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トランプ祭りはいつまで続く?米経済の「バラ色シナリオ」に潜む矛盾=西岡純子

今の市場は楽観ムードですが、トランプ氏が標榜する保護政策で米経済は浮揚しません。足元のドル高も、中長期的にはドル安方向に転換することを想定しておくべきでしょう。(『グローバルマネー・ジャーナル』西岡純子)

※本記事は、最新の金融情報・データを大前研一氏をはじめとするプロフェッショナル講師陣の解説とともにお届けする無料メルマガ『グローバルマネー・ジャーナル』2016年12月21日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に定期購読をどうぞ。
※12月15日撮影のコンテンツを一部抜粋してご紹介しております

プロフィール:西岡純子(にしおか じゅんこ)
三井住友銀行 市場営業統括部 チーフ・エコノミスト(日本)、ビジネス・ブレークスルー大学 資産形成力養成講座講師。

保護政策でアメリカ経済は浮揚しない。ドル安転換も想定を

大統領選後、米金利はなぜ上昇したのか?

ドル円米10年国債利回り日経平均株価S&P500指数など、代表的な指標を2015年1月からの推移で見ると、今年の11月以降大きく水準が変わっているのがわかります。ドル円は104円あたりから一気に115円近くまで押し上げられました。

アメリカの金利も、ボトムをつけた位置からじりじりと上がり、大統領選挙のあった11月8日以降、大幅に吹き上げられている展開です。株価は日本もアメリカも同じような動きとなっていますが、日本はここにきて大きく水準が切り上がったのに対し、アメリカは高値を更新し続けていて、やや雰囲気は違っています。

これら4つの動きを見たとき、何が一番のドライバーだったのかを考えてみます。こうしたマーケットの商品は全ての動きが互いに影響しあっているわけですが、今回特に最初に動いたのはアメリカの金利でした。もちろん、2年、5年といった短い年限の金利も大幅に変わりましたが、指標銘柄となる10年債利回りも大幅に上昇しました。1.7%台から、2.5%近くまで一気に上昇しています。こうした市場金利の動きの背景が何だったのかということを整理しないと、なぜドル円が上がったのか、株価が上がったのかということはなかなか理解できません。

出典:三井住友銀行

アメリカの10年債利回りは、理論的には2つの要素で形成されています。一つは、グラフの青い部分、インフレ期待と呼ばれるもの、もう一つは赤い部分、実質金利と呼ばれるものです。国債には世の中の物価の変動込みで価格が形成されているいわゆる普通の国債と、国債の元本そのものが物価と連動して動く、物価連動国債があります。この物価連動債を使うと、インフレ期待要因と実質金利要因を間接的に計算することができます

それによると、実質金利要因は足元では0.5%程度ということになります。実質金利要因は経済の実力を反映するもので、アメリカ経済そのものの実力が現れるものです。アメリカ経済の実力というと、毎四半期発表されるGDPや、自然利子率など、様々な概念がありますが、毎四半期上がったり下がったりするものとは別に、その国の働き手の数や工場に設置されている生産機械などが平均的に稼働した時に、実力として達成されうる成長率という概念に基づくものであり、それがいわゆる潜在成長率です。その実力ベースの成長率が、中期的にはこの実質金利とバランスすると考えられるのです。

もともとアメリカの実質金利は、2000年代の初頭あたりでは4%近くありました。要するに、アメリカの実力の成長率は平均的に4%程度あった世界だったのです。それが特にリーマンショック以降にずるずると下がり、その後上下する中で、足元では0.5%近くというのがマーケットの見方です。

大統領選後に米国の金利水準が大きく上がったことについては、多くの市場コメントを見ると、トランプ次期大統領の政策に対する期待であり、アメリカ経済がバラ色になるという意見が聞かれます。しかし、本当にバラ色になり、実力の成長率が上がるのであれば、長期金利の要因分解でいうところの実質金利がもっと上がっていないとおかしいのですが、実際その部分は上がっていないのです。

アメリカの金利がなぜ上がっているのかというと、青の部分、インフレ期待要因だけでもっぱら上がっているというのが現状なのです。拡張的な財政で、減税や公共インフラが増え、なぜかよくわからないけれどインフレ率は上がるだろうという、漠然とした期待が先行して、足元のような金利水準になっているわけなのです。

実際の財政の規模や政策のパッケージは、1月20日の大統領就任式で初めて分かるもので、財政の支出の規模については一般教書、および予算教書の話を聞いてからしかわからないのですが、実態としてマーケットが先行して織り込んでいるのは、インフレ率が上がるだろうという期待なのです。

