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「マイナス金利」の現状を、如何にすれば活用できるのか?=藤井聡・京大大学院教授

マイナス金利については様々な批判がメディア上で様々な論者によって指摘されているところですが、本稿では、「好むと好まざるとに拘わらず、実施されているマイナス金利政策を活用するにはどうしたらいいのか?」という視点から、藤井聡・京都大学大学院教授が一つの試論を紹介します。

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年2月23日号より
※本記事のリード・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

「マイナス金利」を活用した「国益に叶うプロジェクト」を

1月末、日本銀行は、「マイナス金利政策」を断行しました。

これを受けて、株価は暴落、国債と円は暴騰しました。

もちろん、この株と国債と円の動きは、世界経済が不安定な状況であることを反映したものではありますが、その直接の引き金がゼロ金利の決定であることは、火を見るよりも明らかです。

株価、国債、為替の三つは、マイナス金利政策が決定された1月末日から急激な変化を見せたのですから、否定しようがありません。

こうした状況を受け、マイナス金利、については様々な批判がメディア上で様々な論者によって指摘されているところですが、その導入を決定した日銀の黒田総裁は、「政策効果は表れている」と、肯定的な評価を表明しています。
黒田日銀総裁、マイナス金利「政策効果表れている」衆院で – 日本経済新聞

日銀総裁がマイナス金利政策に肯定的な評価を下している以上、この状況は当面継続するものと判断する他ありません。

ついてはここでは、この状況の中で、日本経済を救うために何が求められているのか──について、改めて考えてみたいと思います。

まず、結論から申し上げれば、今、我々が行うべき対策は、以下の取り組みです。

  1. ゼロ金利にまで暴落している長期金利の状況を「好機」と捉え、政府が大規模に長期国債を発行し、大量の資金を調達する。
  2. そうして調達した資金を元手として、合理的かつ徹底的な景気刺激策を検討し、計画を立て、その計画にそって大規模な景気刺激策を断行していく。

これが断行されれば、行き場を失った大量の「マネー」が、日本の実態経済に「投資」という形で流入します(今はそれは、株式市場から国債市場に流入し、株安と、国債と円の高騰を導いています)。

結果、国債と円の高騰が緩和され、それを通して株価も回復していくことになります。そして同時に、内需は拡大し、国民所得は回復し、国内消費も回復していくことになります。

逆に言うのなら、今、こうした政府の財政出動を考えないまま、マイナス金利をはじめとした金融政策だけでデフレ脱却を図ろうとする取り組みは、もう限界(!)に達しているのです。これ以上、「財政政策をしない」という状況を続けておくことは、こと、マイナス金利政策を断行した今となっては極めて「リスク」が高いものと危惧されるのです。

Next: マイナス金利で一番得をするのは政府。このままでは単なる緊縮財政に



そもそも「マイナス金利」というものは、「カネを貸している側」にとっては「マイナス」(=損をする)のものですが、「カネを借りている側」にとっては「プラス」(=得をする)のもの。

カネを貸しても、返ってくる時にはそれが目減りするのですから「損」をします。でもカネを借りれば、返す時には利息を払わなくて済むどころか、借りた分よりも少ない額しか返さなくても良いのですから「得」をする、という次第です。

そして今、マイナス金利で誰が一番得をしているのかと言えば、政府なのです。そもそも、国内で最も「カネを借りている主体」は、誰あろう政府なわけですから、マイナス金利が政府に最大の利益をもたらすのも当然です。

実際、下記報道によれば、「大量にカネを貸している」銀行と日銀は共に0.7兆円損をしている一方、「大量にカネを借りている政府」は1.9兆円得をすることとなります。
マイナス金利の恩恵、最大は政府の1.2兆円=民間調査 – ロイター

ここで日銀と政府を一体的に考えた一般政府部門で言うなら、1.9兆円から0.7兆円を差し引いた1.2兆円、政府が得をしていることとになります。

すなわち、現状のマイナス金利政策は、日銀も含めた一般政府で言うなら1.2兆円もの大量の資金を、政府は民間部門から「巻き上げている」のです。

もしもこのままこの1.2兆円を政府が支出しなければ、単なる「緊縮財政」を行っていることになります。これは要するに、1.2兆円分の「増税」を図った効果と同様の効果をもたらします。

だから少なくとも、この1.2兆円を支出しなければ、この「1.2兆円の資金の巻き上げ」は、確実に日本経済にブレーキをかけてしまいます。だから少なくとも、景気にブレーキをかけないためにも、最低、1.2兆円の財政を支出することが最低限求められているのです。

ただし、この1.2兆円を支出したとしても、景気刺激効果は限られています(均衡財政乗数論に基づくなら、1.2兆円を支出しても、景気刺激効果は1.2兆円にしかなりません)。
【藤井聡】「財政均衡乗数」から考えれば、「税の増収分」の全額支出は当然である

というより、この1.2兆円の支出は、「マイナス金利のマイナス効果を除去する」ために求められているというに過ぎず、「マイナス金利によってプラス効果を生み出そう」とするものではありません。

繰り返しますが、マイナス金利は、カネを借りる側にとって「得」をする取り組みです。

そして、誰かがこのマイナス金利の状況を活用して、大量にカネを借り、カネを使えば、日本の景気は回復し、株安、円高、国債高の状況を終わらせることが出来るのですが──このデフレの状況では、民間主体は、どれだけ金利が安かろうがマイナスであろうが、リスクを冒してまでカネを借りて投資をしよう、ということには容易くはなりません。

だから結局は、政府がこのマイナス金利を「好機」と捉えて大量にカネを借りて、大量に支出していく他に、この状況を打開する方法は存在していないのです!

