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小池流「ユリノミクス」の経済学。結局、誰が得して誰が損するのか?=斎藤満

小池百合子氏のユリノミクスは、アベノミクスと真逆の経済政策です。衆院選で自民と希望が拮抗すれば、当然、その後の資源配分は大きく変化することになります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

勝ち組と負け組が逆転?「ユリノミクス」は日本をどこに導くのか

希望の党は「第2自民党」にあらず

小池都知事が創立した希望の党は、一部で第2自民党との声も聞かれますが、今回公表された希望の党の公約を見る限り、明らかに「打倒安倍」を狙っています。安倍自民党が掲げるアベノミクスと明確に対峙する「ユリノミクス」に、その狙いがはっきり表れています。

そして、アベノミクスに対するアンチテーゼの側面を強く出しただけでなく、ユリノミクスは政策の主眼を個人に向け、企業を重視したアベノミクスと明確に差別化している点が大きな特色です。

選挙公約の「センス」という点では、ユリノミクスが国民により強くアピールするもので、これで選挙を戦えば、希望の党が自民党と予想以上の接戦を演じる可能性があり、結果として安倍総理が責任を取り、新たな連立政権誕生の可能性が浮上します。

小池新党が「第2の自民党」と言われ、また枝野氏らの合流を排除した理由は、安保関連法の推進など安全保障上の考え方の違いにあります。しかし、これも将来、自民党の石破ラインと連携する可能性を残すためのもので、その他の公約、とりわけユリノミクスと言われるものについては、むしろ枝野・立憲民主党に近く、アンチ・アベノミクスがはっきり表れています。以下、そのポイントを見てみましょう。

「消費増税凍結」という鋭い矢

ユリノミクスはまず第1に、消費税の凍結を謳っています。これまで日本では付加価値税、消費税(のアップ)を掲げて選挙に勝った政権はありません。

安倍政権もその点は百も承知で、これまでは消費税引き上げの再延期を予定していました。2014年度に消費税を8%への引き上げ、経済が大きな打撃を受けた点をひどく後悔し、政権内の一部には消費税引き下げ論までありました。

それを安倍政権が急遽、予定通り10%に引き上げる、と転換した背後に、米国の影がちらつきます。米国のトランプ大統領は、日本や欧州諸国に対し、防衛費の公正な負担を求め、それぞれにGDPの2%まで引き上げるよう要請しています。現在の日本の防衛費はGDPの約1%で、18年度は5兆2500億円余りとなっています。これをGDPの2%にするためには、あと5兆円余りの追加が必要になります。

そこで目を付けたのが消費税で、これを現在の8%から10%に引き上げれば、5兆円余りの税収増となり、米国の要求に応える財源が確保されます。しかし、先の消費税引き上げに際して、増収分は社会保障関係費財政再建に回すことを決めているので、この使途を変えないと、米国の要請には応えられません。とはいえ、使途を変更して軍事予算に回すとも言えません

そこで消費税の引き上げを決め、その使途を変更して子育てや幼児教育に充てる、ということにして国民の理解を得ようとしました。

しかし、このアイデア、もともとは民主党時代に前原氏が研究会で提示したもので、自民党はこれをパクッたことになります。しかも、これに必要な資金は1兆円程度と言われ、残りは何に使われるかわかりません

いずれは防衛費に回るとしても、その前にはまた「特区」を利用して第2の「もり・かけ」、つまりお友達に優先的に振る舞われる可能性がないとも限りません。

安倍政権にしてみれば、上げたくない消費税を、米国の意向を受けてやむなく引き上げざるを得ない、苦しい決断であったはずです。そこを小池代表は突き、国民の間に景気回復の実感がない間はこれを凍結する、として安倍政権に鋭い矢を打ち込みました。

この点は、枝野氏の立憲民主党もユリノミクスと歩調を合わせるようです。企業にしても個人にしても、進んで増税を受け入れるほど寛容ではありません。安倍政権には大きなハンデになります。

議員定数と議員報酬の削減を迫る

第2に、ユリノミクスは議員定数の削減、議員報酬の削減を謳いました。これもアベノミクスへの攻撃になります。消費税を上げる前に、まずは議員が自ら身を削れ、というものです。議員1人当たり、2億円のカネがかかると言われ、これに対する国民の批判に応えるものですが、安倍政権が国有財産や税金を半ば私物化して、お友達に無償給付することに対するアンチテーゼにもなります。「もり・かけ」の疑惑が解消されていない中で、これはユリノミクスの得点になりそうです。

「ポスト・アベノミクス」は誰のためのものか?

