企業にどんな変化があったら、その企業の価値が上がるのでしょう。今回はイノベーション予測として、陸運・物流と倉庫・物流施設の業界を取り上げます。(イノベーションの理論でみる業界の変化)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月28日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。
事例研究として「ユニフォームネクスト」をピックアップ
陸運・物流
<業界概観──歴史、特徴、主なプレイヤー、ビジネスモデルなど>
陸運・物流業界は、好景気を背景に荷動きが増しているものの、ドライバーの人材不足が顕著になってきています。
物流の機能は、モノを運ぶだけではありません。モノは、輸配送、保管、荷役、流通加工、梱包・包装、情報管理という6つの機能が連携してはじめて送り先に届きます。なお、輸送は、長距離・大量にモノを運ぶことを、配送は、短距離や複数地点にモノを配り届けることをいいます。
主なプレイヤーは、宅配便を手がけるヤマト運輸、佐川急便、日本郵便、総合物流を手がける日本通運、郵船ロジスティクス、近鉄エクスプレス、路線トラックを手がけるセイノーホールディングス、福山通運、企業物流を一括して請負う3PLを手がける日立物流などです。
ビジネスモデル的にみれば、各プレイヤーのそれは、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──物流サービス──へと変換する価値付加プロセス型事業です。多くの場合、成果は再現可能で制御可能なプロセスと設備から生み出すことができます。
(メルマガ第140号より)
用事の特定
イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは、顧客がなし遂げようとしている進歩によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。
今回は、事例研究として「ユニフォームネクスト」を取り上げます。同社は、2017年7月19日東証マザーズに新規上場した、業務用ユニフォームの通信販売を手がける会社です。業務用ユニフォームの商品特性は、流行に左右されることがなく、継続して顧客に購入してもらえることです。
こういった状況で業務用ユニフォームを雇うとする顧客──主に法人顧客──がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「社員に支給するユニフォームを調達する」ということ。感情的側面として、意思決定者であれば「一定の品質」「コスト削減」「短納期」を、ユニフォームを着ることになる社員であれば「デザインや美観」というよりは、むしろ「ユニフォームについての情報提供」を重視するでしょう。
Next: ユニフォームネクストの業績が、順調に積みあがっていく背景は?
体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。
業務用ユニフォームを通信販売で雇うとする顧客──意思決定者──にとって障害となり得るのは、注文した商品がすぐに手元に届かないこと。そうなれば、顧客は簡単に競合に流れてしまうでしょう。なぜなら、業務用ユニフォーム自体では差別化が難しいからです。また、使用者としての社員にとって障害となり得るのは、業務用ユニフォームについて知りたいと思っている情報──色やサイズなど──が手に入らないこと。
同社は、顧客が午前中に専用サイトで注文すればその日のうちに商品を出荷できる体制を整えること、専用サイトは外注せず同社社員が作ってサイト上でユニフォームを着る人が知りたい情報──色やサイズなど──を発信することで、これらの障害を取り除いています。また、コールセンターでは、ユニフォームを知り尽くした社員が専門的な質問にも的確に対応することで、その場で注文につなげています。
いずれにしても、意思決定者は「注文した商品がすぐ手元に届く」、使用者である社員は「ユニフォームについて知りたい情報が簡単に入手できる」という、いずれもすぐれた体験ができるようになっています。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらします。
社内プロセスの統合という意味で同社にとってカギとなっているのは、的確な顧客対応と在庫管理です。特に、納品のスピードについては競合他社の模倣が困難になっています。それを可能にしているのが、物流倉庫です。
