランプ大統領に対して好意的対応をする数少ない安倍総理を「異例の厚遇」で迎えるのは当然でもあった。

そのことは、日米首脳会談後に行われた、米英首脳会談と米独首脳会談でのトランプ大統領の言動にも表れている。移民政策において同志である英国のメイ首相は厚遇したが、移民受入れに積極的なドイツのメルケル首相に対しては写真撮影もやんわり拒否するなど「異例の冷遇」をしたのである。

しかし、今月から始まる日米経済対話は、トランプ大統領が議会との調整を必要としない通商交渉においてアピールできる成果を示す必要性が高まる中で開催されるものであり、2月の日米首脳会談とは状況が異なっている。

もちろん、「核拡散防止条約」への不参加を表明するなど、米国に対する「忖度」をしてくれる、使い勝手がよく「馬が合う」安倍総理との対立構図を作ることは、トランプ大統領にとっても得策ではない。

とはいえ、日米経済対話はペンス副大統領と麻生副総理兼財務相をリーダーとて行われるものである。つまり、日米経済対話で対立構図が鮮明になったとしても、それはペンス副大統領と麻生副総理の「馬が合わない」から、という弁解が効く状況での交渉なのだ。

こうしたことを考え合わせると、日米経済対話が、日本にとって想定以上に厳しい交渉になる可能性は十分にあると言える。

Next: トランプによる「日本の消費税叩き」で、輸出企業は4.5兆円減益も



消費税への「外圧」で、本邦輸出企業は4.5兆円減益も

4月の通商交渉月間を前に、トランプ大統領が署名した大統領令の内容は、商務省と米通商代表部(USTR)に対し、貿易相手国ごとに輸入を事実上制限している非関税障壁や、輸出を促すための不当な輸出補助金などの実態について整理し、90日以内に報告するよう求めるというものだ。

日米の貿易問題の主役は自動車農産物であり、この分野での交渉はTPP交渉を上回る厳しいものになることが想像される。

しかし、それ以上に安倍政権にとって懸念されるのは「輸出を促すための不当な輸出補助金」の部分かもしれない。それを追求されることで、日本における消費税の構造的な問題が浮き彫りになる可能性があるからだ。

日本の消費税は国内取引に対して課税されている。企業は国内販売時に受け取った(預かった)消費税から、仕入れ等で支払った消費税の差額を国に納める形になっている。しかし、輸出においては販売先が日本の消費税課税対象外である海外であるため、販売先から消費税を受け取ることはない。その一方国内での仕入れに対しては必要な消費税を支払っている。それゆえ、輸出企業は消費税の払い損になってしまう。

そこで「輸出企業が消費税の払い損になる事態を防ぐ」という名目で設けられているのが、輸出企業に対する「消費税還付制度」である。これは、輸出企業が国内仕入れの際に支払った消費税を全額還付するもので、結果的に企業は消費税を全く負担しないで輸出できる構図になっている。

2016年の日本の輸出額は約70兆円である。仮に輸出品の粗利益率を20%だとすると、約4.5兆円の消費税が輸出企業に払い戻される計算になる(実際には6兆円以上という指摘もある)。2016年度予算での消費税徴収額は17兆円強であるから、消費税2%に相当する税収が輸出企業に払い戻しされていることになる。

これまでも一部から、「消費税還付制度」は輸出企業に対する補助金であるとの批判がされてきたが、大企業からの支持で成り立っている安倍政権がそこに手をつけることはなかった。

しかし、日本の輸出企業と対立関係にあるトランプ政権がこうした制度を「輸出を促すための不当な輸出補助金」だと批判を加えてくることは十分考えられることだ。国内からの批判を無視し続けてきた政府も、トランプ政権からの圧力を無視するのは難しい。

貿易不均衡の是正するための政策としては、

などが考えられる。

日本は自由貿易を標榜しているが、通貨安政策や輸出補助金の部分に関しては突っ込まれどころ満載の状況にある。仮に輸出企業に対する「消費税還付制度」が外圧によって廃止されるとなると、輸出企業の利益は4.5兆円以上減ることになる。

法人企業統計調査における金融業、保険業を除く全産業の2016年の経常利益総額は72兆円弱であるから、単純計算上では、それだけで6%以上の利益が吹っ飛ぶことになるのだ。

Next: トランプ大統領が放つ「2の矢、3の矢」は日本に向けられている



トランプ大統領が放つ「2の矢、3の矢」

こうした事態は、社会保障費の増額に苦しむ日本の財政にはプラスだが、輸出主導の景気回復を目指す安倍政権や日本株には逆風になるものである。

トランプ大統領は、良くも悪くもビジネス界出身の大統領である。ビジネスは想定通りに進むとは限らないため、経営者は想定通り進まなかった際の対応策を持っているのが普通である。

今回のオバマケア代替法案撤回後の対応の早さによって、トランプ政権は常に2の矢、3の矢を準備していることが明らかになった。

「アベノミクス3本の矢」は、なかなか発射されなかったり的外れの方向に放たれたりしているが、トランプ大統領の2の矢、3の矢は常に放たれる準備がしてあると考えなければいけない。

そのうえで日本人が頭に入れておかなければならないのは、トランプ大統領が準備している「矢」の何本かは、他でもない日本に向けられているということだ。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年4月4日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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