第3に、「ポスト・アベノミクスの経済政策」として、ストレートにアベノミクスに対抗する姿勢を見せました。ここにはさらに3つの柱があります。

Next: 誰が得して誰が損する? 緩和出口とベーシック・インカム



第1の柱:金融緩和の出口戦略を模索する

その第1の柱は、財政金融政策への過度な依存は避け、日銀の金融政策については円滑な出口策を模索する、と明記していることです。これまで日銀依存で円安・株高の利益に預かっていた市場は目をむいて驚いたと思います。アベノミクスを裏から推していた国際金融資本も「寝耳に水」だったでしょう。

これを前面に出すと、円高・株安要因となります。そのインパクトはバカにできません。安倍政権前の2012年では、四半期での経常利益が12兆円台後半であり(財務省「法人企業統計」)、そこでの株価は日経平均で8500円前後でした。

一方、直近4-6月期の企業の利益は22.4兆円です。ということは、利益水準からみると現在の株価は1万5千円あたりが妥当なのですが、現実には2万円を超え、5000円以上つり上げられた形になっています。これは、アベノミクスのもとで日銀や公的年金が株を買い上げていること、海外投資家がアベノミクス以来、約12兆円も日本株を買い越しているためです。

そのアベノミクスが終焉を見、金融緩和が出口に向かうとなれば、この上乗せ分がはげ落ちます。事前には自民党が勝っても希望の党が勝っても、結局はアベノミクスを維持せざるを得ないのでは、との観測がありましたが、ユリノミクスはこれを否定したことになります。

さすがに小池党首は市場への影響を考えて、6日のロイターのインタビューでは「大きく方向転換する必要はない」と、不安の火消しに回りましたが、基本姿勢はむしろ民間活力の活用にあります。

第2の柱:ベーシック・インカムを前向きに検討

第2の柱は、「ベーシック・インカム」の考えを示したことです。現在、年収170万円前後の非正規労働者が労働者全体の4割を占め、結婚できず、したがって子供も産めない原因の1つになっています。そこで最低所得を保証し、これらの不安を軽減するのがベーシック・インカムです。同時に、年金の先細りで「長生きリスク」に直面する低所得高齢者の不安解消にもつなげる狙いがあります。

本来これは、共産党や立憲民主党が言い出してもおかしくない政策ですが、ユリノミクスがあえて打ち出しました。これは右傾斜の安倍政権に対して、それに反発する左寄りの人々を取り込むことになります。もちろん低所得層にアピールするので、若年層、高齢者の支持も得られると見られます。早速与党は財源問題を取り上げ、「無責任」と批判しますが、国民の目から見れば良い方向にアピールするでしょう。

Next: 第3の柱:内部留保課税と「原発ゼロ」の侮れない破壊力



第3の柱:内部留保課税

第3の柱は、財政金融政策に変わって民間活力を引き出すためとして、内部留保課税を提示しています。

前述のように、企業の利益水準は安倍政権前の四半期で12兆円台後半から、最近では22.4兆円まで約8割も高まっていますが、この間、人件費に回った分は四半期で43兆円前後で全く増えていません。企業は利益を労働者に還元せず、ひたすら「利益剰余金」という内部留保に積み上げました。

内部留保は12年12月の274兆円から、今年6月には388兆円に110兆円余り積みあがりました。この内部留保に回った分を投資や賃金に活用させるため、内部留保に課税しようとのアイデアです。1%の課税で4兆円近い財源にもなります。

これは税金でとられるのが嫌なら、設備投資や賃金に回せと言うもので、いわば企業に対する「北風政策」です。当然経団連などは反発すると予想されます。自民党は逆に、賃金や設備投資を増やした企業に減税の「アメ」を与える「太陽政策」を考えています。

企業利益を拡大させれば、いずれ労働者に「おこぼれ」つまり「トリクル・ダウン」があると政府は考えたのですが、この内部留保の積み上げがその期待を砕きました。そこでこれを何とかしたいとの声が広がり、これに課税すべきとの声もありました。しかし、企業を重視する安倍政権にとってはタブーでした。小池党首はここを突いてきました。

もちろん、これには議論の余地がありますが、ユリノミクスが企業本位でなく、国民本位であるとの印象を強めることになります。

「原発ゼロ」の侮れない破壊力

以上が、ユリノミクスが提示する「ポスト・アベノミクス」としての3つの柱ですが、公約では4つ目に、原発ゼロを掲げています。自民党は公約では明示していませんが、原発再開を進め、明らかに原発支持の立場にあります。その先にはいずれ日本も核武装する可能性があり、その備えとの考えがあります。そこへ小泉元総理から「原発ゼロを提示すれば、自民党には大きな打撃になる」とのアドバイスを受けての公約です。

今年のノーベル平和賞に、核兵器廃絶を訴える「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が選ばれました。日本の核廃絶運動を勇気づけるだけでなく、核兵器禁止条約に参加しない日本政府に対する海外からの批判、圧力を高める結果にもなりました。

これまでになく原発ゼロが国民にアピールしやすい環境になっているだけに、この公約は自民党にはダメージになります。公明党も本音は原発反対でも、自民との関係で打ち出せずにいます。

