今年3月期の決算で、1兆3,646億円の巨額の赤字になったことを発表したソフトバンクグループ。営業損益が2兆円を超える黒字だった前年から一転、過去最大となる赤字幅に落ち込みました。それでも孫社長は「余裕で崖をのぞき込んでいる状況」と笑います。いったい同社では何が起きているのでしょうか。株式アナリストとして個別銘柄・市況の分析を行う馬渕磨理子さんが、ソフトバンクグループについて解説します。
プロフィール:馬渕 磨理子(まぶち・まりこ)
京都大学公共政策大学院、修士過程を修了。フィスコ企業リサーチレポーターとして、個別銘柄の分析を行う。認定テクニカルアナリスト(CMTA®)。全国各地で登壇、日経CNBC出演、プレジデント、SPA!など多数メディア掲載の実績を持つ。また、ベンチャー企業でマーケティング・未上場企業のアナリスト業務を担当するパラレルキャリア。大学時代は国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞。
Twitter:https://twitter.com/marikomabuchi
すべてを制するソフトバンクグループはどんな会社?
ソフトバンクといえば、携帯電話やプロ野球チームがすぐに思いつきますが、その事業は想像している以上に多岐に渡ります。今回はそんなソフトバンクを理解するために、以下の3つの切り口から紐解いていきます。
- 投資会社としての側面
- 決済・通信プラットフォーマー
- モビリティプラットフォーマー
携帯電話のキャリアは一面でしかなく、ベンチャー企業に出資をする「投資会社」の側面も大きくあります。これを踏まえて分析してきます。
キーワードは「株主価値」と「群戦略」です。
ソフトバンクを知るキーワードその1「株主価値」
2019年7-9月期の決算は、7,000億円の営業赤字となり、孫正義会長兼社長(以下、孫社長)は決算発表の場で「真っ赤っかの大赤字」と述べました。が、その一方で「大勢にまったく異常なし、嵐ではなく、平穏無事な、さざ波と笑っています」とも述べています。
さらに、先日オンラインで行った今年3月期の決算では、1兆3,646億円の巨額の赤字になったにも関わらず、「崖から転げ落ちそうだった過去と比べると、余裕で崖をのぞき込んでいるような状況だ」と述べ、経営に問題はないという考えを示していました。
なぜこんなことが言えるのでしょうか。そこには、同社が独自の“株主価値”という考え方に基づいていてビジネスをしているからということがあります。
では、その株主価値とは何なのでしょうか。このキーワードを理解することがソフトバンクグループを知るポイントとなりそうです。
“営業利益”ではなく“株主価値”を見てほしいワケ
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(略してSVF)、アーム(※1)、スプリント(※2)、ソフトバンク、アリババ(※3)など、ソフトバンクグループの保有株式価値は合計31兆円です(2020年2月12日時点)。
※1…イギリスの半導体の会社
※2…アメリカ第4位の通信キャリア会社
※3…中国の大手EC企業
先に結論を言うと、株主価値とは、保有株式から借入を引いた額のことを指します。これがどのぐらい増えたのか減ったのかということに重点を置くべきだと孫社長は述べているのです。
ソフトバンクグループは、モバイル企業から投資会社へと変貌を遂げた企業です。そのため、実態としての経営成績は「営業利益」ではなく「株主価値」として見たほうが妥当だという判断になります。
なぜでしょうか。モバイル企業が営業利益を指標にすべき理由は、モバイル通信料や端末販売などの実績としてカウントできるものが営業利益だからです。
対して、投資会社は、投資先の保有株式の評価から借入を差し引いた含み益・含み損での評価をするべきというのが理由で、株主価値を見たほうが企業の経営成績を正確に判断できるというわけです。
孫社長が「営業利益ではなく株主価値を見てほしい!」と言った意味が少し理解できたのではないでしょうか。
Next: もう1つ、ソフトバンクを知るためのキーワードとして、“群戦略”という――
ソフトバンクを知るキーワードその2「群戦略」
もう1つ、ソフトバンクを知るためのキーワードとして、“群戦略”という企業戦略を紹介します。
群戦略とは、「それぞれの技術分野で進化のNO.1を走る企業に、(できれば)筆頭株主として20~30%の株式を持ち、ソフトバンクと共に大きく成長していくという組織体のあり方」のことを指します。
わかりやすく言えば、将来大きくなるベンチャー企業の株式を先に買って、成長とともにソフトバンクも一緒に儲かる仕組みをつくる戦略のことです。早めに家族になっておくファミリー戦略と理解すればわかりやすいかもしれません。
ポイントは、これらの企業の株式を100%持たないこと。あくまで、筆頭株主として20~30%の株式を持つことで、支配・管理するのではなく、極めて柔軟なグループ経営を維持しているのです。ここが三菱や三井、住友などの財閥グループとの違いです。
