AI CROSS<4476>は、10月8日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格1,090円に対して初値は+65.14%の1,800円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月30日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。
初値は公募価格から65.14%上昇し、1,800円でスタート
AI CROSSをジョブ理論の視点からみる
AI CROSS<4476>(以下、同社)は、2019年10月8日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、企業向けのビジネスコミュニケーションプラットフォームの提供です。
同社の株価は、公募価格1,090円に対して初値は1,800円をつけました。差異率は+65.14%と値をあげました。なお、10月29日時点の株価は1,931円です。
クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。
では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。
ビジネスモデルの特徴
同社は、メッセージングサービス、ビジネスチャットサービス、AI Analyticsサービスの3つのサービスを提供しています。メッセージングサービスは、主にB2Cビジネスを営む国内外の事業者を顧客とし、エンドユーザーの保有するモバイル端末にショートメッセージ──相手先の電話番号だけで文字情報を送受信できるサービス──を配信するサービスを提供し、その対価として収益を得ます。
ビジネスチャットサービスは、顧客企業が業務連絡やビジネス上のコミュニケーションを行うために使うビジネスチャットサービスを提供し、その対価として収益を得ます。
AI Analyticsサービスは、顧客企業にあるビジネスチャットのメッセージデータを同社のAIエンジンによって分析し、顧客企業の課題解決につながる提案を行なっています。なお収益は、導入・カスタマイズによる収入とライセンス数などに応じた月額利用料の2つから成ります。
ビジネスモデル的にみれば、いずれのサービスのそれも、基本的に未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──ショートメッセージサービス、ビジネスチャットサービス、AIエンジンによるソリューション──へと変換する価値付加プロセス型事業です。
同社は、対処すべき課題の一つとして「顧客基盤の拡充」を、事業等のリスクとして「市場動向に係るリスク」「取引先に対する依存に係るリスク」等をあげています。
Next: AI CROSSが今後、成長するために取り組むべき課題とは?
思考実験──片づけるべき用事とは
『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。
1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。
2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。
3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。
4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。
5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。
出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)
用事の特定
イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。
今回は、同社グループが課題としてあげる「顧客基盤の拡充」を取り上げます。同社はそれを、次のように認識しています。
当社は、事業をより一層拡大してゆくために、サービスの顧客基盤を拡充することが重要であると考えております。そのため、セールス・マーケティング活動の推進による新規顧客を獲得するとともに、サービスの用途開発やクロスセルによる既存顧客のアップセルに取り組んでまいります。
ここで着目したいのは、同社が手がけているメッセージングサービス。そして、それとつなげるのは、一番乗り。具体的には、寺院や神社、イベント会場などに最初に到着した人のモバイル端末に、記念としてショートメッセージを送るのです。これはまた、デジタル版の朱印という意味合いもあるので、新規顧客として寺院や神社を獲得できる可能性もあります。
こういった状況で顧客(一般消費者)がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「一番乗りをする」ということ。感情的側面として「娯楽」「自分へのほうび」「達成感」、社会的側面として「知人・友人に自慢する」ということを重視するでしょう。
なお、同社は競合他社に係るリスクを次のように認識しています。
当社のビジネスコミュニケーションプラットフォーム事業については、本書提出日現在において、国内外に競合他社が存在しています。当社としましては、これまで培ってきた技術を生かして、顧客のニーズに合致したサービスの開発を継続してまいりますが、競争環境のさらなる激化等、競合の状況によっては、当社の事業及び業績に影響を与える可能性があります。
Next: AI CROSSが改善すべきポイントは、文字情報だけじゃない魅力的なメッセージの提供
体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
顧客がショートメッセージを使おうとする際に障害となり得るのは、それは基本的に文字情報だけなので、どうしても「デザインや美観」に劣ることです。したがって、顧客は、手元のモバイル端末に一番乗りの知らせがショートメッセージで送られてきても、それだけでは喜べないでしょう。
いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、顧客は「一番乗りの記念になり、友だちに自慢できる」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
ショートメッセージを使って一番乗りの通知をするだけなら、競合他社でも行うことができます。したがって、社内プロセスの統合という意味で同社の課題となるのは、そのメッセージと引き換えとして顧客に提供できる特典──商品やサービス──をいかに開発するかということになります。
では、同社がこうしたサービスを手がけるのであれば、評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──ショートメッセージが送られた件数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月30日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年10月30日号)より一部抜粋
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。