Next: 小池ユリノミクスを支援する「もう1つの米国」の腹の内



自民党、希望の党、立憲民主党の違い

ここまで見たように、経済政策としてのユリノミクスは、明らかにアベノミクスへのアンチテーゼ、つまり対抗軸であり、枝野立憲民主党は、基本的にこのユリノミクスと同じ考えです。それでも「希望」から排除されたのは、安全保障に対する考えで折り合いがつかなかったためで、経済政策ではむしろ「希望」と「立憲」は同調しています。

自民党、希望の党、立憲民主党を総括すると、自民党は「自由・民主」つまりリベラル・デモクラティックとの名を政党名に使いながら、安倍政権が国の安全保障を優先するために米国と連携し、国の権力を最大限に行使し、そのために国民の自由、寛容を軽視、言論の自由も制限、国民の監視体制も強化して民主主義も後退、企業の支援で成り立っています。

これに対し、希望の党は国を守るうえでの保守は堅持し、米国との関係も尊重しますが、本来の自由(リベラル)、民主主義を尊重し、国の権力、企業重視をあらため、国民の自由、寛容を取り戻す点で、安倍政権と強く対立します。

立憲民主党は、米国とギクシャクしても憲法を守り、安保法制も見直し、本来のリベラル、デモクラティックを尊重する立場となります。

従って、「希望」も「立憲」も反安倍で共通しますが、希望は自民、公明との連携余地を残しています。米国との関係も「希望」は維持し、「立憲」とは対立しがちです。実際、選挙戦では、「希望」が公明党の太田昭宏氏が出る東京12区と、石破氏の側近である鴨下一郎氏が出る東京13区には対立候補を出さない「協力」を見せています。反面、「立憲」とは対決姿勢を見せています。

「希望の党」の裏に米国の小池支援?

また「希望」から立候補する場合、供託金などを含めて1人600万円くらいの資金が必要と言われ、安倍政権は民進党の政党助成金を返納するよう求め、希望の候補者が増えないよう圧力をかけた節があります。

しかし、ここまで200人余りの候補者を擁立した裏には、別の資金協力があったはずで、これが米国の一部団体ではないかと見られています。安倍政権が米国のネオコン(新保守派)と近いのに対し、小池氏にはCFR(外交問題評議会)がついているとも言われます。

ネオコンであれCFRであれ、米国と安保体制で協力できるよう、必要なら憲法改正が望ましい、という点で、米国からすれば、安倍「自民」でも小池「希望」でも、どちらでもよいことになります。

日本が国内的に企業を重視するか、国民を重視するかは米国にすればどちらでも良いのですが、米国企業の競争力を圧迫しない点から、小池新党の方が都合が良いとも言えます。また、右に傾きすぎる安倍政権への懸念もあります。

Next: 選挙結果によっては、石破氏の自民、公明、維新との連立も



自民と希望、北朝鮮問題でも対照的

北朝鮮問題も、安倍政権がトランプ氏の軍事行動も容認する姿勢なのに対し、小池氏は米国のティラーソン国務長官らの「外交交渉」路線に傾斜し、自ら北朝鮮を訪れ、核の抑制と拉致問題で手を打つ、との観測も流れています。

立憲民主党は、安保法制廃止派の支持は得られても、それ以外は希望の党と政策が重なり、その面で票の食い合いとなります。結局、保守で右寄りで権力志向の安倍自民、保守でリベラルな「希望」、リベラルな「立憲」との3分割となります。

自民が本来の「自由・民主」の旗を降ろさなければ、対抗馬を生み出すこともなく、選挙は楽勝だったのですが、安倍政権が自由・民主を無視したことで対抗馬「希望」を生み出し、その躍進が予想されます。

今後の政局、そして連立の行方は

「立憲」を柱とするリベラル連合は、「希望」に票を取られるリスクがあります。その一方で自民、希望はかなり拮抗するのではないかと見ます。その場合、自民が単独過半数を取れないと見られるため、安倍総理が責任を取り、希望と石破氏の自民、あるいは公明、維新との連立政権の可能性も浮上します。

その場合、憲法は改正の方向で進み、米国との協力関係も続きますが、政策の主眼が企業本位から生活者、国民本位に修正される分、政策の中身、資源配分は変わりそうです。

与党は財源の当てもない無責任政策と「希望」を批判しますが、国有財産や税金をお友達に無償譲渡せず、政治の無駄遣いを削り、企業優遇を見直し、生活保護費など社会保障の一元化を行えば財源確保も可能です。

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選挙までの間に、希望の党が踏み込んだ政策を提示できれば、安倍一強政権が崩れ、一昔前の自由で寛容、かつ民主的な保守政権の復活も可能です。言論の自由が脅かされ、監視される暗い戦前のムード払しょくにつながれば、日本に明るさが戻ります。

「権力の私物化を批判される政権」対「日本のジャンヌダルク」の対決は、どちらが勝つにしても、日本変革の第一歩になる可能性を秘めています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年10月10日)

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