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「技術の日産」が抱える、リコール問題よりさらに大きな不安とは?=栫井駿介

9月29日、日産自動車<7201>において無資格者による完成検査が行われていたことが国土交通省の指摘により発覚しました。不正が行われていた約116万台のリコール実施により、250億円以上の追加費用が発生する見通しです。

日産自動車といえば、昨年燃費不正問題が発覚した三菱自動車への出資により、ルノー・日産・三菱による「1,000万台クラブ」(年間世界販売台数1,000万台以上)への仲間入りを果たしたばかりです。電気自動車や自動運転という大きな変化に直面する自動車業界において、日産は投資妙味のある会社と言えるのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

景気の波が直撃する自動車業界。一見「割安」に見える日産だが…

数値だけ見れば圧倒的な割安水準

不正発覚後も、日産の株価下落幅は2%にとどまっています。市場は今回の不正を問題視していないようです。リコール費用の250億円という数字も、昨年度営業利益の7,422億円に照らし合わせると影響はさほど大きくないということでしょう。

日産の配当利回りは4.86%もあり、これが株価の下支え要因になっているとも考えられます。4.86%という数字は国内で並ぶ企業はほとんどなく、ましてこれほど知名度のある会社では異常とも言える数字です。

記念配当などの一時的な要因で極端に数値が高くなることもありますが、日産はそうではありません。配当性向(年間配当額÷1株あたり利益)も30%程度と至って平均的な水準であり、無理をして配当を出しているわけでもなさそうです。

配当利回りと並んで目につくのがPERの低さ(7.98倍)です。これだけ見れば、バリュー投資家ならすぐにでも飛びつきたくなるほどの低水準です。PBRでも割安の目安とされる1倍を割り込んでいます。

数値だけ見れば完璧な割安株と言ってもおかしくありません。

景気の波が直撃する自動車業界

日産ほどではありませんが、自動車業界のPER水準は落ち込んでいます。トヨタやホンダも11~12倍と、東証一部平均(約16倍)を下回ります。業界全体のPERが低いということは、投資家が業界に懸念を抱いているということです。

自動車業界は、景気の影響を受けやすい特性があります。リーマン・ショック後にはトヨタですら大赤字を計上するなど、業績が落ち込みました。景気が悪い時に、人々が自動車のような大きな出費を抑えることは明白です。

逆に、景気が良いときは業績が上向きます。北米への依存率が高い日本の自動車メーカーは、リーマン・ショック後9年に及ぶ景気拡大期で大きく業績を伸ばしてきました。日産もその例外ではありません。

今が好景気だとすると、これから起きる可能性が高いのは不景気による業績の悪化です。日本の自動車会社が大きく依存する米国の自動車販売台数は今年に入り減少に転じ、既に流れが変わりつつあります。

高い配当利回りは魅力的です。しかし、これも額面通りに受け取ってはいけません。同社は配当性向を基準に配当を行っているため、利益が減れば配当も減ってしまいます。赤字になればゼロです。継続性のない高配当は、長期投資の対象としてあまり魅力的とは言えません。

Next: 景気変動だけではない、日産が嵌まりうる2つの罠とは?



自動車会社の存亡をかける研究開発

自動車業界は、景気変動だけではない様々なリスクを負っています。特に大きいのが研究開発費の高騰です。

世の中では、電気自動車や自動運転車に注目が集まっています。テスラやアップル、グーグルをはじめとする新規参入者も多く、各社は技術開発を急いでいます。結果として、研究開発費は各社ともに右肩上がりに伸びているのです。

もし他社に先駆けて素晴らしい技術が開発できたとしても、競争はそれだけでは終わりません。新たな技術を開発したら、それをなるべく多くの人に買ってもらい、シェアを一気に伸ばす必要があることから、価格設定は無理しがちです。

電気自動車のみを販売しているテスラがいまだに赤字であるように、まだガソリン車と同じレベルの価格で勝負できるコスト環境ではないでしょう。日産も「世界で最も売れている電気自動車」リーフを販売していますが、それを売っても利益にはつながっていないでしょう。

それでも、研究開発をやめるわけにはいきません。もし、世界が急速に電気自動車に舵を切るようなことがあれば、それまで全く開発を行っていなかった会社は完全に置いていかれてしまいます。研究開発は、自動車会社としての存亡をかけた戦いなのです。

このように、一見盛り上がっている業界は過当競争が起こりやすく、利益が残らないということも往々にしてあります。話題になっている業界こそ、注意が必要だと考えるゆえんです。

長期的な成長のためには中国が不可欠だが…

日産が景気に関係なく成長する可能性があるとすれば中国です。中国はいまや世界最大の自動車販売台数を誇り、少なくとも台数争いでは中国を制した企業が圧倒的に有利となります。

そこで優位性を発揮しているのが、ドイツのフォルクスワーゲンです。どこよりも早く中国に進出したこともあり、圧倒的なトップシェアを誇ります。

日産の中国における販売台数はフォルクスワーゲンの3分の1程度にすぎません。昨年中国全体の販売台数が13.2%伸びたのに対し、日産の伸び率は8.4%しかないなど、勢いにも欠けます。

また、海外の企業が中国で自動車を販売するには、現地との合弁会社を設立しなければなりません。つまり、稼いだ利益の半分は現地企業に流れてしまうわけです。

現在、日産の中国での売上高は10%程度にすぎません。業績に貢献するとしても、もうしばらく先の話になりそうです。

Next: 数値から安直に「割安株」と判断してはいけない典型的な例



割安な株価指標は気休めにすぎない

配当利回り4.86%・PER7.98倍と、数値だけ見れば圧倒的に割安な日産ですが、詳細なリスクを検討すると決して割安とは言い難い部分が見えてきます。数値から安直に「割安株」と判断してはいけない典型的な例と言えるでしょう。

表面的な数値だけで割安・割高を判断できるのなら、これほど簡単なことはありません。もしそれが真実なのだとすれば、コンピューターが一瞬にして判断し、あなたが買う前に株価は修正されてしまうはずです。

それでも株価の修正が入らないということは、数値には現れていない理由があるからです。その理由を探ることこそが、長期投資の本質と言えます。株式投資は単なる数字のゲームではなく、投資家の思惑が複雑に絡み合った心理戦なのです。

【関連】各国がガソリン車を販売禁止へ。次の30年で自動車業界はどう変わる?=栫井駿介

北米の自動車販売がピークアウトし、新たな技術や新規参入企業が次々に現れる自動車業界は、大きな転換点に差し掛かっています。誰がその勝者となるのか、正確に予測できる人はいないでしょう。

自動車業界に身を置く会社は、いかに業界で高いシェアを誇っていようと予断を許さない状況です。「わからないものには投資しない」というバフェットの教えを貫くと、今は決して投資すべきタイミングではないというのが私の意見です。


つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年10月10日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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