先にみたように、業務用ユニフォームは、継続して顧客に購入してもらえるうえに流行に左右されることもありません。そのため、長年の経験で顧客からの注文数を正確に予測して適正な在庫量が算出できるため、欠品リスクや不良在庫化を回避できるというわけなのです。なお、同社は、メーカーから取り寄せた1万着以上の業務用ユニフォームを在庫として持っています。
今回の事例から引き出せる一般的な教訓…
●顧客が片づけようとしている用事を特定することは、次の新しい機会につながる。
□用事の特定:顧客は「一定の品質」「コスト削減」「短納期」「情報提供」といったことを重視している。
□体験の構築:顧客にとってすぐれた体験とは「注文した商品がすぐ手元に届く」「ユニフォームについて知りたい情報が簡単に入手できる」ということである。
□プロセスの統合:カギとなっているのは、顧客対応と在庫管理である。
Next: 物流倉庫で起きている問題点に焦点を当てると、見えてくることとは
倉庫・物流施設
業界概観──歴史、特徴、主なプレイヤー、ビジネスモデルなど
EC市場の拡大により、消費者に直接荷物を届けるBtoC物流が発達する一方で、誤出荷などの事故が増えています。
今や多くの人がアマゾンなどのネット通販を利用するようになり、倉庫では入出荷の多頻度化と小口化が進んでいます。かつてのように、企業を相手にする物流であれば、1件の注文には多くの商品を1個の箱に詰めて配送すれば済んでいました。しかし、相手が消費者に変わると、1,000件の注文には1,000人の消費者と個別にやり取りしなくてはならなくなったからです。
主なプレイヤーは、保管型倉庫を手がける三井倉庫HD、三菱倉庫、住友倉庫、低温保存・物流を手がけるニチレイ、キユーソー流通システム、C&FロジHD、物流施設を手がける野村不動産マスターファンド、大型物流施設デベロッパーの野村不動産HD、三井不動産、大和ハウス工業などです。
ビジネスモデル的にみれば、各プレイヤーのそれは、基本的に未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──倉庫保管サービス、物流サービス、物流施設など──へと変換する価値付加プロセス型事業です。
用事の特定
イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは、顧客がなし遂げようとしている進歩によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。
顧客が片づけようとしている用事を探すためのシンプルな方法のひとつは、顧客のストーリーを作ることです。たとえば──ネット通販は、日用品から食料品、書籍、洋服などほぼ毎日のように買い物に使っている。でも、最近、注文した商品とは違うものが届く誤配送が増えてきたような気がする。現場では、人手が不足して業務が回らなくなっているのだろうか。
こういった状況で顧客──一般消費者──がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「注文した商品を手にする」ということ。感情的側面として「時間の節約」は当然のように考えています。その背景には、アマゾンが「翌日配送」を謳っているように、翌日配送は当たり前のように消費者に受け取られていることがあげられます。
体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。
顧客である一般消費者がネット通販を雇うとする際に障害となり得るのは、一つには誤配送です。誤配送があれば、届くのを楽しみにしていた商品を手にすることができないだけでなく、その商品を送り返すために、無駄な手間とコストが発生することになるからです。
こうした障害が取り除かれれば、顧客は「注文した商品が翌日には届く」という、ある意味ですぐれた体験ができるようになるでしょう。
Next: 物流倉庫、管理の要は誤配送
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらします。
山田孝治氏は、誤配送の要因として、倉庫管理が機能していないことを指摘しています。そして、そういった現場の共通点として、整理(せいり)、整頓(せいとん)、清掃(せいそう)、清潔(せいけつ)、躾(しつけ)といういわゆる5Sが徹底されていないこと、デッドストック──売れ残った商品や長期間倉庫に置かれていた商品──の著しい増加をあげています。そして、このデッドストックが増える要因として、入出荷作業の遅れ、返品対応の遅れ、誤出荷を指摘しています。
入出荷作業が遅れると、仮に売れ筋商品を強いれたとしても販売機会を失ってしまい、長期間倉庫に置かれることになります。返品対応が遅れると、棚戻しができず、結果として販売機会を失ってしまい、長期間倉庫に置かれることになります。最後の誤出荷は、在庫管理システム上の数字と関係します。
