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「政治生命をかけた冒険」安倍総理が消費税減税を決断するこれだけの理由=近藤駿介

フリージャーナリストの田原総一朗氏が7月28日、内閣支持率をV字回復させる秘策として安倍総理に進言したという「政治生命をかけた冒険」の中身とはいったい何か?結論を言えば、それは財務省を敵に回しての「消費税減税」である可能性が高い。安倍総理には、この「大冒険」に打って出るだけの合理的な理由が存在しているからだ。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

安倍内閣は外交ではなく「経済」で乾坤一擲の大勝負に打って出る

「政治生命をかけた冒険をしないか」田原総一朗氏

支持率の急落に見舞われた安倍総理に、思いもよらないところから援軍が現れた。それは、7月28日昼、突如首相官邸を訪れ、総理と会食をともにしたフリージャーナリストの田原総一朗氏だ。田原氏と言えば、これまで安倍政権に対して厳しい発言を繰り返してきた著名ジャーナリストである。

8月3日に実施される内閣改造の陰に隠れる格好となっているが、田原氏が食事に手を付けることなく総理に持ち掛け、総理も応じたとされるこの「政治生命をかけた冒険」の中身が俄かに注目を浴びている。

安倍総理との会談後に記者団からの質問を受けた田原氏は、具体的な中身には言及しなかったが、「政治生命をかけた冒険をしないか」と提言したことを明らかにするとともに、幾つかのヒントを残していった。

「解散のような細かな問題ではない」
「連立のような話ではない」
「民進党、共産党、小沢さんも反対ではない」
「自民党内には反対する人がいる」
「今やるべきこと」
「安倍総理しかできない」
「言ったらぶち壊れてしまう」
「総理の進退ではない」
「(首相は)やるつもりじゃないか」

こうした田原氏の発言を手掛かりに、多くのコメンテーターが、急落した内閣支持率をV字回復させるために提案された「政治生命をかけた冒険」の内容がどのようなものなのか、様々な見解を披露している。そして、そのコンセンサスは北朝鮮北方領土などを中心とした「外交」だということになっている。

北朝鮮やロシア相手に「冒険」はできない

しかし、筆者は「外交」分野での「冒険」である可能性は低いと考えている。

「外交」は相手があるものであり、安倍総理が「冒険」を仕掛けても、相手が総理の思惑通りに動いてくれる保証はない。

仮に北朝鮮やロシア相手に「政治生命をかけた冒険」を仕掛け、それが上手くいかなかった場合、本当に安倍総理の政治生命は断たれることになる。それを考えると、「外交」は「政治生命をかけた冒険」をする舞台としては相応しいものではない。

また、危険水域と言われる水準まで支持率が下がった安倍内閣が、支持率回復を目指して「外交」分野で「政治生命をかけた冒険」をするのは国益にとって危険すぎる。

いくら窮地に追い込まれた安倍総理でも、支持率回復のために国益面でのリスクを背負いかねない「冒険」に打って出るほど冷静さを失っているとは思えないし、安倍政権を支持しているわけでもない田原氏が、国益を損ないかねない「冒険」を提言することも考え難い。

外交では「人柄への低評価」は覆せない

忘れてはならないのは、安倍内閣の支持率が危険水域まで下がった理由は、「(総理の)人柄が信用できない」点にあるということである。

もし支持率低下の要因が「政策が悪い」「実行力がない」というものであれば、「外交」分野で失地挽回するための「冒険」に出ることは選択肢としてあり得ることである。

しかし、「(総理の)人柄が信用できない」と考えている国民の評価を、「外交」分野での「冒険」によって覆すのは容易なことではない。一般的に「人柄が信用できない」と思われた人の言動は、たとえ正当性を持ったものであっても好意的には受け入れられ難いからだ。

換言すれば、「人柄を信用できない」という評価を一発で覆すような政策は存在しないということである。官邸側が実績を積み上げていって信頼回復に努めたいという意向を示しているのも、それが分かっているからだ。

