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「第2の電通問題」を回避する方法。日本のサラリーマンを殺すな!=斎藤満

長時間労働の弊害を回避するために表向きの残業時間を制限しても、いくらでも抜け穴はあります。日本から過労死をなくすには「市場のチェック機能」の活用が欠かせません。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年2月20日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

「従業員の健康に金をかけるほうが安上がり」な日本を目指せ

抜け穴だらけの「働き方改革」

政府は14日に働き方改革実現会議を開き、残業時間の制限を設けて長時間労働の弊害を回避し、同一労働同一賃金のもとに、格差の是正を図る方向で検討を進めています。

この会議には、政府の他、経営者や学者、エコノミストも参加しているのですが、全体の印象は企業が受け入れ可能な範囲で、残業時間の制限や格差是正を制度化しようとしているように見えます。

しかし、この方向で議論を進めても、「第2の電通」問題は回避できないのではないか、との感触を持ちます。政府がいくら旗を振っても、最後は企業の対応にかかっている面があり、それは制度では律しきれないものがあります。

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1つ、この会議の議論に欠けている視点があります。それは個々の企業がどんな「ソフト」を提示するか、そしてこれを労働者や市場が評価、選択する構図です。

表向きの残業時間を制限しても、企業内の評価制度によっては、労働者は仕事を家に持ち帰ってでもやらなければならなくなったり残業しても「勉強のため」として時間外をつけなかったりとか、いくらでも抜け穴があります。

最終的には、企業と労働者との間の契約・評価制度に、働き方や労働者の健康管理を取り込んでゆく必要があります。そして、さらにそれだけでは不十分で、企業が提示した働き方を、労働者や市場が評価し、企業経営者に修正意欲を与えるような力が必要です。

1つは、企業の業績、成果に反映され、それが市場から株価や様々なレピュテーションとして評価されるようになることが必要で、さらにこれを見て労働者がより働きやすい企業に移動できる市場の「流動性」が必要です。

労働条件の厳しい企業では、病気になって長期休暇を取る労働者が増え、労働者のモラル低下で生産性が低下し、労働者の流出で雇用の補てんコストがかさみ、最終的には利益が上がらなくなります。株価にも反映されます。それを市場や業界アナリストが、雇用環境の劣悪さが原因と認識し、経営に圧力をかけることです。

これが芳しくない企業では離職率が高まり、社会的評価にも表れ、企業は新規採用、中途採用が困難になります。こうした市場のチェックが働くようにすれば、政府が法的な縛りを設けなくても、企業が率先して労働者の処遇を改善せざるを得なくなります。労働災害を起こす企業は、業績悪化、株価下落などでチェックされるからです。

労働移動の活発な米国では、企業が積極的に従業員向けの投資を増やしています。企業からすると、優秀な労働者が流出してしまうと、その穴埋めに多大な時間とコストがかかるだけに、彼らに機嫌よく働いてもらい、離職率を下げるために「ウエルネス投資」(病気のイルネスの反対語です)を積極的に行っています。

Next: 日本の「企業戦士」を戦死させないために、政府が今やるべきこと



日本の「企業戦士」を戦死させないために

日本ではまだ会社に忠誠を誓う企業戦士が多く、企業が無理を言ってもかなり通ってしまう面がありますが、それでも若い世代では「ジョブ・ホッピング」(転職)が増えてきています。

米国では25-34歳の人で、1企業への平均滞留期間は3年、20-24歳では1年3か月にすぎないと言います。これはいずれ日本にもやってきます。

ほかの企業でもやっていける優秀な人ほど流出しやすく、能力の低い労働者ばかり残った企業の業績は当然落ちます。そのコストと、優秀な人材を引き留め、さらに集めるために、社会的評価を高める「ウエルネス投資」を増やすのと比較すれば、従業員のために金をかける方が安上がりとなります。

米国では社内カフェテリアの他に、社内ジムを設けるところもあり、職場にチームをつくり、チームごとに健康増進競争をさせ、優勝チームに賞金を授与したり、社内運動会を復活させたりする企業もあるようです。金をかけなくても、ドレス・コードを緩和して、自転車通勤を可能にしたり、昼休みに散歩をしやすい服装に変えるだけでも違います。

企業によっては、トップが率先して階段を利用し、エレベーターを使わないようにしているところもあり、健康増進に貢献している話も聞きます。

日本は企業が利益を上げても、それを労働者に還元せずに内部留保に蓄積したものが370兆円もあります。これを直接賃上げなどに使うと固定費を高めてしまう面があるので、せめて従業員の仕事環境改善や健康増進のための投資に回すことを考えてはどうでしょうか。政府はそうした企業に税金面で恩典を与えるなどのインセンティブを与えればよいのです。

残業時間を年に720時間に抑えるとか、サブ-ロク協定を厳格に運用するとかというレベルの議論をしていたのでは、いつまでも従業員の健康や幸せへの到達は見えてきません。企業経営者の従業員、職員への気持ちの持ち方を改革する必要があり、それを促すような市場のチェックが働くようなシステムが必要で、そのためには労働者の移動も前提となります。

そのためには、まず政府の「働き方改革会議」の改革から取り組む必要があります。
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マンさんの経済あらかると』(2017年2月20日号)より抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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