マネーボイス メニュー

大型銘柄を徹底ナンピンし、株券を“焼き捨てる”Tさんの投資術

投資歴54年の山崎和邦氏が思い出の投機家を振り返る本連載、今回は「日本のバフェット」Tさんです。彼はナンピン買いし続けた株券を「焼き捨てる」と言い出します。その真意は?

「取引所開所以来の月足罫を持って来い」Tさんとの出会い

今回は南紀の元町長で素封家(※1)のTさんの話を書こう。彼こそは「日本のバフェット」と私が勝手に名付け尊敬する大投資家であった。私が少々の金融資産を構築できたのは、彼から学んだ訓戒のお陰である。

野村証券本店営業部で5年を過ごし、紀州和歌山支店に赴任して2年目の1966(昭和41)年。その頃、市場の関心が向くのは、すぐに値動きの出る小型株や時流に乗った材料銘柄ばかりだった。

当時の私は、土日を使って、急行で4時間かかる紀伊半島の南東端まで足を伸ばし、捕鯨の町・那智勝浦や木材の町・新宮市まで、一泊二日の訪問外交をして歩きまわっていた。

南紀は伝説と夢多き歴史の舞台でもある。黒潮白く岩を噛む風景秀麗な海岸や、文字通り白砂青松の海岸を、自動車を駆って訪問営業したが、当地の多くの人々が顧客になってくれた。遠方からよく来てくれたと。

勝浦も新宮も歴史ある町で、捕鯨や木材で財をなした素封家、オーソドックスな落ち着いた投資家が多く居られた。

そんな顧客の一人に、元町長で、落ち着き貫禄のある初老紳士がいた。Tさんとしておこう。

Tさんは、「罫線を見て考えよう。戦後、証券取引所開所以来の長期月足罫線(※2)を持って来い」と言った。彼はその中から銘柄を選び、自分の意見で不況に喘ぐ大型株を何度かに分けて大量に買うつもりだった。

私は「そんな不況産業の大型株に妙味はない。これにしなされ」と野村の推奨株を執拗に理詰めで説いたが、がんとして聞かなかった。「幾ら歴史を持つ著名大企業でも買い手が買わなけりゃ上がりません。株式投資とはそういうものだ」という営業にも一切、耳を貸さない。

彼は日立(※3)をはじめとする大型株の安値を買い下がった。何度かに分けてナンピン買い下がった。それから半年して15%くらい上がったから、「一旦利食いして、別の銘柄に乗り換えた方が資金効率が良くなる」と私はまたしても説得した。

すると彼はこう言ったものだ。「株券を野村に保護預かり(※4)してあるから売れ売れと言ってくる。株券を自宅に引き取る(※5)

私はやむなく全株式を返却し、口座はカラになった。

それでもなお、利食いして他に乗り変えろと食い下がったところ、彼は遂にこう言ったのだ。

「株券が自宅に存在するからイケナイ。株券の記番号を控えて焼き捨てる。誤って燃えてしまったと申し出て除権判決(※6)をもらって、再発行の手続きをして再び手元に戻るのを待てば1年は売れないだろう。そうするからもう売れ売れと言ってくれるな」。

Next: 「人の行く裏に道あり花の山」 投資格言にひそむ罠とは?

※1 素封家
そほうか。官位や領地を持たない民間の資産家・大金持ち

※2 長期月足罫線
ここでは、月ごとの四本値(始値、終値、高値、安値)から作成した長期ローソク足チャート。現在はPC上で表示するのが一般的だが、かつては手書きする投資家もいた

※3 日立
日立製作所(証券コード6501)

※4 保護預かり
有価証券の本券を銀行や証券会社に預けておくこと

※5 株券を自宅に引き取る
2009年に上場会社の株式はすべて電子化された。それ以前から自宅等に保管されている株券(タンス株)も株主権利は保全されており、所定の手続きを経て売却等は可能

※6 除権判決
株券を喪失しても株主の地位を失うわけではない。当時は簡裁に公示催告を申し立て除権判決を得た場合のみ株券の再発行を請求できた。現在は株券喪失登録制度に置き換わっている

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

山崎和邦 週報『投機の流儀』

[月額1500円(税込) 毎週日曜日配信]
市況動向や世界的超金融緩和の行く末を、学者兼投機家の視点で分析。読者質問コーナーでは活発な意見交換も。初月無料で会員限定の投機コミュニティを覗いてみるチャンス!
ご購読はこちら!

