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もしもユーロがなかったら?欧米メディアが生み出した「不誠実なギリシャ」の虚像=矢口新

『生き残りのディーリング』矢口新氏の解説、ここがポイント
・「ギリシャは不誠実な国」という主要メディアの論調はアンフェア
・ギリシャはIMF主導の緊縮策によりプライマリーバランスを均衡させた
・ところが緊縮によりGDP成長率が低下し、政府債務はGDP比で逆に拡大
・ユーロに参加し独自の金融政策がとれないことが、ギリシャ困窮の主因
・“緊縮家計”による財政健全化を図る日本は、同じ間違いを犯しつつある?

「不誠実なギリシャ」の虚像 次はIMFが痛みを受け入れる番

皆さんはギリシャ問題をどう捉えているだろうか?英文メディアの主流の見方は、ギリシャがIMFや欧州中銀などから金融支援を受けているにも関わらず、元利金返済や支援条件に対して、十分な誠意を見せていないというものだ。

また、ギリシャ人の能力や勤勉さについても、しばしば債権者が債務者に対して「上から目線で」評価するように、ダメ出しする論評も見受けられる。

私は、ギリシャがユーロに参加したことで、独自の通貨金融政策を失ったことが、ギリシャ困窮の主因だと見ている。このことは、これまでにくどいほど述べてきたので、ここでは繰り返さない。

ここに至ってようやく、「IMFは『双方に痛みを伴う決断、公約が必要だ』と主張するが、ギリシャは既に痛みを伴う決断、公約を履行した。次はIMFが痛みを受け入れる番だ」というコメントを目にした。要点を抄訳する。

2010年5月にギリシャ政府は、当時のGDPの16%に相当する規模の財政赤字削減策に同意、その結果、2014年の基礎的財政赤字はゼロと、GDP比10%から大幅に改善、他のどのユーロ圏諸国も達成できない削減幅を達成した。

IMFのチーフエコノミスト、オリビエ・ブランチャード氏は、ギリシャが当時合意した、「中央、地方政府の歳出削減、最低賃金の引き下げ、公共事業の大規模な民営化、労組団体交渉の禁止、年金支給の大幅削減」などにより、ギリシャの財政収支は黒字化し、政府債務が削減されるとした。

しかし、緊縮財政策で確かに基礎的財政収支は均衡したものの、GDP成長率が下げ続けたために、分母の縮小により政府債務のGDP比は逆に拡大し続けている。

IMFや他の債権者たちは、大幅な緊縮財政による雇用減、税収減、賃金低下、年金支給減額、公共サービス低下といった悪影響は一時的、かつ限定的なものと主張していたが、実際には悪化の一途を辿っている。

しかし、ブランチャード氏は方針を転換するどころか「ギリシャ人はどうして年金改革をそこまで拒む?年金と賃金は政府支出の75%を占めている。他の25%はこれ以上削減できないところまで削減した。年金支給はGDPの16%に達し、うち政府支援はGDPの10%近くにもなる。ギリシャは年金支給を大幅に引き下げ、少なくともGDP比15%以下にする必要がある」と述べた。

つまり、IMFはギリシャが年金以外は骨しか残らないところ(cut to the bone)まで削減し尽したと認めながら、すでに多くのケースで40%以上も削減している年金支給を、ここしかないから削減しろと迫っているのだ。

確かに、年金支給はGDP比16%に達しているが、これはギリシャのGDPが2009年から25%も縮小しているためで、5年間の過度な緊縮財政が強いられていなければ、ギリシャのGDPの規模は現状の33%程度大きく、年金支給は(分子の縮小、及び分母の拡大で)GDP比12%に低下していたと単純計算できる。

ブランチャード氏は「双方に痛みを伴う決断、公約が必要だ」と主張するが、ギリシャは既に痛みを伴う決断、制約を履行した。次はIMFが痛みを受け入れる番だ。

出典:The IMF’s “Tough Choices” on Greece

Next: もしもユーロがなかったら?ギリシャにとってEUが足枷になる理由


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もしもユーロがなかったら?ギリシャにとってEUが足枷になる理由

前ページのコメントは引用の引用だ。最初に引用したのは、金融市場関係者が日頃から情報ソースとして重視しているブルームバーグ紙だ。

ブルームバーグは上記の記事に触れながら、以下のようなコメントを載せた。要点を抄訳する。

もしも、1929年に国際連盟で通貨統合の提案がなかったらなら?

