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溶けた年金7兆円。GPIFの「分散投資」が逆効果になったワケ=元ファンドマネジャー・近藤駿介

世界同時株安の影響で、公募投資信託の8月の運用損失が5兆6718億円に拡大したことが報じられています。これについて、元ファンドマネジャーの近藤駿介氏は、「公的年金(GPIF)が公募投信以上の損失を受けていることは想像に難くない」としたうえで、「分散投資」を進めるほど「分散効果」が得られなくなる、ゼロ金利下の資産運用リスクを指摘しています。

GPIF、5四半期かけ積み上げた運用収益の約4割、7兆円を喪失か

公募投信を18.31%上回る、公的年金の株式構成比

中国の人民元切り下げに端を発した世界同時株安の影響が、投資信託の8月の運用損失が1ヶ月で5兆6718億円に達するという形で表れました。

この株価の下落により、5月に100兆円の大台を突破した純資産総額も4ヶ月ぶりに大台を割り込み、96兆6387億円となりました。

投資信託協会は11日、公募投資信託の8月の運用損失が5兆6718億円(7月は3218億円の損失)に膨らんだと発表した。損失額はリーマン・ショック直後の2008年10月(10兆3181億円)以来、約7年ぶりの高水準。株安や円高で運用が悪化した。
出典:公募投信の運用損失5.6兆円 8月、7年ぶり高水準 :日本経済新聞

投資信託が大きな運用損失を出したことが明るみになったことで懸念されるのは、公的年金です。公募投資信託の純資産は100兆円強ですが、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用資産額は6月末時点で141兆円と、公募投信の1.4倍の規模になっていますから、投信以上の損失を受けていることは想像に難くありません。

さらに、公募投資信託の内外株式構成比が27.4%であるのに対してGPIFのそれは45.71%(国内株式23.39%+外国株式22.32%)と、公募投資信託を18.31%も上回っています。

そしてGPIFが運用のベンチマークとしているTOPIX(配当込)は8月に▲7.36%下落している上、外国株式のベンチマークも円ベースでは9%以上下落している可能性がありますから、GPIFは内外株式だけで投資信託とほぼ同額の損失を出していてもおかしくありません。

さらに、内外債券のパフォーマンスも円高により円ベースのベンチマークが▲1.73%悪化していますから、内外債券投資でも1兆2000億円程の損失が出ている可能性があります。

こうしたことから言えることは、GPIF運用資産合計では8月1ヶ月の間に7兆円程度の損失を出した可能性があるということです。

GPIFは2014年度に15兆2922億円、2015年4-6月期に2兆6489億円、合計18兆円ほどの運用収益を上げていますが、8月1ヶ月でこの5四半期に得た運用収益の約4割を失った計算になります。

さらに、9月になってからはに外債はほぼ横這いですが、日本株は約▲3.7%下落、外国株式も円ベースでは▲1.5%ほど下落していますから、運用損失は8月末からさらに1.5兆円ほど増えている可能性があります。

GPIFは昨年から有識者の意見を取入れ、内外株式の組入れを増やす形で「分散投資」を進めてきました。その結果、確かに表面的な資産構成の上では「分散投資」が進みました。

しかし、「分散投資」を進めたことが、8月1ヶ月で5四半期かけて積み上げてきた運用収益の約4割を失うという不幸な結果を招くことになりました。

Next: ゼロ金利のジレンマ~「分散投資」で「分散効果」が得られない理由とは?


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ゼロ金利のジレンマ~「分散投資」で「分散効果」が得られない理由

「分散投資」がリスク低減効果を発揮するのは、投資対象資産が逆の動き(逆相関)をする時です。

しかし、主要国の政策金利がゼロ金利状態となり、長期金利も0.5%を下回る水準にある環境では、株価下落に伴う損失を債券価格の上昇で埋め合わせるのは困難なのが現実です。日本の新発10年国債利回りは0.4%前後ですから、常識的に考えれば債券価格の上昇は0.4%分しかありません。

ゼロ金利下での資産運用の最大のリスクは、債券利回りが限りなく0%に近づいたことによって「分散効果」が期待できなくなっていることです。

株価は可能性として20%、30%下落することはあり得ますが、利回りが0.4%程度の債券は0金利になったとしても価格は計算上3.2%程度しか上昇しません。

つまり、株式と債券が統計上逆相関であったとしても、利回り低下に限界が見えている債券には株価下落を埋め合わせることはできないということです。

実際に8月には日本株は▲7.36%下落したのに対して、国内債の収益(価格上昇とインカムゲインの合計)は2%に留まっています。6月末時点でGPIFは国内株式22.0%に対して国内債を39.4%ですから、債券価格の上昇によって埋め合わせることができた国内株式の損失は、発生した損失全体の半分程度だった計算になります。

こうした「分散効果」が十分であったか否かの評価は何を優先するかによって異なりますが、GPIFが目指している基本ポートフォリオは、国内債35%、国内株式25%ですから、今後「分散投資」を推し進めていけば行くほど、株式の下落を債券価格の上昇で埋め合わせられることは難しくなっていくことは確かです。

日本国民が直面する“二重のリスク”

金利が限りなく0%に近付くということは、債券という安全資産だけでは必要な収益を確保できないということです。こうした収益面での現実が株式を増やす形で「分散投資」を進めるという運用方針を正当化し、強調して報じられています。

しかし、それに伴って「分散投資」を進めれば進めるほど、株価が下落した際には「分散効果」は発揮されなくなっていくという負の現実は全く語られることはありません。

「分散投資」というもっともらしい言葉を持ち出し「分散効果」が発揮されないポートフォリオに突き進んでいることを、もっと国民に正しく伝えるのが運用の専門家の責務であるような気がしてなりません。

「分散投資」を進めるという名目でGPIFが日本株の投資を増やすとことで日本株に対する上昇期待が高まるのと同時に、政府が率先して「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げて投資促進をはかったことで、投資信託の純資産残高は100兆円を突破するまでになりました。

今月開催するセミナーでもお伝えするつもりですが、こうした公的年金と個人投資家が相乗りする形での強気相場、投信ブームの恐ろしいところは、株価が下落したら個人投資家は自らの資産を失うのと同時に、将来年金を受け取れる可能性も低下することです。

こうしたリスクがあることは、なぜか政府も専門家・有識者も一切触れることはありません。もしこうしたリスクに気付いていながら伝えていないとしたらそれは忌々しきことです。また、こうしたリスクに気付いていないとしたら専門家・有識者と称されている方々は皆似非だということになります。どちらにしても個人投資家にとっては不幸なことでしかありません。

近藤駿介~金融市場を通して見える世界』(2015年9月13日号)より一部抜粋、再構成
※太字はMONEY VOICE編集部による

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