「彼女ゲーム市場」という言葉を知っていますか?女性ゲーマーが年々増加している中国では、ゲーム業界のビジネスモデルにも大きな変化が起きています。(『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』牧野武文)
※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2020年6月15日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』『論語なう』『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
女性はゲーム攻略よりも「楽しさ」を追求する
今回は、中国の女性ゲーム市場についてご紹介します。
女性ゲーム市場のことを、中国では「彼女ゲーム市場(Her Game Market)」という、少し変わった呼び方をしています。これには理由があります。
年々、ゲームの女性プレイヤーは増え続けています。もはやゲームは男の子だけのものではありません。統計から、ゲーム市場規模に対する女性の寄与率を計算してみると、23%程度になります。
これはあまり大きな数字とは言えません。半分は女性なのですから、女性の寄与率はまだまだ小さい。しかし、これはあくまでもゲームの売上や課金による売上を見た場合です。
男性はゲームを極めようとしますが、女性はゲームを楽しもうとします。男性はゲームに熱中し、何時間でもプレイしますが、女性はゲームそのものよりも、ゲームの世界観に夢中になります。
そのため、ゲームを起点として、コミック、アニメ、舞台、イベントという他メディアに展開をした時、女性はそのようなものにも積極的に参加をしてくれるのです。
つまり、ゲームだけを考えたら女性市場はまだまだ大きくありませんが、ゲームを起点としたメディアミックス市場として見ると、女性の存在感が日増しに大きくなっているのです。
しかし、女性がそのようなメディア展開に消費をしてくれるのも、そもそものゲームが魅力的でなければなりません。
女性はどのようなゲームを好むのでしょうか。女性向けゲームがいいのでしょうか、それとも男女限らず同じゲームを楽しむでしょうか。男女でゲームのどのような点に惹かれるのか、その違いはあるのでしょうか。
ゲーム業界では、このような大きな市場となった「彼女ゲーム市場」に注目が集まっています。ゲームだけではなく、メディア展開まで含めてひとつの市場として考える。そこで「彼女ゲーム市場」という少し変わった言い方が使われているのです。
女性プレイヤーにゲーム業界が注目
中国の小売業の世界では、重要な消費者群を序列化した「若い女性>子ども>女性>高齢者>犬>男性」という言葉があります。もちろん、半ば冗談ではあるのですが、本質をついている部分もあります。
確かに若い女性は買い物が好きで、男性は必要なもの以外は買い物をあまり楽しまない傾向にあります。小売業から見た男性の重要度は、犬(ペット)以下なのです。
ゲーム市場では、この序列が通用しませんでした。ゲームは若い男性のものだったのです。しかし、それが次第に女性もゲームを楽しむようになり、重要な消費者と考えられるようになっています。
このようなことから、女性ゲーム市場を「Her Game Market」(彼女ゲーム市場)と呼ぶようになっています。
女性が、スマートフォンのカジュアルゲームや、イケメン男性が多数登場する恋愛シミュレーションを楽しむというのは中国だけでなく、日本でも韓国でも起きている現象です。
しかし、中国の場合、少し異なっているのが、男性に好まれるようなバトル系のゲームでも女性プレイヤーの割合が高いことです。
Next: 例えば、MOBAと呼ばれる種類のゲームがあります。ネット経由で3人ほどの――
女性プレイヤーを急増させたゲーム『王者栄耀』
例えば、MOBA(Multiuser Online Battle Arena)と呼ばれる種類のゲームがあります。ネット経由で3人ほどのチームを組んで、別チームと闘うという内容のゲームです。チーム内では音声で指示を出し合うことができ、プレイヤーの強さとともにチームの戦略も重要になるバトルゲームです。
中国で最も人気のあるMOBAは、テンセントが2015年にリリースをした『王者栄耀』です。バトルゲームであるので、以前の感覚だと、男性向きのゲームになります。実際、小学生、中学生の男の子たちの間で大人気となり、王者栄耀を遊びたいがために親にスマホをねだる子どもたちが続出しました。あまりの過熱人気ぶりに社会問題ともなり、2016年7月にはテンセントが12歳以下の子どもは1日1時間しか遊べず、夜9時以降も遊べないという制限をする機能を追加したほどです。
『王者栄耀』がもうひとつ世間を驚かせたのは、女性プレイヤーの多さです。2017年に企鵝智酷が行った調査では、女性比率が51.7%となり、男性を上回っていたのです。なぜ、バトルゲームのような男の子向けのゲームに、多くの女性が惹かれるのでしょうか。