しかし、「人柄が信用できない」という理由で急低下した支持率を短期間に回復することが絶対に不可能なわけではない。それは、「支持率を回復する」という目標を達成するために、必ずしも「人柄」に対する信用回復が必要だとは限らないからだ。

Next: 「消費税減税」しかあり得ない!田原氏が総理に迫った冒険の中身



「政治生命をかけた冒険」=「消費税減税」

安倍総理にとって目下の目標は「支持率を回復する」ことであり、必ずしも「人柄が信用できない」という評価を払拭することではない。ここが田原総一朗氏が提言した「政治生命をかけた冒険」の要諦であるはずだ。

総理の「人柄」に対する不信感が強まる中で「支持率を回復する」ための必要条件は、「人柄が信用できない」という評価を埋め合わせてお釣りが来るくらいの魅力的な「実利」を、できるだけ多くの国民に提供することである。

こうしたことを考えると、田原氏が提言し、「(総理も)やるつもりじゃないか」とされる「政治生命をかけた冒険」とはズバリ「消費税減税」ではないかと筆者は考えている。

安倍内閣支持率の急落の原因は「人柄が信用できない」というものであるが、低支持率の底流にあるのは、多くの国民が「アベノミクスの恩恵」をいつまで経っても得られないという経済政策に対する不満である。もし、アベノミクスの恩恵が、期待通りに多くの国民に及んでいれば、「人柄が信用できない」という理由でここまで支持率が急落することはなかったはずである。

アベノミクスは、日本経済における戦後3番目に長い景気回復を達成し、株価も倍になり、有効求人倍率もバブル期を上回るなど、経済指標上では良好な成果をあげてきた。しかし同時にそれは、八割方の国民にとって景気回復の実感なき「国民の共感を得られていない成果」であることも事実である。

この「景気回復の実感」を醸成するために必要不可欠なのは、国民の多くが自分のところにお金が流れてくることを感じることである。多くの国民がアベノミクスによる景気回復の実感を得られていないのは、その恩恵が収入増という形で及んでくる気配すら感じられないからに違いない。

こうしたことは個人消費の低迷となって表れている。個人消費低迷の原因は単純なものではないが、そのきっかけとなったのが2014年4月から実施された消費税8%への引上げであることは確かである。

安倍総理にとっての「心外」

有識者のほとんどが太鼓判を押した消費増税によってアベノミクスが腰折れしたことは、必ずしも消費増税に積極的ではなかったとされる安倍総理にとって心外だったはずである。それを裏付けるように、安倍総理は2016年11月に消費税率10%への引上げ時期を2017年4月から19年10月に再延期する税制改正関連法を成立させ、同じ轍を踏まないようにしている。

安倍政権は個人消費を喚起するために財界に対して賃上げ要請を行っているが、思うような成果は挙げられていない。それによって、安倍政権が目論んでいた企業が潤うことで従業員にまで恩恵が及ぶという「トリクルダウン政策」はもはや死語と化している。

アベノミクスで日銀がばら撒いた資金のほとんどは日銀に還流し、量的緩和による円安などによる恩恵のほとんどは大手企業に独占された格好になっており、中小企業や国民には流れてきていないのが実情である。

Next: 迫るタイムリミット。安倍総理の「理想の死に際」はどちらか?