というより、せっかく、日銀がマイナス金利を断行して、空前の低金利の状況をこしらえてくれているのに、誰もカネを借りて使わなければ、「景気対策として何の意味もない」という事になってしまうではありませんか。

だからこそ、日銀のマイナス金利政策を「成功」させるためにも、政府による大規模な景気対策が、絶対的に求められているのです!

Next: 「大規模な財政政策」は、支出する先の選定が重要!



もちろん、それだけの資金を調達しても、それを支出する先があまり意義のないものであるなら、その国益増進効果は限定的なものとなってしまいます。

だからこそ、その支出内容は、合理的なものでなければなりません。

その意味でも、国土強靭化、地方創生、成長戦略といった安倍内閣が掲げる基本政策を踏まえた「大規模な財政政策」を立案することが何よりも求められています。

とりわけ、今日の状況では「カネを借りて投資をしたい」と考えている「民間主体」に、政府がこの超低金利の状況を活用して安い金利、あるいは実質的な「ゼロ金利」で資金を貸し出してやり、長期的に返却してもらう、というカネの使い方が考えられます。

例えば、JR東海については、名古屋大阪間の区間は金利さえ誰かに負担してもらえるのなら、同時開業も含めた前倒し開業があり得るのではないか、としばしば指摘されています。

そうである以上、名古屋大阪間のリニア開業という大阪、関西の政財界の悲願を、このマイナス金利状況で創出された状況を活用して、成就させることは決して不可能ではないでしょう。

あるいは、昨今にわかに注目を集めている「整備新幹線の第二期プラン」を考える上でも、このゼロ金利状況は大いに活用できます。

例えば、このゼロ金利状況を使って、次のようなアプローチで、整備新幹線の財源を創出する、という方法が考えられます。少々専門的にすぎますが、重要な議論ですので、細かく記載しておきたいと思います。

(1)現在政府が保有している新幹線路線に関する何らかの「ビジネス」をJRと運輸機構と共に成立させる(例えば、JRが新幹線を買い取るビジネス、JRが新幹線を30年間“レンタル”するというビジネス、等)。

(2)JRが新幹線を使ったビジネスのための資金(買い取り料あるいはレンタル料の一括払い料金)を、政府がゼロ金利(あるいは超低金利)で貸し出す(ただし、政府は、その資金を、国債(これは要するに「財投債」ということになります)を発行する形でゼロ金利あるいは超低金利で調達する)。

(3)政府からJRに貸し出された資金が、「運輸機構」にJRから支払われる形で払い込まれる。

(4)運輸機構は、こうして手に入れた資金を元手として、(これにこれまでのスキームで調達した資金を加えて)新幹線の新規路線を作っていく。

(5)JRは政府に、毎年借金を返済していく。

このスキームでは、あらゆる人々が利益を得ることができます。

・日本国民:新幹線が整備されると同時に、内需が拡大し、デフレ不況が緩和・脱却される。

・財務省:一時的に国債発行額が伸びるが、その返済は全てJRが負担するため、長期的視点から言って、財政悪化の懸念はない(しかも、ここで発行する国債は「税金での返済」とは無縁の国債であることから、プライマリーバランスの計算対象外にできます!)。

・JR:ゼロ金利で資金を調達でき、かつ、新幹線を活用したビジネスを展開することが可能となる。しかも、JRはこの借金返済によって、毎年得られる過剰利益を圧縮でき[ると共に、資産売却ビジネスであるなら、資産を所有することで減価償却が計上可能となり]効果的な節税が可能となる。さらに、新規路線建設を通して並行在来線が分離され、営業が質的に改善される。

いずれにせよ、この「ビッグビジネス」を、今日成立させることができるのも、今「ゼロ金利」の状況があるからです。

もしも金利が高ければ、政府が発行する国債の返済を全てJRに賄ってもらうことは難しいでしょう。そもそも、JRがその高い金利を受け入れるのは、それ以上に「利益率」があると見通すからです。ですが、これから作る地方の新幹線は、東海道新幹線や山陽新幹線程に儲かるものではありません(実際、かつてはこうしたビッグビジネスは、東海道新幹線等では、余裕で成立していました)。したがって、金利が高ければ、JRがその「ビジネス」を拒否する可能性が高いのです。

Next: マイナス金利を活用した「国益に叶うプロジェクト」を



ところでここで一つ強調しておきますが、JRにカネを貸すのが「国」だから、JRはゼロ金利で資金を調達できるのだ、という点を忘れてはなりません。

PFIやコンセッションと呼ばれるスキームでは、カネを貸すのが「民間のファンド」である事が一般的です。そんな民間ファンドは、「利ざや」を稼ぐ事が目的で、資金を貸し出すわけですから、ゼロ金利や超低金利で資金を貸し出すことなどあり得ません(いわば、高利貸し、という業者に近い存在ですね)。仮にあったとしても、国がそれをやれば、さらに安い金利を設定することができるに決まってます。

何と言っても、民間ファンドは「儲けたい」からカネを貸すのですから。国は儲けたいからカネを貸すのではなく、カネを貸すことが国民の利益につながると考えている(はずな)のです。

以上、今日は「好むと好まざるとに拘わらず、実施されているマイナス金利政策を活用するにはどうしたらいいのか?」という視点で、一つの試論をご紹介しました。

筆者がここで論じたもの以外にも、「マイナス金利」を活用した「国益に叶うプロジェクト」はさまざまに考えられるに違いありません。とういよりもむしろ、そうしたプロジェクトを考えなければ、マイナス金利という政策は、デメリットだけを国民にもたらしかねぬリスクを背負うものです。

この状況から、日本経済が復活する道を探ることは決して不可能ではないはずです。これからも様々な方々と議論を重ね、意見交換を通じながら、日本経済復活に向けた取り組みについて、考えてまいりたいと思います。

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