女性プレイヤーの80.6%が「王者栄耀が初めて遊ぶMOBA」だと答えています。ここを境に、女性が、それまで男性向けと考えられていたゲームを楽しむようになっています。
最近人気の「PUBG Mobile」や「荒野行動」は、限られた区域の中でプレイヤー同士が殺し合いをして生き残りを図るというかなり殺伐としたゲームで、さすがに男女比は7:3ほどですが、それでも以前の感覚からすると「女性が当たり前のように参加している」ゲームになっています。
女性が、癒し要素の多い放置ゲームや落ちゲーム、女性向けの恋愛シミュレーションゲームをするのは当然ですが、以前は男の子のものと見られていたMOBAやFPS(ファーストパーソン・シューティング=1人称視点のシューティング)なども楽しむようになってきています。
この変化により、ゲーム市場にとって、女性プレイヤーが重要になってきているのです。それが「彼女ゲーム市場」と呼ばれるようになっています。
女性プレイヤーを惹きつけるビジネスモデルの変化
このような変化が起きたことに大きく影響しているのが、ゲームのビジネスモデルの変化です。
スマホゲームでは「Pay to Win」という考え方が支配的でした。しかし、『王者栄耀』が登場した2015年頃から、「Pay to Fun」という考え方が登場してきました。これが女性を惹きつける要因になりました。
この2つの考え方はどう異なるのでしょうか。
日本で、スマホゲームの世界に衝撃を与えたのが、2012年に登場した「パズル&ドラゴンズ」通称「パズドラ」です。落ゲーとRPGを組み合わせるという斬新さもありましたが、注目されたのはなんと言ってもその収益性です。
レアなキャラクターが獲得できるかもしれないガチャ、あるいはスタミナを回復するには魔法石というアイテムが必要ですが、この魔法石は購入することができます。この魔法石の売上が大きかったのです。
魔法石を購入すると、ゲームを有利に進めることができます。ソーシャル的な要素もあって順位も表示されることから、パズドラに夢中になった人は魔法石を次々と購入します。これが「Pay to Win」の考え方で、収益を大きく拡大させました。
このような「Pay to Win」は、中国では2009年にテンセントが開発した「QQ農場」で成功しました。QQ農場は、PCベースのSNS「QQ」の中で遊べるウェブゲームで、畑に野菜の種を植えて、育てると収穫ができるという農場シミュレーションです。友人の畑にいき、水撒きや収穫を手伝うこともできますし、収穫した作物を盗んでしまうということもできるSNS要素が盛り込まれています。
作物を育てるには時間がかかります。早いものでも8時間、長いものでは70時間もかかるものがあります。これを待っていられない、収穫量を多くしたいという場合に、促進剤や肥料などの有料アイテムを購入することになります。この有料アイテムを買う人が多く、QQ農場は大きな収益を上げるゲームになりました。
このように、ゲームを有利に進めるために課金をする。それが「Pay to Win」です。
Next: 「Pay to Win」の成功により、スマホゲームが大きな収益をあげられる――
神運営で人気化した『QQ農場』
「Pay to Win」の成功により、スマホゲームが大きな収益をあげられるビジネスとなり、「Pay to Win」のゲームが続々と登場しました。しかし、その中には、ガチャを何度も引かせて、課金をさせることを目的としたゲームもあり、次第にガチャは社会問題となり、さまざまな規制がかけられるようになっています。
QQ農場は、この点でも非常にうまい方法をとっていました。無料ゲームであり、しかも遊ぶのに課金をする必要性を感じないのです。のんびりと作物が育つのを待っていればいい。多くの人が無料で楽しく遊べます。しかし、畑を耕していると、時々有料アイテムが見つかるのです。有料のアイテムが無料で手に入るので、誰もが喜び使ってしまいます。一度使ってみると、そのアイテムの効力を体験することになり、なくなると欲しくなる。それで買ってしまうということになります。
ゲームを無料で提供し、アイテムも無料で提供し、体験させて購入に結びつけているのです。パズドラでも似たような手法が使われました。魔法石は有料アイテムですが、通信障害などが起きると「おわび」と称して、全員に魔法石を配布します。これも魔法石を体験させることで、購入に結びつけているのです。
このような運営上の工夫=神運営は、ガチャゲームが短期での収益性を重要視するにつれ消えていき、次第に、射幸心を煽ってガチャ課金をさせるというよくない状況に陥り、スマホゲーム離れを起こすことになりました。現在は、ただ課金をさせることが目的のガチャゲームは、なかなか収益が上がらない苦しい状況になっています。