商品Aの代わりに商品Bを出荷したとします。そうなると、システム上の在庫数は1減っているにもかかわらず商品Aの実在庫は棚に残っています。その結果、システム上に存在しない商品Aは、新たに出荷指示されることなく倉庫で眠り続けることになります。
一方、誤って送ってしまった商品Bは、システム上の在庫数はそのままで倉庫の実在庫が減っています。その結果、ピッキング担当者は、商品Bを棚に取りに行っても見つからず、精神的な負担を感じながら、忙しいなか対応する手間が増えて苛立ちを覚えるようになるというわけなのです。
これまでの説明で分かるように、倉庫管理が機能していない企業にとって、社内プロセスの統合という意味で課題となるのは、一つには現場の5Sを徹底させること、もう一つは誤出荷と在庫差異をなくすことです。なお、在庫差異の原因は、ほとんどの場合、誤出荷によるものだといわれています。そうなると、最優先課題は、誤出荷をなくすことになります。
山田孝治氏は、この誤出荷というヒューマンエラーが発生する原因として「誤ピッキング」と「出荷時の伝票誤貼付」をあげています。
●誤ピッキング
なかでも圧倒的に多いのは「数量間違い」です。ロケーションに行って、品番を確認するところまではあまりミスは発生しませんが、数量を確認し、棚から商品を取り出す際に間違えるのです。
●出荷時の伝票誤貼付ピッキングリストと送り状をセットにしてから現場に出すことができれば、貼り間違いは物理的に発生することはありません。しかし、複数商品を同梱したりする場合、伝票類と出荷準備をした商品の突き合わせ作業をせざるを得ないケースもあります。この場合テレコ状態になるミスをいかに防ぐかという対策が求められます。
いずれにしても、こうした取り組みによって倉庫管理が機能するようになれば、そのプレイヤーは、不良在庫を一掃して企業経営が健全化されることになるでしょう。
では、こうした倉庫管理機能の改善に取り組もうとするプレイヤーは、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは、次のように指摘しています。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、各プレイヤーは逆の意味でのリトル・ハイア──誤出荷の件数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
□用事の特定:多くの消費者は「翌日配送」を当たり前に思っている。
□体験の構築:消費者にとってすぐれた体験とは「注文した商品が翌日には届く」ということである。
□プロセスの統合:カギとなるのは、現場の5Sを徹底させること、誤出荷と在庫差異をなくすことである。
【参考文献】
陸運・物流:
・刈屋大輔『知識ゼロからわかる物流の基本』(ソシム)
・TBS「がっちりマンデー」(2018年6月3日放送)
・食品5社の共同物流会社が始動 共同配送など加速‐日本経済新聞(2019年4月1日公開)
・なぜ東京港で大渋滞 五輪は大丈夫?‐NHK NEWS WEB(2019年3月6日公開)
倉庫・物流施設:
・山田孝治『誤出荷ゼロ!自社倉庫管理術』(幻冬舎メディアコンサルティング)
・東邦HD、都内で検品不要の医薬品配送‐日本経済新聞(2017年11月22日公開)
・トッパン・フォームズ、ICタグで手術時の医療材料管理‐日本経済新聞(2019年6月20日公開)
・トパナソニック、ZETES社の「ZETES CHRONOS」システムを活用した「配送見える化ソリューション」を提供開始‐日本経済新聞(2018年11月20日公開)
・センコーと帝人、ICタグ活用の商品一元管理システムを開発-フォークリフトの活用で物流センター内の作業を効率化‐日本経済新聞(2018年11月20日公開)
・ネクストエンジンの受注をiPhoneを使ってピッキング&検品。バーコードスキャンで出荷処理が可能に! ~ 在庫管理ソフト「ロジクラ」がネクストエンジンとAPI連携を開始 ~‐PR TIMES(2019年9月24日公開)
全体:
・『会社四季報 業界地図2019年版』(東洋経済新報社)
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月28日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年10月28日号)より一部抜粋
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。