Next: 危うい楽観ムード。中長期的な「ドル安方向への転換」は想定内だ



トランプ政策と比較すべき保護主義的なデタント期

もう一つ考えなくてはいけないのは、為替です。様々な相手通貨とのドルの価値を加重平均した、ドル・インデックスを見ると、このところさらに上昇し、過去14年以来、最高水準にある状況です。通貨高が起こると、例えば日本のように輸出に依存した経済の場合、価格競争力が下がります。それだけではなく、輸入物価が下がるので、それにより世の中のインフレ率が下がるのです。

片やマーケットは先行してインフレ期待を織り込みに入っているわけですが、そもそもアメリカはこうしたドル高に耐えうるほどの力があったのか、という漠然とした疑問が湧いてきます。また、ドル高が進むと自ずとインフレ率は抑制されるはずで、金利と為替、この二つが非常に矛盾しているということが実態なのです。

マーケットは期待先行で進んでいるので、どれが最終的に正しいと結論づけられるのかまだわかりませんが、経済の状況から考えて、アメリカはもうリーマンショック以降景気が拡大して8年以上経っていて、循環的に調整してもおかしくない局面です。その中でさらにドルの価値が上がってしまうということは、目先は期待で金利やドルが上昇することはあるかもしれませんが、中長期的に見れば、そろそろ慎重に構える必要が出てくると言えるでしょう。来年後半以降などを見据えれば、アメリカ経済に対するドル高の負の影響を考えていかなくてはならないと思います。

このところの論調は非常に楽観ムードが強いです。アメリカをしても選挙の直前までは、万が一トランプ候補が当選すれば、世の中はリスクオフとなり、ドル安円高、世界的に株安で大混乱になるという憶測がありましたが、蓋を開けてみると意外なことに楽観的なムードが非常に強くなっています。その背景は、やはり減税をしてもらって喜ばない人はいないということだと思います。

公共インフラについては意見が分かれますが、減税により経済が潤うということはよくあります。ではその減税により、どの程度アメリカ経済は浮揚するのでしょうか。今回の政策はレーガン政権の時と似ているという議論があります。確かに減税の規模は当時のレーガン政権の時よりも大きいのですが、そもそもレーガノミクスの時代のアメリカ経済は、減税でバラ色になったかというとそのような証査はないのです。むしろアメリカ経済が本格的に復調したのは90年代に入ってからの民主党のクリントン政権以降なのです。減税、すぐに景気拡大、レーガノミクスのように景気バラ色、という議論をすることは難しいのです。

さらに通商政策の方向性が全く異なります。アメリカ、日本、中国のGDPが世界に占める割合をグラフにしたものを見ると、1980年代半ば、レーガン政権が定着した頃、確かにアメリカのGDPのシェアが上がった時はありましたが、それは長くは続きませんでした。それ以上に今と大きく異なるのが通商政策で、当時は非常に開放的でした。イギリスにはサッチャー政権、日本は中曽根総理の下、開放的な通商政策が先進国で共有された時代でした。これからアメリカでトランプ次期大統領の下で採られる政策スタンスは相当保護主義的なもので、当時と単純に比較することはできないのです。

出典:三井住友銀行

より比較しやすいのは、一つ前の1969年1月以降のデタントと言われる時期です。ニクソン大統領の時代ですが、当時こそがこれからの内向きで保護主義的な政策と共通するところが多い時期です。

当時はベトナム軍事介入が泥沼化し、その先には米中国交正常化というビッグイベントはあったものの、70年代前半まで非常に雰囲気は悪かったのです。アメリカそのものの威信が低下し、センチメントが大きく低下していた時期でした。それにより、当時のニクソン大統領は自分たちの経済に利するような内向きの政策スタンスを導入したというのがこの時代だったのです。

そしてその政策により、当時アメリカのGDPシェアが飛躍的に上がったかと言うとむしろ逆で、どんどんと下がっています。日本が高成長の時期に入っていたこともありますが、それ以上のペースで落ちていたのがアメリカ経済でした。

このような実態を見ると、保護政策でアメリカ経済がバラ色のシナリオになるかというとそうではないと思われます。折しもドル高も伴っています。強いアメリカを志向して、出て行ったアメリカ企業も国内に戻し、輸出も刺激するということを考えた時に、果たしてドル高で良いのかと考えた時、中長期的にはドル安方向に転換することも想定しておくべきだろうと思います。

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グローバルマネー・ジャーナル』(2016年12月21日号)より抜粋
※記事タイトル、太字はMONEY VOICE編集部による

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