その原因は明らかです。ゲームというのは何かの達成感を得るために遊ぶものです。一般的なテレビゲームでは、上手になるに従って自分が成長した感覚を得ることができます。ソーシャル要素が導入され、他のプレイヤーと闘う、競い合えるようになってからは、勝つことで、自分に知恵があったり、技術が高くなったと感じられるようになります。しかし、収益性だけを考えたゲームでは、課金をたくさんした人が勝つようになります。
これは少しも面白くありません。自分の知恵や操作技術で勝つことは楽しくても、課金をたくさんして勝つことは面白くないのです。なぜなら、誰でも課金さえすれば勝てるからです。いわゆる行きすぎたガチャゲームは、ゲームの本質をも腐らせてしまいました。
「Pay to Fun」ビジネスの誕生
このようなことから、生まれてきたのが「Pay to Fun」の考え方で、『王者栄耀』はこれで成功をしました。
王者栄耀も無料で遊ぶことができるスマホゲームです。キャラクターを選んで、別チームと戦うMOBAですが、課金をしないでも遊べます。課金をしたから強くなるとか、特殊な武器や能力が得られるということはありません。
つまり、課金はまったくゲームを有利にしません。勝つためにはチームワークと個人の操作技術のみで勝負をすることになります。
では、どこで課金をするのでしょうか。それは自分が使っているキャラクターにコスチュームや飾りなどを買うのです。これは戦闘にはまったく影響せず、ただ見た目がよくなるというだけです。
これが「Pay to Fun」です。
このような「Pay to Fun」タイプのゲームの場合、ひとつのキャラクターを使い続けるというのが原則です。そのため、遊べば遊ぶほどキャラクターに愛着が湧いてきます。そのため、お金を支払ってでもキャラクターを飾りたいと思うようになるのです。
Next: その程度のことで収益は上がるのだろうか?と疑問に思われる方もいるで――
ゲーム寿命を延ばした「Pay to Fun」ビジネス
その程度のことで収益は上がるのだろうか?と疑問に思われる方もいるでしょう。現在では、「Pay to Fun」のほうが収益が上がりやすいという考え方が支配的です。
確かに「Pay to Win」の方が収益の爆発力はあります。しかし、ゲーム寿命が短期で終わってしまいがちなのです。課金をしてキャラクターが強くなるということは、RPGであれば敵のモンスターもそれに合わせて強くしなければなりません。互いに強さが上がっていくため、戦いの難しさは変わらず、同じことを繰り返している気分にさせられます。つまり、飽きてしまいやすいのです。
プレイヤー同士が競い合う場合は、課金をたくさんした人が絶対に強いですから、多くの場合、戦いの場をレベル分けしますが、課金をしたくない人はいつまで経っても初心者クラスから抜け出すことができません。これも飽きてしまいます。
「Pay to Win」のゲームでは、いかにプレイヤーを飽きさせずに惹きつけ続けるか、これが大きな課題になります。それには新しいマップやフィールドを常に追加し続けなければなりません。しかし、このような追加開発には資金が必要になります。
結局、収益は爆発的に増えますが、それを維持するには追加開発が必要になり、しかも、ゲーム寿命を長くすることは難しいのです。
一方で、「Pay to Fun」ゲームは、収益の爆発力はありません。しかし、プレイヤーは遊べば遊ぶほどゲームが上手くなり、勝てるようになっていきます。特にMOBAのようなプレイヤー同士の対戦型ゲームでは、世界のどこかに驚くほど強いプレイヤーがいるものです。上には限りがありません。ゲーム寿命は長くなります。
そして、キャラクターに愛着が湧くと、新しいコスチュームを着せてやりたくなる。課金の頻度は高くなくてもゲーム寿命が延びるため、ライフタイムでの収益は、「Pay to Fun」よりも高くなると考えられています。
しかも、プレイヤーの技術を競うゲームですから、「eスポーツ」として大きなイベントを開催できる可能性もあります。一般のスポーツと同じように、企業がスポンサーになったプロチームも作れる可能性があります。
ビジネスとしても、「Pay to Fun」の方がはるかに大きな可能性を持っているのです。
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「Pay to Fun」方式が女性ゲーマーを呼び込んだ
ゲームを始めるきっかけは「友人の紹介」
外観をよくするために課金する
ゲーム市場の女性の寄与割合は年々上昇
女性ゲーマーが多いヒット作品
ゲームの好みに男女差がなくなっている
「彼女ゲーム市場」を意識したゲーム会社の戦略とは?
アリババ物語:その21
先週の中華IT最新事情
Q&Aコーナー
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『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』(2020年6月15日号)より一部抜粋
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