「人の行く裏に道あり花の山」 投資格言にひそむ罠とは?

「こりゃもう俺の客じゃない、不向きだ」と断念してTさんのことは忘れることにした。

すると1969(昭和44)年夏、あの大型株で動きの緩慢な日立が、突如として乱舞する仕手株のごとく上がった。米国のドレイファス・ファンド(※7)の大量買いだと言う。

紀伊半島の南東端に居る初老のTさんが、ドレイファス・ファンドの大量買いが来るなんてことを知る由はない。野村のニューヨーク支店でさえ、ドレイファス・ファンドの日立大量買いは読んでいなかった。

余談だが、その6年前の1963(昭和38)年、海外に敏感だった野村証券は「世界のカネがやってくる」というパンフレットを作って、将来は海外投資家が日本に来ると言うシナリオ営業を敢行したことがある。ところがその夏、ケネディ大統領による金利平衡税の新設(※8)により海外投資家は日本株を売ってきた。株価は暴落し、私たちは業界から「世界のカブがやってきた」と揶揄されたものである。

ドレイファスの買いからしばらく後、Tさんから電話があった。株を売りに和歌山へ行くから会社に居てくれ、と言う。

その時、日立は買値の3倍になっていた。70円台で買い2年余後に200円前後で売り切ったのだ。彼の買った他の大型株も似たような結果を取った。こうしてTさんは2年半で全株式資産を約3倍にした。

全株を売り切ったTさんは「このカネで何かを買え買えと言ってくるだろうから、カネは全額引き揚げる。だが、カネは焼却するわけにはいかんなあ」と笑った。

そして彼は言った。

歴史ある企業は幾度もの不況、株主総会をこなし、乗り越えてきている。だいたい、海外にも知られている企業でなけりゃ今回のような事は起きないし、或る程度の大型株でなければ株数を沢山買えないから、ホントの大手や投信は注目してれくれない。

だから山崎さん、“人の行く裏に道あり花の山”ではなく大通りにある平凡な株がいいのだよ、と。

Next: 顧客対証券マンの関係を超えて~T氏と23年ぶりの再会、最後の言葉

※7 ドレイファス・ファンド
ジャック・ドレイファス氏(1913-2009)が1951年に創設した米国の投資信託(ミーチュアル・ファンド)

※8 ケネディ大統領による金利平衡税の新設
利子平衡税とも。米国資本の海外流出防止を目的として、1963年7月18日にケネディ大統領が発表。対日証券投資減少への懸念から翌19日の東証ダウ平均は開所以来の下げ幅となる-64.41円(-4.3%)を記録した。その後のケネディ大統領暗殺による株価下落とあわせケネディ・ショックと呼ばれる

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

山崎和邦 週報『投機の流儀』

[月額1500円(税込) 毎週日曜日配信]
市況動向や世界的超金融緩和の行く末を、学者兼投機家の視点で分析。読者質問コーナーでは活発な意見交換も。初月無料で会員限定の投機コミュニティを覗いてみるチャンス!
ご購読はこちら!