消費税減税はハイリスク・ハイリターンな冒険

「消費税減税」のメリットは、景気回復の実感を得られていない多くの国民に対して、政策効果を直接感じてもらうことのできる数少ない政策であることだ。消費税は逆進性の高い税でもあるので、「消費税減税」によって格差社会を生み出しているという批判を和らげることも期待できる。

異次元の金融緩和」を行っている日銀は、個人消費低迷の要因について、長期に及ぶデフレ経済によって国民の「デフレマインド」が強まった結果だと分析している。しかし、「デフレマインド」以上に強いのは、高齢化社会の進行に伴って膨れ上がる社会保障費の財源を背景とした「増税マインド」である。

「消費税減税」は、こうした「増税マインド」に一旦歯止めを掛けることで、日本経済の大きな課題となっている個人消費を喚起できる可能性を秘めた「冒険」だと言える。

「消費税減税」は、その財源問題とともに財政規律を重視する人たちからは無責任な政策として大きな非難を浴びる可能性もある。そして、「増税=勝利」「減税=敗北」と考える財務省を敵に回しかねない危険な「冒険」である。

安倍総理にとって「理想の死に際」はどちらか?

財務省を敵に回すことは、安倍総理にとってまさに「政治生命をかけた大冒険」である。しかし、「内閣支持率が30%を割り込むと1年以内に政権は倒れる」というジンクスが生きているとしたら、「人柄が信用できない」という理由で政権が倒れるのと、消費税減税で財務省を敵に回すことで政権が倒れるのと、どちらの死に際を選ぶかという安倍総理の決断の問題でもある。

相次いだ閣僚の不祥事や自身の体調不良によって「政権を投げ出した総理」というレッテルを貼られた経験を持っている安倍総理は、「憲法改正を成し遂げた総理大臣」として歴史に名を残そうとしている。しかし、今のままでは「傲慢な政権運営で急激に支持を失った総理」という新たな汚名を着せられるだけになりかねない。

たとえ政権を維持できなくなったとしても、「傲慢な政権運営で急激に支持を失った総理」としてではなく、「個人消費を喚起して経済を立て直すために消費税減税を唱え、敢然と財務省などの抵抗勢力と戦って散った総理」として歴史に名を残すほうがはるかに得なはずである。

ここに来て、自民党内からは2020年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化目標を取り下げることを検討するという「消費税減税」に追い風となる動きも出てきており、こうした風をうまく利用すれば「支持率を回復する」という目的を達成することも不可能ではない。

Next: 安倍総理には財務省を敵に回すだけの合理的な理由が存在している



安倍総理には財務省を敵に回すだけの合理的な理由がある

「消費税減税」は、有識者の常識からすれば奇策、邪道かもしれないが、

民進党、共産党、小沢さんも反対ではない
自民党内には反対する人がいる
今やるべきこと

など、田原総一朗氏が示唆した条件をすべて満たす数少ない政策であることは間違いない。

見誤ってはいけないのは、安倍内閣が目指しているのは「(できるだけ早く)支持率を回復させる」ことであり、必ずしも総理の「人柄に対する信用を回復させる」ことではない、という点だ。

「消費税減税」に対しては強い反対論が出ることは間違いなく、支持率が急回復するかは定かではない。しかしそれは、財務省や有識者たちを味方につけるかアベノミクスの恩恵を感じていない多くの国民を味方につけるかという選択の問題でもある。

そして今の安倍内閣にとっては、アベノミクスの恩恵を感じていない多くの国民を味方につけたほうが「支持率の回復」には近道なのは間違いない。

「消費税減税」によって「増税マインド」が薄れ、個人消費を喚起することができれば、「政策に期待が持てる」という評価とともに支持率が上昇する可能性は十分に考えられる。

減税によって家計に余裕が生まれ、それが安倍内閣の支持率を上昇させ、さらにそうした提案をした田原氏のジャーナリストとしての評価が高まれば「三方よし」となる。安倍総理に批判的であった田原氏がわざわざ敵に塩を送るような行動に出たのも、その提案が「三方よし」だと感じたからに違いない。

「消費税減税」は、財務省を中心とした財政規律派を敵に回す大きなリスクを負う「冒険」だが、危険水域まで支持率が急落し政権基盤が揺らいでいる安倍総理にとっては、「政治生命をかけた冒険」として決して悪くない選択肢であるはずだ。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年8月3日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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