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誰が日本のパチンコを殺すのか?出玉規制とカジノ解禁のカラクリを読む=栫井駿介

警視庁は7月11日、パチンコの出玉規制を強化する方針を示しました。これは、昨年12月に統合リゾート(IR)推進法が成立したことを受けて、将来のカジノ建設に向けたギャンブル依存症対策として、まずは既存のパチンコから手を打つものです。

このニュースを受けて、セガサミーホールディングス<6460>などパチンコ関連銘柄は軒並み下落。来店客の減少や店舗の新台投資の抑制が懸念されているようですが、今後のパチンコ関連企業の価値はどうなっていくのでしょうか? カジノ解禁の影響も踏まえて分析します。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

日本の巨大ギャンブル市場で最後に笑うのはトランプ米大統領?

パチンコ関連銘柄は軒並み下落

警視庁は7月11日、パチンコの出玉規制を強化する方針を示しました。これは、昨年12月に統合リゾート(IR)推進法が成立したことを受けて、将来のカジノ建設に向けたギャンブル依存症対策として、まずは既存のパチンコから手を打つものです。

このニュースを受けて、セガサミーホールディングス<6460>などパチンコ関連銘柄は軒並み下落しました。来店客の減少や店舗の新台投資の抑制が懸念されているようです。

6460:セガサミー、6412:平和
6417:SANKYO、6425:ユニバーサルエンターテインメント
出典:Yahoo!ファイナンス

カジノがなくても日本はギャンブル大国

近年、外国人観光客の急増に伴い、国内でのカジノ建設の機運が高まっていました。IR推進法の成立により、日本のどこかにカジノが建設されることが決定的となりました。肝心の場所は2018年以降に決定される見通しです。

私は、シンガポールで一度だけカジノを体験したことがあります。その時は一番手軽なスロットマシンをやり、ビギナーズラックですぐに2万円勝ちました。しかし、何だか怖くなってしまい、換金してさっさと立ち去りました。結果的に勝ち逃げになったものの、つくづくギャンブルは向いていないと感じます。

日本でのカジノ建設やギャンブル依存症対策が話題になっている一方で、日本が誇る巨大なギャンブル市場がパチンコです。市場規模は20兆円を超え、ギャンブルとしては世界でも例を見ない規模となっています。ほとんどの街に少なくとも1軒はパチンコ店を見つけることができます。

すなわち、カジノの有無にかかわらず、日本はすでに「ギャンブル大国」なのです。ちなみに、競馬の国内市場規模は約3兆円ですが、これも世界最大規模です。

したがって、ギャンブル依存症対策で出玉規制を厳しくするのは、何をいまさらという感じが強くあります。実際にパチンコ依存の人は多く、これまで政府が何の対策も打ってこなかったことが大問題なのです(出玉規制を厳しくしたところで、ギャンブル依存症対策になるとは到底思えませんが)。

Next: カジノ解禁が開けてしまった、パチンコ業界の「パンドラの箱」



パチンコはギャンブルではない!?

パチンコのギャンブル依存症対策を難しくしているのが、「三店方式」と呼ばれる仕組みの存在です。

そもそも日本では、競馬や競輪などの「公営ギャンブル」以外の賭博行為は禁じられています。バドミントンの桃田選手が通っていた「闇カジノ」が摘発されたように、表向きは合法の「民営ギャンブル」は存在しないのです。

パチンコ店はあくまで「遊技場」であり、ギャンブルではありません。遊んだ「景品」として出玉と交換で純金の入ったカードのようなものがもらえます。それを「交換所」で売却することで、現金を得られるのです。

パチンコ店と交換所が直接関係ないとされることから、現金を渡しているわけではないと解釈されています。その結果、パチンコは法律上「ギャンブルではない」とされているのです。

パチンコがギャンブルでない以上、政府は表立ってギャンブル依存症対策をすることはありません。それなのに、カジノができるからギャンブル依存症対策でパチンコの出玉規制強化を行うというのは、これもまたチンプンカンプンです。カジノはパチンコ業界のパンドラの箱を開けているようにしか思えません。

パチンコ業界がこのグレーな土壌の上に成り立っているため、「パチンコホール」を営む会社は日本の証券取引所の上場認可が下りません。国内に上場しているパチンコ関連銘柄は「遊技機メーカー」であり、表向きギャンブルとは無関係とされています。

ちなみに、日本のパチンコホール運営会社のダイナムホールディングス(ダイナム)は香港市場に上場しています。融通の利かない日本の取引所を避けた結果です。

公表されているダイナムの財務諸表を見ると、「貸玉収入」が8,100億円、「景品出庫」が6,600億円となっています。すなわち、ここから逆算すると、パチンコは平均してマイナス20%から始まることがわかります。「パチプロ」と呼ばれるような人はそれでも勝つのですが、一般人にはつくづく割に合わないギャンブルだと思います。

衰退するパチンコ産業に現れた「カジノ」という光

ギャンブルとして割に合わないばかりか、パチンコホールには煙草の煙が充満し、騒音を撒き散らしています。お世辞にも雰囲気のいい場所とは言えません。そのせいで、特に若者を中心にパチンコ離れが進んでいます

パチンコ市場のピークは1995年でした。その時の市場規模は30兆円、遊技人口は2,900万人、パチンコ店は18,000店ありました。それが現在では市場規模23兆円、遊技人口1,000万人、パチンコ店は10,000店となっています。この流れは今も止まる様子はありません。