顧客対証券マンの関係を超えて~T氏と23年ぶりの再会、最後の言葉

私は悟った。それこそ翻然と覚って豁然と目覚めた。金融資産は「売った買ったの短期売買」では決して構築できず、「バイ・アンド・ホールド(※9)の中にこそ出来上がるものだと。

本当に金融資産を構築するには、この人のように行動せねば駄目だと。

ニーチェの著作『この人を見よ』(手塚富雄訳 / 岩波書店 1969年)にこうある。「個人を強力な拡大鏡のように利用するのである。 <中略> はっきりと目に見えるようにするためには、この拡大鏡を利用するのである」。

それからの私は、Tさんを神のように尊敬し、彼の一挙手一投足までを凝視した。もはやTさんと私は顧客対証券マンの関係ではなく、人間対人間の関係で付き合いが始まった。

本来、転勤すれば顧客全員を後任者に引き継ぎ、付き合いを終えるのが野村のルールだが、私は“中途退学”だから幾人かの顧客とは人と人の関係で長い付き合いが続いた。前回のKさんも勿論その中の重大な位置を占める。

1993(平成5)年秋。当時は現職の常務取締役として東京から北海道まで経営し、全社の経常利益の6割を所管していて長い休暇は取れなかったが、11月の連休4日間で、私の魂の道場であり精神の故郷たる紀州を訪ね、当時で25年を経る古い顧客を訪ねて歩いたことがある。

前回書いたKさんの墓に、御子息・姪御さんと共に墓参し、また紀北・華岡青洲の末裔の医師である顧客Iさんには和歌山市までご足労願い面会した。

それから急行で4時間ばかりを移動して勝浦を訪ね、Tさんと再会を果たした。私の想像通り、自律した老人で凛としていた。この人のように老いようと思った。

帰り際に「また来てねえ!」と何度も大きな声で叫んで手を振ってくれた。それが最後になった。それから3ヶ月後に彼は亡くなった。闘いながら死んでゆく英雄の末裔として、ヘミングウェイ『老人と海』のサンチャゴの姿を見た気がした。

Next: ナンピンは悪ではない! Tさんに学ぶ「株式資産構築 4つの掟」

※9 バイ・アンド・ホールド
長期的な成長が見込める銘柄・ポートフォリオを長期保有することでリターンを得る投資手法。ウォーレン・バフェット、ベンジャミン・グレアム、フィリップ・フィッシャー、ピーター・リンチなどが有名
初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

山崎和邦 週報『投機の流儀』

[月額1500円(税込) 毎週日曜日配信]
市況動向や世界的超金融緩和の行く末を、学者兼投機家の視点で分析。読者質問コーナーでは活発な意見交換も。初月無料で会員限定の投機コミュニティを覗いてみるチャンス!
ご購読はこちら!

ナンピンは悪ではない! Tさんに学ぶ「株式資産構築 4つの掟」

私は野村入社後、先輩に勧められて『新株式実戦論』(木佐森吉太郎著 / 東洋経済 1969年)を何回も精読した。その名著は『孫子』(※10)を引き、クラウゼヴィッツ『戦争論』(※11)を引き、古典に若者を誘う一方、株式市場は売り手と買い手の闘いの場だと深く私に教えた。

『孫子』は本文20頁前後の薄い本で、漢文の響きの高い文体だから今でも殆どを諳んずる。岩波文庫の薄い本を満員電車の中で頁を繰れない状態で同じ箇所だけ読んでいると自然に暗記してしまった。それが無意識に時々出てくる。第四・軍形編にこうある。

「いにしえの善く戦う者の勝つや、勝ち易きに勝つ。そこに勇武なく智略なし」

昔から戦い上手な者は、勝ち易い方法で勝ってきた。故にそこには特別の武勇も智恵も要らない、と言うほどの意である。

「だから山崎さん、“人の行く裏に道あり花の山”ではなく大通りにある平凡な株がいいのだよ」と言ったTさんの言葉と同じだ。そういう銘柄でないと投信も年金資金も買ってこない。特別な掘り出し株を研究する必要はないんだよ、というTさんの金言だ。

くわえて、金融資産の構築には、Tさんのように自律した精神が必要不可欠である。

私も若い頃から「自律」に憧れる一面があった。だから様々な書物――中学時代、英語教師に薦められた池田潔『自由と規律』(※12)、高校時代に読んだ井上靖『あすなろ物語』(※13)、大学のゼミ教授が三田評論に寄稿した、自由を求めて自律して生きる趣旨のエッセイなど――を通し、それを学んできた。