もしも、1995年12月にジャック・ドロールが、ECUに代えてユーロを本格導入する大きなステップを踏み出さなかったなら?

もしも、ギリシャが通貨統合に参加しなかったなら?ギリシャ・ドラクマの下落により、世界はギリシャの輸出競争力を高めていたことだろう。

現実を直視してみよう。ユーロの大まかな成立の1999年から、2013年までに、ギリシャの1人当たり実質GDPは1%以下の伸びだった。一方で、ドイツは19.4%増加した。

もちろん、2014年と2015年でその差は更に拡大している。1981年に、1人当たり実質国内生産の、ドイツとギリシャの差額は8102ドルだった。それが2013年には2万0976ドルへと拡大した。ギリシャの失業率は1999年から2015年までに、11.4%から25.6%へと倍増した。ドイツでは8.8%から驚くなかれ4.7%にまで低下した。

出典:What Things Might Be Like If Greece Had Never Joined the Euro

通貨安は国際競争力の上昇につながるので、しばしば自国通貨安政策を採る国が現れる。

一国の通貨安、競争力の上昇は、他国の通貨高、競争力の低下につながるので、しばしば通貨戦争と呼ばれる事態となる。そして、為替操作国と認定されれば、他国から経済制裁を受けることにもなる厳しいものだ。

時々耳にする当局者、関係者による自国通貨安懸念の発言は、通貨安に総合的な実害があるというよりも、通貨安を放置することで、他国から経済制裁を受けるようになることを懸念していると理解した方が正確だ。

ギリシャの場合は、独自の通貨がないので、どんなに困窮し、赤字が膨らみ、信用力が下がっても、ユーロ安には直結しない。ギリシャ問題が、ユーロ圏全体の問題と捉えられて、悪影響が懸念されてからユーロ安となる。

もしも、ユーロがなかったなら、あるいは、ギリシャ国民がユーロへの参加を国民投票で否決していたなら、私はギリシャ危機はギリシャ政府による金融緩和、通貨安、財政出動などで乗り切ることができ、従って、IMFからの支援と緊縮政策、資金調達規制などを受け入れることもなく、「中央、地方政府の歳出削減、最低賃金の引き下げ、公共事業の急速な民営化、労組団体交渉の禁止、年金支給の大幅削減」もなかったと見ている。

Next: ギリシャと同じ間違いを犯しつつある日本の、放漫財政と緊縮家計


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同じ間違いを犯しつつある日本の、放漫財政と緊縮家計

ギリシャ問題は他人事ではない。ユーロ圏の各国は、どの国も独自の通貨金融政策を持たない。これは、ユーロ圏の通貨金融政策は、発言力の最も強い所が事実上取り仕切ることを意味している。

私はユーロが成立する前から観察し続けているが、欧州中銀の政策はドイツの経済情勢を最も強く反映している。

日本にとっても他人事ではない。ギリシャの政府債務のGDP比は世界2位で、177%だが、日本のそれは246%とはるかに高率だからだ。GDPの規模を鑑みると、日本を支援できる国や国際機関はどこにもない。

そして、日本の場合は、増える一方の政府支出を削減する手段として年金支給年齢の引き上げ、支給額の引き下げを行い、収入を増やす手段として増税を行っている。インフレ政策を加えると、日本は緊縮家計により財政健全化を図っている

日本経済の最大のエンジンが個人消費であることを鑑みると、IMFがギリシャに行ったのと同じ「間違い」を犯しているように思える。

相場を知る・より安定した将来設計のために』(2015年6月22日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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