マネーボイス メニュー

「逆石油ショック」が発生するメカニズム~原油下落の何が問題か?

石油ショックとは、原油価格が高騰することで、世界経済がダメージを受け、景気後退に陥る事態を指す言葉と考えられてきました。しかし、今回は、初めて原油価格が大きく下落することで世界経済が景気後退に陥る「逆石油ショック」が起きる可能性があります。石油価格は急騰する時だけでなく、急落しても世界経済にショックを与えるのです。(『マンさんの経済あらかると』)

一般常識に反する「逆石油ショック」が起きてしまう理由とは

単純化したモデルで考えると

逆石油ショックは従来の「常識」には反する見方です。原油価格高騰は、いわば産油国による世界への増税であるのに対し、価格急落は逆に減税だから世界に恩恵となる、との見方が主流になっています。

しかし、価格急騰後の急落(2008-9年など)という短期的な場合はともかく、1年以上の長期間価格が急変すると、下落でも経済にショックをもたらす可能性があります。

WTI原油先物 月足(SBI証券提供)

単純化するために、モデルとして産油国Aと消費国Bの2つだけの世界を想定し、それぞれがGDPを5ドルずつ生産し、世界GDPは10ドルというケースを考えてみましょう。

ここで産油国が石油価格を引き上げ、所得が消費国Bから産油国Aに大きく移転し、所得がAで9ドル、Bが1ドルになったとします。

消費国Bは最初のうちこそ借金をして2ドルのGDPを生み出しますが、次第に1ドルに収斂していきます。一方、突然所得が9ドルに増えた産油国Aは建設などを増やしてGDPを6ドルに増やしますが、使いきれずに残りをオイルマネーにため込み、B国の国債購入に使ってしまいました。両国のGDP合計は最初8ドルに、そして翌年には7ドルに低下します。

これが石油ショックの典型ですが、石油価格急落でも同じようなことが起きます。

産油国Aの所得は石油価格急落で5ドルから1ドルに減り、その分消費国Bの所得は9ドルに増えました。B国では自動車販売が増えたものの、所得増のかなりの分が貯蓄に回りGDPは6ドルに高まっただけ。A国はオイルマネーを取り崩して当座は2ドルのGDPを生産、世界GDPは8ドルになります。

結局、価格上昇も下落も、所得の分配を大きく変え、その分が完全に支出の増減で相殺されれば、世界景気はチャラになるのですが、メリット側が使い切れずに、デメリット国のダメージが大きいと、いずれのケースでも所得の非効率な利用でGDPが低下します。

原油価格を産油国が自由に調節できなくなると、逆石油ショックが現実的となります。

Next: 現在の状況に当てはめてみると?/多岐にわたる原油下落の悪影響



現在の状況に当てはめてみると?

モデルだけではなく、今日の状況を当てはめてみましょう。産油国の価格支配力が大きければ、価格急騰も可能で、逆に価格が下落してもすぐに引き上げればよいわけです。

ところが、産油国がOPEC以外にも増え、OPECや産油国の価格支配力が低下し、中国など巨大需要国が弱まると、原油価格の引き上げ自体ができなくなりました。その分、価格下落が長期化します。

また、原油価格下落がその他の資源価格下落も誘発し、産油国Aに相当する国が、かつてよりも多くなっています。今、価格下落で困る国はOPECのほかに、ロシア、米国、カナダ、ブラジル、オーストラリア、南アフリカなど多岐にわたるようになりました。ロシアやブラジルなどのGDPは大幅なマイナス成長となり、その他の資源国も減速を余儀なくされています。

一方、消費国では米国の自動車販売が増えたものの、ガソリン消費の増加も限界があり、日本では軽自動車の税制が変わったこともあって、原油価格の下落の割に消費や投資が高まっていません。交易所得が増えた国のGDP増加が、資源国のGDP減少をカバーしきれていません。しかも、オイルマネーの減少が金融市場に収縮効果を持ち、株価下落の一因にもなります。

多岐にわたる原油下落の悪影響

更に、資源関連の金融商品が売られ、米国のジャンク債金利が急騰、消費国側の投資家が大きな損失を被っています。資源関連のデリバティブス商品への投資については、今後様々な形でロスが表面化してくる可能性があります。

原油価格の変動は、基本的に所得分配を大きく変えます。これが軽微なら、産油国、消費国の生産にあまり影響しませんが、これが大幅かつ長期化すると、価格上昇でも下落でも、生産活動全体でみると悪影響をもたらします。

特に、今日のように原油価格の下落が産油国の気まぐれではなく、需給悪化で調整不能となれば、逆石油ショックを考えねばなりません。

所得分配の急激な変化は、石油価格の急変以外にも起こりえます。例えば、日本ではアベノミクスがパイの拡大ではなく、円安や増減税など所得分配の急変によって企業利益の急拡大、労働分配率の低下を引き起こしたために、企業がその利益を使い切れず、内部留保に回す分、需要全体の減退、景気悪化をもたらしました。いわば「逆利益ショック」です。

価格の急変であれ、政策によるものであれ、所得分配の大規模な変化は、生産活動、経済活動にマイナスの影響を与えかねません。

かつての日本のように、20年も物価が動かず超安定していた状況をデフレと非難せず、むしろ経済の安定をもたらした点も評価すべきではないかと思います。

【関連】中国発「逆オイルショック」はこれからが本番だ~高まる世界デフレリスク

マンさんの経済あらかると』(2016年1月18日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

マンさんの経済あらかると

[月額880円(税込) 毎週月・水・金曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。