だが、間近で見たTさんの生き方ほど学び多きものはなかった。自律して自由に至る、このためにこそ金融資産は役立つのだ。なんと羨ましい生き方ではないか。

ケインズの弟子ハロッド(※14)も「市場におけるケインズの投機行動は彼の自由のための戦いだったのだ」と後の伝記に書いている。

【株式資産構築の掟 その1】
儲け易い方法でこそカネは貯まる。そして「バイ・アンド・ホールド」でなければ金融資産は構築されない

【株式資産構築の掟 その2】
方針を決め買った株は下がればナンピンする。また下がったらまたナンピンする。とことんナンピンする。私は居合術の高段位保持者で少々遣う(この場合の「少々」は「大いに」の意の謙遜常套語である、念のため記す)。その奥義は「抜かずに勝つ」「抜くな抜かすな」であるが、一旦抜いたら敵が懸かれば斬る、退いても斬る、待っても斬る、ただ斬るあるのみ、とある。とことんナンピンはこれである

【株式資産構築の掟 その3】
自律した生活の中にこそ儲けの種は芽生え、金融資産として構築される

【株式資産構築の掟 その4】
儲けたらTさんのように自律して生きる。ケチするのではない。自律的に生きるのだ

3人目となる次回は、哲人投機家たる木佐森吉太郎氏を取り上げたい。今度は頭文字のアルファベットでなく本名で書く。この人は私とたった二度会っただけだ。だが少々大袈裟に言えば私の人生を支配した存在である。

※10 『孫子』
紀元前、中国春秋戦国時代に成立した世界最古の兵法書。精神論を廃し現実重視の合理的な戦略・戦術を説いた。孫子の兵法

※11 クラウゼヴィッツ『戦争論』
プロイセン将軍のカール・フォン・クラウゼヴィッツが、ナポレオン戦争終結後の1810~1820年代に執筆。近代戦の戦術・戦略や戦争と政治の関係を精緻に分析し、後の軍事学や政治学に多大な影響を与えた

※12 池田潔『自由と規律』
著者自らが通った英国パブリックスクールの寮生活を題材に、厳格な規律の中で自由の精神が育まれていく様子を描く。ナポレオンを破ったウェリントン公は「ワーテルローの戦勝は(パブリックスクールの)イートン校の校庭において獲得された」と評した

※13 井上靖『あすなろ物語』
主人公・鮎太の人生に大きな影響を与えた女性たちとの邂逅を、少年期から壮年期までの6章にわたって描く成長物語。1つ目の物語では、美貌の大学生が13歳の鮎太に「君、勉強するってことは、なかなか大変だよ。遊びたい気持に勝たなければ駄目、克己って言葉知っている?」と問いかける

※14 ケインズの弟子ハロッド
ロイ・ハロッド(1900-1978)イギリスの経済学者。ジョン・メイナード・ケインズの愛弟子。1951年にはケインズ初の伝記『ケインズ伝』を執筆した

山崎和邦(やまざきかずくに)

1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院特任教授、同大学名誉教授。

大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴54年、前半は野村證券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築、晩年は現役投資家で且つ「研究者」として大学院で実用経済学を講義。

趣味は狩猟(長野県下伊那郡で1シーズンに鹿、猪を3~5頭)、ゴルフ(オフィシャルHDCP12を30年堅持したが今は18)、居合(古流4段、全日本剣道連盟3段)。一番の趣味は何と言っても金融市場で金融資産を増やすこと。

著書に「投機学入門ー不滅の相場常勝哲学」(講談社文庫)、「投資詐欺」(同)、「株で4倍儲ける本」(中経出版)、近著3刷重版「常識力で勝つ 超正統派株式投資法」(角川学芸出版)等。

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

山崎和邦 週報『投機の流儀』

[月額1500円(税込) 毎週日曜日配信]
市況動向や世界的超金融緩和の行く末を、学者兼投機家の視点で分析。読者質問コーナーでは活発な意見交換も。初月無料で会員限定の投機コミュニティを覗いてみるチャンス!
ご購読はこちら!

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。