ここからわかるように、パチンコは明らかな衰退産業です。これは、セガサミーなどの「遊技機メーカー」にとっても例外ではありません。ギャンブル依存症対策による出玉規制強化よりも、関連銘柄にとっては市場の縮小こそが存亡を左右する重大事と言えるのです。

もちろん、各社は市場の縮小をただ眺めているわけではなく、パチンコ以外への多角化を目指しています。セガサミーも、もともとは遊技機メーカーのサミーがゲームメーカーのセガを買収したことで誕生しています。

そこへ出てきたのが、日本でのカジノ建設の話題です。日本で「ギャンブル」を取り扱える民間企業と言えばパチンコ企業ですから、強みを活かした多角化戦略としてもってこいのテーマだったのです。これにより「合法的な」ギャンブルを大手を振って経営することができます。

パチンコホール大手のマルハンやセガサミー、ユニバーサルエンターテインメントは、日本での展開に先駆けて韓国やフィリピンでカジノを運営しています。ここで実績を積んで、事業者の選定をより有利に進めようという算段です。

Next: トランプも虎視眈々。カジノ利権のライバルは日本企業だけではない



小さなプールに大男たちが押し寄せる

ところで、カジノは本当にそんなに魅力的なビジネスなのでしょうか。

世界のカジノ市場規模は22兆円と言われています。日本のパチンコの市場規模とほぼ同じです。日本のパチンコがいかに大きな市場であるかおわかりいただだけるでしょう。

日本にカジノが建設されたら、その市場規模は最大で2~3兆円程度と言われています。日本全国でこれだけですから、パチンコに比べたら実はさほど大きな市場ではありません。

パチンコの市場規模は、この10年間で平均して年1兆円縮小しています。つまり、カジノができたところで、その増加分はパチンコ市場の縮小により2~3年であっさり消し飛んでしまうのです。

さらに、カジノの運営に手を挙げるライバルは日本企業だけではありません。ラスベガスやシンガポール、マカオで巨大カジノを運営するラスベガス・サンズをはじめとする世界中の巨大カジノ企業が大挙して押し寄せてくるでしょう。それに比べたら、日本のパチンコ屋はひよっこでしかありません。

7月21日追記・訂正:文中に「世界のカジノ市場規模は22兆円と言われています。日本のパチンコの市場規模とほぼ同じです。」とありますが、カジノの市場規模は配当後の粗利益がベースとなっており、同様の基準ではパチンコの市場規模は約4兆円となります。そのため、「カジノができたところで、その増加分はパチンコ市場の縮小により2~3年であっさり消し飛んでしまう」の記述は撤回いたします。上記を踏まえるとカジノのインパクトの大きさは否定できませんが、いずれにせよ日本のパチンコメーカーにとって勝ち目の薄い競争であることに違いはありません。著者:栫井駿介)

そもそもIR推進法が成立したのは、トランプ氏が大統領に指名され、安倍総理がアメリカに飛んで会談を行った直後です。奇しくも、ラスベガス・サンズのアデルソンCEOは、大統領選挙戦においてトランプ陣営への最大の資金提供者の1人でした。

会談後、これまで鳴かず飛ばずだったはずの法案を急に成立させたのは、そこでカジノに関する何らかの会話が行われた可能性を示唆しています。安倍総理はトランプ大統領に、金のゴルフセット以上のお土産を渡したのです。

このような経緯があることから、カジノは日本企業の単独運営ということには決してならず、ラスベガス・サンズのような外資も含む多くの事業者が参入することになるでしょう。

小さなプールのような厳しい競争の中で、まだよちよち歩きの日本のパチンコ企業が大きな利益を挙げることは至難の業です。

「カジノ関連銘柄」として、遊技機メーカーがもてはやされる瞬間も少なくありませんが、これらの企業が直面しているのは急激に進む人々のパチンコ離れであり、カジノはその根本的な解決策にはならないでしょう。

Next: ギャンブルは誰のものか?最大の金脈はパチンコホールに転がっている



パチンコ産業の復活こそ最大の金脈

パチンコ関連企業として最も効果的なのは、人々のパチンコ離れを食い止めることでしょう。

法律的にグレーな土台の上に立っているとはいえ、その市場規模はいまだにとてつもない大きさを誇ります。新たにカジノを作るよりも、減少を食い止めるだけで金脈を掘り当てるほどの価値があります

福岡などでは、韓国からわざわざパチンコを打ちにやってくる人もいるそうです。これは、それだけ訪日客にとってパチンコが価値のあるものだという証左です。依存症になってしまってはいけませんが、人は本能的にギャンブルを求めるものです。

カジノはいわば「富裕層のためのギャンブル」です。その収益の大部分は、超富裕層によってもたらされます。今、カジノ企業に恩恵をもたらしているのは、世界中を訪れる中国人の超富裕層です。

それに対し、パチンコは「庶民のためのギャンブル」です。これからやってくる訪日外国人の多くを占めるのは、中国人の中間層です。彼らが日本に来てパチンコを打つようになれば、衰退しかけた市場をもう一度盛り上げることもできるはずです。そのためには、より入りやすい雰囲気を作り出し、中国語にも対応できるようにすることが急務でしょう。

客観的に考えると、パチンコ関連企業にとってカジノはそれほど美味しいビジネスではありません。むしろ、巨大なパチンコ産業の復活こそ、誰もが欲しがる金脈です。そのことに気付かない限り、パチンコ関連銘柄が長期的に上昇する可能性は低いでしょう。


つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年7月20日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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