3月12日、中国経済の景気を読み解くための「1・2月の経済統計」が出そろいました。12月のデータと比べながら証券アナリストの田代尚機さんが解説します。(『中国株投資レッスン』田代尚機)
中国に景気刺激策は期待できず、世界に好ましくない状況が続く
好調だった自動車が大きく悪化。支援策の効果も消えかけ
3月12日、1・2月の経済統計が出そろった。12月(累計を含む、貿易統計は2月と1月との比較)のデータと比べながら見ていきたい。
先に方向感だけを示すと、「鉱工業生産は下向き、固定資産投資は上向き、小売は下向き、輸出・貿易収支は下向き」といった結果であった。
個別に少し詳しく見ていこう。
まず、1・2月の鉱工業生産は5.4%増で、12月の5.9%増と比べて0.5ポイント悪化した。
エチレン(4.9%⇒12.4%)、原油加工量(2.7%⇒4.6%)の生産量が回復している。
発電量(▲3.7%⇒0.3%)がプラスとなっている。
また、鉄鋼(▲3.4%⇒▲2.1%)、非鉄金属(▲4.6%⇒▲4.3%)のマイナス幅が縮まっている。
しかし、セメント(▲3.7%⇒▲8.2%)は更に悪化。
これまで好調であった自動車(16,3%⇒5.3%)、内乗用車(5.7%⇒▲12.3%)は大きく悪化している。
国慶節明けの10月より、1600cc以下の排気量となる小型車に関して「自動車購入税」を半減することや、政府機関や傘下企業が公用車・社用車を購入する場合に、一定比率の新エネルギー自動車の購入を義務付けるなど、自動車産業支援策が実施された。その効果で11・12月の自動車生産量は二桁増となったが、1・2月には早くもその効果が消えかかっている。
素材については、在庫や需要の出方に違いがあるため、方向感に多少の差はあるものの、エチレンを除いて動きは鈍い。
需要項目の状況は?今後の回復に期待が持てるかどうか
固定資産投資が回復しているが、今後の回復に期待が持てるだろうか?
全体の30.7%を占める製造業(8.1%⇒7.5%)は減速しており、全体(10.0%⇒10.2%)よりも伸び率は低い。供給側改革を進める中で、石炭・鉄鋼・セメント・造船・電解アルミ・ガラスなどの産業について、遅れた設備の淘汰が今後さらに進むことになる。
これらの産業について、最先端設備に限れば投資が行われるだろうが、全体としては減少が続くであろう。たとえば、食品加工・医薬・輸送用機械・スマホ・タブレット・ロボット・高度生産機械など、電機機械の設備投資をどれだけ伸ばせるかが今後の投資拡大のカギとなろう。第13次五カ年計画が、こうした産業の高度化を推し進める方向にあるのは確かである。
ただし、いま知りたいのは「どの程度の速度なのか」といった点である。現状では、次世代の投資を牽引するセクターが具体的に何なのか、見えてこない段階である。
全体の23.8%を占める全国不動産開発投資(1.0%⇒3.0%)が回復している。これが再び二桁の伸びとなれば、投資を牽引することになるのだが、その可能性は低いと考えている。
北京・上海・深センの不動産価格が急騰 政府はこれを許さない
春節期間を含め、1・2月における一線都市(と一部の二線都市)の不動産価格が急騰しているが、関連の地方政府や国務院の多数の部門が強い関心をもってこれを注視している。
マスコミ報道によれば、ある業界関係者はこう分析しているという。
「北京・上海・深センの3つの一線都市では在庫調整政策が打ち出されているが、“両会”後にはコントロール措置が打ち出される可能性がある。具体的には、厳しい購入禁止政策、市場供給の拡大、売り惜しみの取り締まり、金融レバレッジの規範化など、価格の急騰を抑えるための政策が打ち出されるだろう」
共産党・国務院は、必ずしも不動産投資そのものを抑えようとしているわけではない。しかし、価格については、“急騰は許さない”といった姿勢である。こうした状況で不動産投機ブームの再燃は起こらないだろう。また、今年の不動産政策の重点は在庫整理の徹底である。投資拡大は“その次の段階”である。
Next: 消費の見通しは?伸び鈍化でも、国家統計局は「安定」を強調
頼りの「インフラ建設投資」も、景気の下支えが限度
こうして考えてみると、消去法で、鉄道建設や水利建設といったインフラ建設投資に頼るしかないということになるが、これらはここ数年平均より高い伸び率が続いている。ただし1・2月は、水利・環境・その他公共設備など(20.4%⇒26.6%)は加速しているが、鉄道建設が含まれる交通運輸・倉庫・郵政事業(14.3%⇒4.8%)などは減速している。
それぞれのウエートは、水利・環境・その他公共設備で9.2%、交通運輸・倉庫・郵政事業で8.6%に過ぎない。これらの投資の乗数効果は、短期的には不動産などと比べてずっと低いはずだ。やはり、財政出動などによるインフラ投資の加速では、せいぜい景気を下支えすることしかできないだろう。
