ロシアのシリア空爆は地中海やカスピ海の潜水艦や艦船の参加を伴うもので、半端なものではなかった。そこまでしてテロに報復し、アサド政権を守る隠された理由は何か。ロシア国内へのテロ波及を未然に防ぐ、NATOの足並みを乱すといった副次的効果だけでは到底説明できない。(『投資の視点』真殿達)
筆者プロフィール:真殿達(まどのさとる)
国際協力銀行プロジェクトファイナンス部長、審議役等を経て麗澤大学教授。米国ベクテル社とディロン・リードのコンサルタント、東京電力顧問。国際コンサルティンググループ(株アイジック )を主催。資源開発を中心に海外プロジェクト問題への造詣深い。海外投資、国際政治、カントリーリスク問題に詳しい。
新ロシア・トルコ戦争~クルド族とガスパイプラインを巡る戦い
ロシアのシリア空爆で浮きぼりになった関係国の敵味方関係
世界は中東を軸に複雑化している。テロ、難民、ISIS、ウクライナ、EUと新興国経済不振、弱含みの続く国際商品市況等、多くが中東絡みだ。
その理解には複眼思考が求められる。ところが、ロシアのシリア空爆開始以降、国際関係の変数が増え複雑化したはずなのに、逆に絵解きは簡単になった。
関係国の戦略上の思惑がこれまで以上に露骨に見え始めたのである。
ロシアが1500キロメートル以上離れたカスピ海の戦艦や地中海に展開する原子力潜水艦から狙いを定めてシリア反政府勢力に巡航ミサイルをぶっ放せば、シリアの様々な反政府勢力と関係国の敵味方関係がはっきり色分けされる。
トルコとISISとの関係を見てみぬふりをしてきたアメリカも中途半端な対応を取れなくなり、ギアを上げてISISを空爆する。地上軍を派遣したくないアメリカには反アサド反ISIS勢力、つまり、クルド族と組む以外の選択肢はない。
テロに立ち向かわなければならないEUはロシアのシリア空爆を歓迎する。
トルコにとってはISISよりもシリアのクルド族が元気づくことの方が問題である。1000万人以上のトルコ国内クルド族がシリアのように反政府活動に走れば、トルコの現体制は崩壊し、下手をすれば内戦に及ぶ。
徹底したトルコ化教育の成果で、クルド語を話すクルド族はトルコにはもういない。クルド問題を外国に指弾されても全員がトルコ人だといって頬かむりできた。アメリカもNATOの加盟国トルコをクルド問題で困らせたくはなかった。なのに――。
第1次世界大戦後のトルコ帝国分割で、クルド族の居住地であったメソポタミアからイランにかけての地域はトルコ、シリア、イラク、イランに分かれ総勢2500-3000万人のクルド族の国家形成はならなかった。
しかし、もしトルコで独立運動が起きれば、そしてシリアのクルドと結びつけば、その先はわからない。クルド問題は中東の火薬庫でもある。
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プーチン真の狙い、ガスパイプラインを巡る攻防
ロシアのシリア空爆は地中海やカスピ海の潜水艦や艦船の参加を伴うもので、半端なものではなかった。そこまでしてテロに報復しアサド政権を守る隠された理由は何か。
ISISのロシア国内への波及を未然に摘む、クルド族を巡ってアメリカとトルコの利害を衝突させ、NATOの足並みを乱すという副次的効果を加えても到底説明できない。
ロシアがどうしてもアサド政権を守らなければならないと考えたのは、欧州のガス市場でのロシアの独占的権益を守らなければならないからだ。
ロシアには、親米反アサドのカタールが計画しているカタール⇒サウジ⇒ヨルダン⇒シリア⇒トルコ経由のパイプラインによる欧州向けガス供給を何としても抑える必要がある。
同様に、カタールパイプラインと競合する形で計画されているイラン主導のイラン⇒イラク⇒シリア(ラタキア)⇒トルコ沿海の地中海底パイプラインも棚上げさせなければならない。
どちらも交通の要衝シリアを経由しないと完成しない。
アサドがいる限り、両パイプラインはできない。そうすれば、ロシアが独占してきた欧州向け天然ガス供給には誰も挑戦できない。
逆に、2つのパイプラインが完成すれば、トルコはガス輸入をロシアからカタールとイランに切り替えることができるばかりか、莫大な欧州向けパイプライン通行料が転がり込むことになる。
ロシア・トルコ間のこうしたガスを巡る水面下のせめぎ合いこそ、トルコ空軍によるロシア機撃墜の背景ではなかったのか。
改めて、古くからの地政学上の要衝シリアの重みを思い知らされる。アラビアンナイトに頻繁に登場したダマスカスはこの国の首都なのだ。
『投資の視点』(2015年12月15日号)より一部抜粋
※記事タイトル、本文見出し、太字はMONEY VOICE編集部による
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