不動産のプロであるはずの積水ハウスが、東京・五反田にある元旅館「海喜館」の土地取引を巡って、詐欺師グループに63億円もの大金を騙し取られた巨額詐欺事件。その黒幕は過去に、アパホテルが騙された赤坂のホテル建設用地詐欺にも関わっていたとの情報があります。メルマガ『伝説の探偵』の著者で、この件に関する調査を進めてきた現役の探偵である阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、事件の背景から黒幕の正体まで、大手マスコミでは報じられない真相に迫ります。
T.I.U.総合探偵社代表、NPO法人ユース・ガーディアン代表理事。録音の技術において国内随一の技術を誇り、NHK「クローズアップ現代」などで取り上げられる。2004年に、探偵として初めて子供の「いじめ調査」を受件し、解決に導く。以降5000人以上(2015年12月現在)の相談を受け、関係各所が動きが取れない状態であった330件(2015年12月現在)に上るいじめ案件を手がけ収束・解決に導く。自社で運営する探偵学校校長も務める。
土地所有者に「なりすました女」とは別、63億円詐欺の黒幕とは
海喜館の怪
あの積水ハウスが、土地の取引に関する詐欺で、詐欺師グループに「63億円」を騙し取られた。事件として報道されている経緯をまとめると、東京にある有数の繁華街である五反田にある土地、およそ600坪の購入をするために、積水ハウスは購入代金を70億円と定めて、先行して9割の63億円を相手に支払ったが、この相手というのが赤の他人であり、土地の所有者とは全くの別人と取引をしてしまった。
積水ハウスはこの件を平成29年8月2日に「分譲マンション用地の購入に関する取引事故につきまして」というレポートで公開し、捜査機関へ被害の申し入れと全面的な協力をすると発表した。
事件の背景
さて、事件の背景には、大手不動産業者が2020年のオリンピックに向けて、都心の一等地を買い漁っているという背景がある。オリンピック前にマンションの建設を進め、販売したり賃貸として提供することで、利益を見込んでいるとうことなのだろう。
こうした動きから、地面師グループ(不動産の取引を詐欺のネタとしている詐欺師)は、所有者のなりすましなどで、虚偽の取引を行い不動産代金を得ようと画策しているのである。この件では、まずは所有者になりすました人物がいるということだ。ただ、この人物はいずれ逮捕されるであろう要員に過ぎない。
また、所有者の高齢化もある。都心一等地など広大な土地が無造作に放置されているものの所有者の多くは高齢者であり、相続などでその土地をだいぶ前に取得しているのだ。同様に坪単価の高い土地は、取引も開発も活発であり、周辺住民も高齢化しており、長く近所に住む者も年を追うごとにす減少する傾向にあるから、所有者を知る人物が少なくなるという傾向もある。
一方で高い土地は相続税や固定資産税も高騰しているから、相続する親族は、これを相続したという手続きが遅れていることもある。
このような土地を地面師は調べ上げており、独居の高齢者が管理しているような価値ある土地を見つければ、それをネタにできないか日々暗躍しているのである。
この条件に完全に一致しているのが、東京・五反田にある元旅館「海喜館」の土地だったのだ。
Next: 「危険な調査になる」と確信
「危険な調査になる」と確信
不動産に関する調査の基本は、不動産登記簿謄本を取り寄せることだ。T.I.U.総合探偵社は法務局のネットに登録しているので、インターネット経由で登記簿を取り寄せ(ダウンロード)することができるが、一般の方でもクレジットカードがあれば会社の登記簿や公図も含めて、登記簿は入手することができる。
まず、海喜館にあたる不動産登記簿を調べてみると、昭和50年の相続を原因として平成2年になりすましをされてしまった女性が土地の所有権を持っていたことがわかる。
ここは東京都のホテル旅館の届け出もされていて、当然ここも旅館として登録されているので、その記録と照らし合わせても、この所有者と一致することから、当時は旅館営業もしていたことがわかる。
そして、登記簿では、平成29年4月24日に「IKUTA HOLDINGS株式会社」が所有権移転請求権の仮登記を行っている。その原因は、売買予約である。それと同時に、件の積水ハウスがこの売買予約によって仮登記をしている。
そして、積水ハウスは平成29年6月13日にこの仮登記を解除しており、平成29年6月24日に相続を原因として大田区に住む2人の親族が所有権移転をしたと記録されている。
これを解説すると、元々の当時の所有者はS子さんであり、「IKUTA HOLDINGS株式会社」を通じて、積水ハウスはこの土地の売買を行ったということになるのだが、この売買が法務局によって否定された。そして、所有者S子さんは死去しており親族が相続でこの土地の所有権を得たということになる。
「IKUTA HOLDINGS株式会社」(以下、I社)
不動産の登記によれば、I社は、永田町にある「十全ビル」に本店があるとなっているが、登録は「某議員」の事務所となっており、調査取材をしたが、登記上の住所を貸したのみで、この件に議員事務所が絡んでいるということは今回は確認できなかった。
ただ、そうなると、I社は実態のないペーパーカンパニーであるということになる。この点を掘り下げるには、会社の記録を登記簿ベースで追うことがまずは初歩の初歩となる。
この記録を追うと、I社は平成22年10月12日に設立されているのだが、初めは「エスラインJAPAN株式会社」という商号であった。主には、不動産の売買や仲介をその事業の目的としていたが、商号がI社に変わると、大気汚染などの研究やプラントの開発、都市開発や建設のコンサルタントなど事業の目的が増える。某議員事務所の十全ビルに本店を移転させたのが、平成27年12月1日。この時に社名をI社に変更させている。