消費の見通しは?伸び鈍化でも、国家統計局は「安定」を強調
小売売上高(11.1%⇒10.2%)については伸びが鈍化している。理由がはっきりしないのだが、前年末と1・2月のデータには毎年ある程度の段差がある。国家統計局は、その段差が前年(11.9%⇒10.7%)よりも小さくなっているから、今年の1・2月は安定していると強調している。
また、国家統計局は、実物商品の全国オンラインショッピングが全体の9.5%を占めており、それが25.4%伸びているとしている。確かにオンラインショッピングは全国レベルで急速に伸びている。しかし、イノベーションによる消費拡大効果は、店舗での売り上げ減少分と差し引いたうえで考える必要がある。
消費の見通しは、やはり個人所得の伸びによるだろう。月次ベースで有効な所得統計が見当たらないので予想しにくいのだが、今のところ各地方の最低賃金の上昇率が低いこと、今年の企業業績見通しは減益の可能性があることなどから、所得の伸びは鈍いだろう。消費は景気の下支え程度にしかならないだろう。
需要項目でもっとも厳しいのは「輸出」
2月の輸出(ドルベース)は▲25.4%、1月は▲11.2%で1月の▲1.4%と比べてひどく悪化している。
1・2月の累計でみると、全体は▲17.8%。
最大の輸出先であるアメリカ(全体のウエート:18.0% ※以下同様)は▲15.7%
EU(17.2%)は▲15.4%
中継貿易先の香港(12.2%)は▲13.1%
アセアン(12.1%)は▲24.8%
日本(6.5%)は▲12.2%
総崩れである。
Next: 世界経済の悪化が加速。中国による「景気刺激策」が期待されるが――
世界経済の悪化が加速。中国による「景気刺激策」が期待されるが――
中国は世界最大の輸出国であり、いろいろな分野の製品を輸出していることを考えると、世界経済の悪化が加速しているとみるべきであろう。この点についてもすぐに回復するとは予想し難い。輸入も大きく減少しているために「貿易収支」は比較的高い黒字水準を維持しているが、今後その黒字幅が更に高まるとは考えにくい。
こうしてみると、共産党・国務院がこのまま自然体で経済を放置すれば、緩やかな減速傾向が続きそうである。先進国では「中国政府」が景気刺激策を取ることを期待しているようだが、その可能性は低いであろう。
5日の政府活動報告(全人代)において発表された実質経済成長率の目標は6.5%〜7%で前年の7%前後、実績値である6.9%を下回っている。財政赤字については、赤字率(予算ベース)を昨年の2.3%から3%に引き上げており、積極財政を加速する見通しであるが、財政赤字額(予算ベース)は2兆1800億元で前年予算と比べ5600億元ほど増えているに過ぎない。
金融政策については、M2増加率を13%前後としており、昨年の12%前後よりは高いものの、実績である13.2%並みである。都市部新規就業者数について、目標は1000万人以上としており昨年と同じであるが、実績である1312万人を下回っている。
共産党・国務院の意向ははっきりしている。現在の成長率は適正の範囲であり、今年の政策の重点は「供給側改革」や長期の成長戦略としての広い意味での「構造改革」に置くということだ。
世界経済にとっては好ましくない状況が続く?今年の景気
今年の景気は減速傾向が続くだろう。時折、景気の急減速を抑えるための金融政策や産業政策などが行われるだろうが、景気はV字回復することはないだろう。
中国の輸入は減少傾向が続き、素材を中心とした輸出攻勢も続くだろう。残念ながら、世界経済にとっては好ましくない状態が続きそうだ。
ただし、強調して言いたい点は、これが中国が長期に渡り中程度の成長を続けるためにはベストの政策である。“成長率が高ければ高い方がよい”という考え方は間違っている。
株価について一言。企業業績についてはやや心配である。ただし、本土市場は需給や政策の影響を強く受ける。景気が緩やかに減速する中で金融緩和政策が継続され、長期の構造改革に絡む政策がたくさん出て来るだろう。また、業績不振企業の淘汰は、業界トップ企業にとっては買い材料となる。これらは株式市場にとって悪い話ではない。「景気減速」と「株式市場の動向」は分けて考えた方が良いだろう。
(3月12日作成、有料メルマガから一部抜粋)
『中国株投資レッスン』(2016年3月17日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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