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ミック・ジャガーの矜持=島倉原

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年6月30日号より
※本記事の本文見出しはMONEY VOICE編集部によるものです

ローリング・ストーンズのミック・ジャガーが語ったBrexit

英国EU離脱とイギリスのスーパースター

さる6月23日に行われた国民投票の結果、イギリスのEU離脱が決定しました。

結果が判明した翌24日には、世界の金融市場は大混乱に陥り、日本でも日経平均株価が約8%暴落し、年初来安値を更新しています。

こうした状況の中、国民投票のやり直しを求める署名が350万人を突破する一方で、離脱派の一部からも「離脱に投票したことを後悔している」という声が上がっているそうです。
http://mainichi.jp/articles/20160627/k00/00e/030/145000c

【関連】日本の未来を映す英国民投票~なぜイギリスの実質賃金は下がり続けたか=三橋貴明

しかしながら、実際に離脱するのは2年も先の話です。

したがって、残留派の巻き返しの動きはともかくとして、離脱派の後悔は現実にデメリットを感じたからでは当然ありません。

離脱票を投じたある男性の「正直ショックを受けている。まさか実現するとは思ってなかった」という発言にもあるように、金融市場の混乱も含め、現実に離脱が決定してみると思いのほか空気が一変し、漠然と先行きへの不安が一時的に高まっている、というのが実際のところでしょう。

そもそも金融市場、あるいは市場関係者の反応にしたところで、長期的に見れば本当に合理的なものかどうかは大いに疑問のあるところです。

そのことは、イギリス国債の市場価格が上昇(利回りは低下)する一方で大手格付け機関はそれを格下げし、そうかと思えばイギリスポンドは暴落する、といった一貫性に欠ける反応にも表れています。

こういった場合、「金融市場の真の不安定化要因はイギリスのEU離脱とは別のところにあり、真の要因ではないイベントを引き金とした今回の混乱は、内在する不安定化要因がそれだけ深刻であることを示唆している」という解釈がしばしば成立します。

いずれにしても、金融パニックの本番はむしろこれから、と想定しておくべき理由は十分ありそうです。

他方で、今回のイギリス国民の決定の妥当性やその影響については、こうした一時的な混乱や、それを受けた近視眼的な報道に惑わされることなく、より長期的な観点から考える必要があります。

三橋貴明さんはEUという国際協定の下で移民を制限できない状況を念頭に、『今回のイギリスのEU離脱国民投票における離脱派の勝利は、(EUという国際協定の下での)グローバリズムに対する反発です。厳密に書けば、「グローバリズムによる主権喪失」に国民が耐えられなくなった結果、離脱派の勝利に至ったのです』と述べられています。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2016/06/27/mitsuhashi-426/

イギリスがEUに加盟したのは1973年のことです。

イギリスの16~64歳男性の就業状況の推移を示す下記のグラフは、まさしくその頃から雇用環境が悪化し、就業率が低下する一方で(働く意志を表明していないが故に失業者とすらカウントされない)非労働力人口の比率が上昇を続けていることを示しています(1番目のリンクはツイッター、2番目のリンクはフェイスブックページへの投稿です)。
https://twitter.com/sima9ra/status/747835816404099072
http://bit.ly/2903jke

上記グラフのデータ元であるイギリス国家統計局のサイトでは、移民関連のデータはせいぜいここ10年くらいしか確認できませんし、就業状況のデータについても1971年以降しか確認できません。

したがってこのデータだけでは、EU加盟やその結果としての移民増加がこうした雇用環境の悪化と直接結びついているか否かは、必ずしも明らかではありません。

しかしながら、こうして1970年代以降長期的に雇用環境が悪化する様は、拙著『積極財政宣言:なぜ、アベノミクスでは豊かになれないのか』でも紹介した、アメリカの就業状況の推移と非常によく似ています(こちらは1948年以降のデータが存在しているので、1970年代以降とそれ以前との傾向の違いが明瞭です)。

拙著では「これは、グローバル化の進展によって国際移動の自由が増した資本の論理が強まるにつれて、徐々に雇用環境が悪化していることの反映と考えられる」(206ページ)と述べましたが、特にアメリカにおいては、1965年に定められた修正移民法において一定の条件を満たせば移民の総数規制の適用外とし、労働の面でもグローバル化が促進されたことによって、アジアやメキシコ、そして中南米の新興国からの移民が幾何級数的に増加したことが、長期的な雇用環境の悪化を加速したと考えられます(2番目のリンク『米国の移民』by 日本貿易振興会、37~40ページ参照)。
http://amzn.to/1HF6UyO
https://www.jetro.go.jp/jfile/report/05000661/05000661_001_BUP_0.pdf

また、上記のグラフが示すように、1992年から1993年にかけて、イギリスの就業率はリーマン・ショック直後並みに低下し、(非労働力人口の比率がまだ低かった分)完全失業率はそれ以上に高水準でした。

その頃即ち1992年9月のイギリスは、国内経済が悪化しているにもかかわらず、ドイツに連動した金融引き締め政策を維持することのジレンマに耐えかね、統一通貨ユーロの前身であるERM(欧州為替相場メカニズム)から離脱しています。

つまり、金融引き締めと緊縮財政の違いはありますが、当時のイギリスは今以上に経済政策上の主権を喪失した、ある意味では現在のギリシャにも似た状況にあり、そのくびきから逃れることで、ようやく最悪に近い経済状況から脱却することができたのです。

こうした一連の歴史を踏まえれば、イギリスは今回のEU離脱決定によって、グローバリズムに一線を画し、長期的な雇用環境の悪化に歯止めをかけ、国民経済を立て直すチャンスを得たと言えるでしょう。

その意味では印象的と言いますか、見方によっては実に的確なコメントをしていたのが、かのローリング・ストーンズのミック・ジャガーです。

Next: あのミック・ジャガーが見せた「国益第一」の矜持とは?



彼は今年4月に行われたテレビ番組のインタビューで本件について問われ、以下のようにEU離脱に理解を示すコメントをしています。

“To me personally, I don’t think [the result]is going to make a huge difference. I think to the country in the short term [leaving the EU]will be detrimental. In the longer term, in a twenty-year term, it might turn out to be beneficial”.
(僕個人にとっては、大きな違いはないと思う。[EU離脱は]国にとって短期的には有害だと思うけど、20年くらいの長期で見れば有益かもしれない。)
http://www.nme.com/news/mick-jagger/92772
http://nme-jp.com/news/21872/

格差拡大が助長されるグローバリズムの下では、彼のようなセレブリティは、どちらかと言えば恩恵を被る立場に属するでしょう。

そうした個人的な立場から一線を画し、国益を重んじた彼のコメントは、当たり前のようでいて、今日なかなかお目にかかれないような気がします。

上記のコメントはよもや長期的な経済分析に基づいたものではないと思いますが、イギリスがEUに加盟し、グローバル化が本格化する前の1960年代からスーパースターだったミック・ジャガーのことですから、個人的な利害の差は大した問題ではない(格差が縮小しても、国民全体が豊かであれば、その分自分も豊かになれますし)ことを経験に基づいて理解し、冷静に国益を考慮できたのかもしれません。

それならそれで、やはり彼の見識は、歴史を踏まえた長期的な判断こそが重要であることを示しているのではないでしょうか。

片や我が国では、7月10日に参議院選挙が行われようとしています。

論点としてあまり大きく取り上げられてはいないようですが、グローバリズム政策の典型であるTPPについて、各党の賛否は大きく割れているようです。

果たしてどのような結果が待っているのでしょうか。
http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_pol_election-sangiin20160626j-04-w430

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