そして、積水ハウス事件があり、なりすまし所有者であるとハッキリしただろう平成29年6月27日に、この十全ビルから恵比寿のマンションに本店を移転、さらに、同年8月14日には元赤坂ビル9Fに移転させている。ここはテレフォン秘書センターであり、いわゆるバーチャルオフィスである。当然にここには、I社に電話を取り次ぐだけの秘書しかいないのだ。
そもそも、積水ハウスほどの会社が、このような実態のない会社に取引の間をとり持たせるとか、売買金額70億円ともなるものにかかわらせるということ自体極めて不可思議である。
特に十全ビルは普通では絶対に入居はできない。衆議院議員会館と参議院議員会館の真裏にあるビルで、入居しているのは有名政治家や有名企業オーナーなどが理事を務める団体ばかりであり、ビルオーナーは年季の入ったその世界では有名な人物なのだ。この時点でかなり危険な調査になるだろうと確信したのはいうまでもない。
Next: 「なりすました女」の潜伏先
なりすましをやった人物「池袋のK」
ネットでこの事件を調べると70代の「海喜館」のオーナー女将に化けた人物がいるということであり、パスポートも黒塗りながら公開されていた。さらにこの人物は、不動産業界では有名な超危険人物である「池袋のK」であるという。
そこで、私は事件関係者に話を聞き、このなりすまし犯についての情報を得た。そしてわかったことは、私が以前に「不動産オーナーであると、精巧な偽造証明書を使って、金融機関からお金をだまし取ろうとした」事件の調査対象者にそっくりだということ。
そして、「海喜館」積水ハウス事件では、印鑑証明書までも提出されているということもわかったのだが、状況から考えると、まずはパスポートの偽造を行い、これに基づいて印鑑登録を変更させているであろうということがわかったのだ。
詐欺師の世界ではこのような偽造物を精巧に作る職人を道具屋と呼ぶが、こうした偽造物は本物が使う紙を使用したり、中にはICチップまでも偽造したりするから、それこそ本格的にチェックする以外、これを見破るのは極めて困難なのだ。
ただ裏の世界で確認調査を進めると、やはり私が以前にあげたことのある人物がこのなりすまし犯であることが判明したのだ。そして、今まさに逃亡中であることも併せてわかった。ある程度の資金をつけて地下に潜った詐欺師は拠点移動を頻繁に行うため、見つけ出すのは極めて難しい。
そこで、私は道具屋のAに話を聞くことにした。Aは、自分のところではないがと断りを入れてから、なりすましの女性は、新たに偽造のパスポートを手配し、しばらく身を隠すと言っていたということだった。
事実、このなりすまし常習犯とも言える高齢女性が縄張りとしていた東京北部に関しては、彼女を見かけたという証言はなかった。高飛びをして海外にということも考えられたが、どうやら、そこまでの資金を使うのはリスキーであると考え、国内に潜伏している。
というのも、この件でなりすまし女性が手にした金額は、数千万円単位ではなく数百万円程度という情報も得たからだ。逃亡資金としてはあまりに乏しい。つまりは、トカゲの尻尾切りで、確実に逮捕される役割、逮捕要員なのだろう。
積水ハウス側
積水ハウス側は、この件は刑事事件として被害を届け出ているからと沈黙を貫くが、唯一公表したことは、この件に関わった責任者が自殺をしたという噂は、そうしたことはないということであった。
しかし、上場企業でもある「積水ハウス」ともあろう不動産のプロが、ここまで杜撰な取引を行ったことは、誰が見ても不自然さが残るのだ。実際、「海喜館」周囲のお店などで確認を行えば、すぐに本人ではないと見抜けたはずなのだ。ところが、足を使った調査活動は、どこにいっても確認できない状況であったから、十分な調査を蹴飛ばして、取引を強引に進めた、ということがわかる。
それにしても、ほとんど調査をしていない上に、所有者のS子さんではない人物と取引をしてしまったということを認知したのは、仮登記をしてしばらく経ってから、土地の測量を始めて「海喜館」の周辺にパイロンなどを起き始めてから、S子氏側の弁護士に阻まれてからなのだ。
その様子を近くで見ていた近所の住人によれば、積水ハウスの担当者は真っ赤な顔をしながら、「この人S子さんですよね?」と確認を取ってきたそうだ。「違うよ」と答えると、みるみるうちに顔面が蒼白になり、その場で呆然としていたということであった。
Next: そして図られる「幕引き」
そして図られる「幕引き」
この件では、様々な詐欺師が絡む。過去、赤坂のホテル建設用地詐欺でAPAホテルが同様に騙されたという事件に関わっていた人物もこの件には登場していた。私は彼を関係者として話をさせたが、すでに半数は、東南アジアに逃亡しているということであり、お金も溶けているということであった。どのようにやっても63億は消えて無くなってしまっているし、仮にあっても名義人が違う名目のお金にしてしまっているというのだ。
もはや、生贄は用意されており、肝心の騙し取られたお金は巧みに逃れるべき場に逃げてしまっている。旧知の捜査関係者は私に言った。
「なりすまし女が逮捕された時点で、幕引きだな」
当分、不動産に関する詐欺は横行することになるだろう。
※本記事は『伝説の探偵』2017年9月9日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『伝説の探偵』(2017年9月9日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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