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新規上場したセルソースの課題は、再生医療に用いる細胞加工の専門人材の確保

セルソース<4880>は、10月28日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格2,280円に対して初値は+164.04%の6,020円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月17日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

初値は公募価格から164.04%上昇し、6,020円でスタート

セルソースをジョブ理論の視点からみる

セルソース株式会社<4880>(以下、同社)は、2019年10月28日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、再生医療を提供する医療機関への組織・細胞の加工受託サービス等、一般消費者を対象とした化粧品および美顔器の販売です。

同社の株価は、公募価格2,280円に対して初値は6,020円をつけました。差異率は164.04%と2倍以上になりました。なお、12月16日時点の株価は9,810円です。

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社は、再生医療関連事業およびコンシューマー事業の2つの事業を展開しています。再生医療関連事業は、再生医療を提供する医療機関を顧客とし、脂肪・血液由来の組織・細胞の加工受託サービスの提供、再生医療等法規対応サポートサービスの提供、医療機器の販売を行い、その対価として収益を得ます。

コンシューマー事業は、一般消費者を顧客とし、化粧品および美顔器を販売し、その対価として収益を得ます。

ビジネスモデル的にみれば、いずれの事業のそれも、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品(各種サービス、医療機器、化粧品、美顔器)へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社は対処すべき課題の一つとして「加工受託処理能力の向上」を、事業等のリスクとして「事業及び事業環境に関するリスク」「会社組織に関するリスク」等をあげています。

Next: セルソースが今後、成長するために取り組むべき課題とは?



思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社が課題としてあげる「加工受託処理能力の向上」を取り上げます。同社はそれを次のように認識しています。

(前略)当社は、加工受託件数の増加にあわせた処理能力の向上のため、加工業務に使用する培地や機器等の改良・増設などによる作業工程の効率化や、専門的な知識・技能を有する優秀な人材の採用と育成を進めております。さらに、加工業務の一部を外部事業者に再委託することを検討しております。

なお、同社が行なっている、再生医療に用いる細胞の加工作業は次の通りです。

当社の行う脂肪由来幹細胞の加工作業に必要な脂肪組織は約20mlと少量であり、抽出及び培養後は凍結処理により長期保存が可能であります。したがって、医療機関は本サービスを当社に委託することにより、少量の脂肪組織の採取で当該患者に対して複数回の脂肪由来幹細胞の患部への投与が可能となるため、医療機関及び患者の負担が軽減されます。

こういった状況で顧客(医療機関)がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「再生医療に用いる細胞をつくる」ということ。意思決定者であれば、感情的側面として「品質」はもちろんのこと「患者の負担」「時間の節約」「労力の軽減」「面倒の回避」といったことを重視するでしょう。

Next: セルソースがすべきは、加工受託処理能力の向上を図るパッケージング



体験の構築

用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

加工作業の障害となり得るのは、一つには、作業を受け持つ担当者それぞれに“クセ”があるため、一律的な「加工業務に使用する培地や機器等の改良・増設などによる作業工程の効率化」ではかえって作業効率が落ちる可能性があることです。

こうした障害が取り除かれれば、顧客は「患者への負担が少なく、高品質の細胞を低コストで安定的に調達する」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。

プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

加工作業の改善に一つのヒントを与えてくれるのが、ホギメディカルの取り組みです。『医療マーケティングの革新』は次のように指摘しています。

(前略)一人ひとりの医師のニーズに合わせて、手術用部材をカスタマイズし、滅菌処理をしたうえでパッケージとして販売する。これにより、長い時間を要する手術用部材の準備がほとんど不要となり、手術の直前にパッケージを開き、部材を並べるだけでよい。結果として、手術用部材の在庫ゼロの圧縮が実現するとともに、準備や後片付けに伴う看護師の業務負荷が大幅に軽減された。

これに倣えば、同社は一人ひとりの作業担当者のニーズに合わせて、培地や機器等をカスタマイズし、可能なところはパッケージとして用意しておけばいいということになります。これはまた、「加工業務の一部を外部事業者に再委託する」場合にも有効です。

では、同社がこうした取り組みを行うのであれば業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──加工処理件数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】

・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・恩藏 直人/編著 岩下 仁/編著『医療マーケティングの革新』(有斐閣)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月17日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

image by:Kotin / Shutterstock.com

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年12月17日号)より一部抜粋

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