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なぜ日本はトランプの為替批判に「お前が言うな」と怒れないのか?=大前研一

トランプが日本の為替操作を批判していますが、金融緩和という名の為替政策で先頭を走ってきたのはむしろ米国。日本とすれば今さら調子の良い事を言うなという話です。(『グローバルマネー・ジャーナル』大前研一)

※本記事は、最新の金融情報・データを大前研一氏をはじめとするプロフェッショナル講師陣の解説とともにお届けする無料メルマガ『グローバルマネー・ジャーナル』2017年2月8日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に定期購読をどうぞ。
※2月5日撮影のコンテンツを一部抜粋してご紹介しております。

プロフィール:大前研一(おおまえ けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長。マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997~98)。UCLA総長教授(1997~)。現在、ボンド大学客員教授、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役。

トランプ「日本叩き」の黒幕、ピーター・ナヴァロのここがおかしい

トランプ大統領が実行する、規制緩和方向への「金融行政の転換」

トランプ大統領は3日、オバマ政権が金融規制改革法ドッド・フランク法の下で強化した金融規制を、抜本的に見直すよう指示する大統領令に署名しました。金融機関の負担を減らし、融資しやすくする方向で規制緩和を検討するもので、金融危機の再発防止を最優先にしてきた金融行政を転換することになります。

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これは効果が出てくるのに時間がかかります。リーマンショックの後かなり規制をきつくしたものを、撤廃しようと言うのです。証券業務と銀行業務を分けるグラス・スティーガル法はアメリカでは廃止されましたが、それについては復活させようとしています。

今、金融関係の株が大きく上がり、皆が有頂天になっていますが、もう少し細かい事が出てこないとこれが良いとも悪いとも言えません。ただ株を煽って上げていくには良いことだと言えます。しかしこの規制は、リーマンショックの時のような、イカサマな商品を売りまくって、最後にはみんながひっくり返ったようなことの再発防止のために導入したもので、それを取っ払ってしまおうというわけなのです。

好きなようにどんどん貸し出せるので、安易な景気対策にはなるものの、それが長期的にどのようなマイナスの影響につながるのかということは、すぐには見えないものなのです。これについては即座に善し悪しを判定するのは非常に難しい、そういった部類の大統領令であると言えます。

またトランプ大統領は先月31日、「日本が長年、何をしてきたかを見ろ」と、日本や中国が為替操作して通貨安に誘導していると述べ、日本の為替政策を批判しました。10日に行われる日米首脳会談でも、貿易政策に加え、為替政策についても問題提起される可能性があります。

これはカリフォルニア大学アーバイン校のピーター・ナヴァロという、経済関係の一番上位の委員会のまとめ役をやっている人物が関わっています。彼は、Death by China、つまり、中国によってアメリカが殺されるという本を書いたり、映画を作ったりしています。

ピーター・ナヴァロ氏の主張に潜む見逃せない問題点

彼の言い分は少しモデルが古く、製造業を前提にしています。中国は当然為替を操作していて、日本もアベノミクスによって為替を操作しているとし、これによって円安が進み、日本企業の輸出競争力がついていると主張しています。

円安が進んだのは一部事実ではありますが、競争力の面から見ると日本は現地生産が多いので、アメリカにはもうそれほど輸出していないのです。したがって、為替の円安でつけた競争力の分だけ輸出しているかというと、そういった産業はもはやあまりないのが現状です。

一方、安倍黒(安倍首相・黒田日銀総裁)が為替を円安の方向に振り、日本の景気を良くして、株も高くして、GDPの2%成長を達成しようとしたことはまちがいないので、それを為替操作だと言われるのは、日本としては冗談だろうという印象です。しかしピーター・ナヴァロという人はそういう考えの人なのです。

そして、実は同様のことを今度はドイツに対しても言っているのです。ドイツは本来、ドイツマルクであれば日本と同じように強くなったはずなのに、弱い国々と一緒にユーロになったので、ユーロ圏の弱い国で自分の強さを薄めて、結局ユーロは弱くなっている、その弱さをもってドイツの競争力につなげている、その意味で為替操作だと言うのです。

そして彼はさらに突っ込んで、ユーロを解体しろドイツはユーロに入るな弱い奴と一緒に化けるななどと主張するのです。そのような議論で、ユーロ解体という話となると、やはりヨーロッパとの間では死闘になってしまうでしょう。

たまたまBREXITフランス選挙、そしてドイツの選挙という時期です。アメリカからユーロ解体を言われているとなると、選挙民もこの流れに乗って、ル・ペンのような人が勝ってしまう可能性もあります。彼は他国に対して極めて危険なことをやっていると言えるのです。ここに大きな問題があるのです。

しかし、もともと日本が安倍黒政策に向かった理由は、アメリカがQE1、QE2、QE3と、超金融緩和を三回に渡って行い、ゼロ金利にもって行ったのを真似しただけなのです。今アメリカは緩和が終わって少し金利を上げ始めているので、今になって調子の良いことを言うなという印象です。アメリカこそ、緩和で為替政策の先頭を走ってきたのではないかと、はっきり切り返せる人間を送らないとだめなのです。

ですから、今は行くべきではないのです。今行くと、飛んで火に入る四人様ということになるのです。まさに、鴨がネギを背負ってきたという状況です。今のようなことを全部わかって、アメリカに切り返せる人間はなかなかいないでしょう。

Next: トランプ以外のもう1つの懸念。欧州がイタリアから崩れ始めた



【イタリア】BREXITの裏で進行したイギリス経済の悪化

日経新聞は先月31日、「イタリア国債 売り再燃」と題する記事を掲載しました。イタリアの10年物国債利回りは約1年半ぶりの高水準に上昇しました。これは前の週にイタリア憲法裁判所が示した判断を機に、選挙制度改正早期の総選挙実施が意識され始めたことを受けたものです。

30日にはイタリアの銀行最大手ウニクレディトが、2016年末の自己資本比率が欧州中央銀行の要求を満たさない可能性があると発表しており、次の政治リスクの震源地はイタリアになりそうです。

これはまさに、トランプ旋風、BREXIT、フランス選挙などと言っているときに、実はイタリアで問題が進行していたということです。イタリアでは金融機関1位と3位が非常におかしなことになり、今までは3位の銀行が騒がれていたわけですが、イタリア最大のウニクレディトもおかしいとなり、国債の売りにつながったのです。

リスクとしてイタリア国債を売り抜けることに走り始めているわけで、この時点でドイツがもう少し安定していれば良いのですが、ドイツでもドイツ銀行がヨーロッパ最大のリスクになってしまっているという状況です。支えるものがなくなってしまっているわけです。アメリカに気をとられている間に、ヨーロッパの方がイタリアから崩れ始めているのです。

以前はギリシャでしたが、ギリシャが崩れてもたかが知れています。ギリシャとイタリアではオーダーの桁が変わるのです。そしてスペインやポルトガルも似たような状況となってきて、ヨーロッパがずるずると崩れてしまう可能性がドバイ危機の頃からありました。

それが今ここにきて再び、10年債利回りが急激に上昇して問題が再燃してきているのです。不良債権比率ではイタリアは欧州主要国の中で第5位ですが、その他の上位の国の規模はたかが知れています。イタリアはやはり大国なので不良債権比率が15%は大き過ぎるのです。

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グローバルマネー・ジャーナル』(2017年2月8日号)より抜粋
※記事タイトル、太字はMONEY VOICE編集部による

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