この群戦略を理解すると、ソフトバンクグループが今後より投資会社として力を入れていくことが理解できると思います。
通信プラットフォーマーを目指して「LINE」を経営統合
ソフトバンクグループは、通信プラットフォーマーを制することを目指しています。
そのため必要なものは何でしょうか。それは、あらゆるコミュニケーションや生活の入口である「決済」を押さえること。その努力はソフトバンクの決済事業の歴史を見ても明らかです。
【ソフトバンクの直近の決済史】
2018年6月:PayPay設立。ソフトバンクとヤフー(現Zホールディングス)それぞれ50%の出資で設立。
2019年5月:ソフトバンクグループがPayPayへ追加出資。ソフトバンクグループが50%となりPayPayの筆頭株主となる
2019年4月:ヤフーは持株会社「Zホールディングス」を設立しその下にヤフーを置くと発表
2019年5月:ソフトバンクがヤフーを連結子会社化
2019年11月:ヤフーとLINEが経営統合しZホールディングスの傘下に入ると発表
たった2年だけでも激動なことがわかります。そんな「決済を制する者が通信プラットフォーマーを制する」という孫社長の考えは、中国でアリババとテンセントの決済覇権戦争を見て確信したものです。
中国市場の「ペイ」市場を見てみると、2015年ごろまでは、スマホ決済市場においてはアリババの「アリペイ」が先行していました。一方、中国のテンセントの決済アプリであるウィーチャットペイが登場したのは、アリペイから9年後のこと。
しかし、後発であったにもかかわらず、ウィーチャットペイはアリペイと肩を並べるまでに成長しました。この猛追の背景には、ウィーチャットペイが1日に何度も触るコミュニケーションアプリに連動していることが挙げられます。
一方、アリペイは商品を購入する時にだけ訪れるECサイトに紐づいています。当然、コミュニケーションアプリの方が使用する頻度が高く、後発であってもアリペイに迫る勢いがあったことは納得できるでしょう。
1日にLINEを開く時間と、Amazonを開く時間、どちらが多いかと言えば、どう考えてもLINEですよね。そこで、孫社長は日本のキャッシュレス市場のシェアを取るために、LINEに目をつけたのです。
それまで、日本のPayPayとLINE Payは競合関係にありました。そんな無駄な“ペイ戦争”の消耗戦をLINE買収によってなくすことで、スーパーアプリ経済圏をいち早く作り上げようとしているのです。
Next: 「あのトヨタと、ソフトバンクが組む!?」そんなニュースが世間を騒がせた――
ソフトバンクを知るキーワードその3「モビリティプラットフォーマー」
「あのトヨタと、ソフトバンクが組む!?」そんなニュースが世間を騒がせたのは、いまから約1年半以上前のことです。
2018年10月、ソフトバンクグループとトヨタ自動車は、自動運転技術などモビリティ(移動手段)に関する新たなサービスで提携し、共同出資会社「MONET Technologies(モネ テクノロジーズ)」を設立しました。
「ソフトバンクとトヨタが組む」と聞くと、なんだかすごいことが始まりそうな予感がしますが、これは一体何を意味するのでしょうか。実は、このニュースが話題になる前から、ソフトバンクはライドシェア企業への投資を積極的に行っていたのです。
ソフトバンクはなぜモビリティに投資するのでしょうか?
今後、急速に普及すると言われる“自動運転”をキーワードに、ソフトバンクが交通プラットフォーマーになりたがっている理由を見ていきましょう。
これまで、孫社長は日本よりも、世界で急成長しているライドシェア企業に投資をしてきました。
【ソフトバンクのライドシェア企業への投資史】
2014年10月:インドの「オラ」を運営するANIテクノロジーに投資
2014年12月:シンガポールの「グラブ」運営マイタクシー(現グラブ)に投資
2015年1月:中国の快的打車(アリババグループ)にアリババと出資
2015年2月:快的打車と滴滴打車(テンセントグループ)が合併し、中国最大のタクシー配車サービス滴滴出行(ディディ)が誕生
2017年12月:米国ウーバーに投資
このように、ソフトバンクは今や世界のライドシェアマーケットの約9割に投資をしていると言われています。
なぜここまでライドシェアに力を入れるのか?
孫社長がこの分野に力を入れる理由、それはライドシェアにおいて、自動運転がもっとも普及しやすい領域だからです。
自動運転の技術はコストが高く、一般の人が自家用車で購入できる価格ではありません。
一方、バスやタクシーなどの商用車ならば、その1人あたりのコストはかなり安くなります。仮に無人運転機能があるバスが普及した場合、ライドシェア企業は、ドライバーに払っている人件費が削減できるだけでなく、効率的な配車と移動が可能になることで、回転率が上がり、収益が高まることが予想されます。
つまり、ライドシェア企業にとって、自動運転の実用化はいかにバスやタクシーで使ってもらうかにかかっているのです。
ライドシェアは単なるコスト削減だけがメリットではありません。利用者のデータを詳細に把握できるため、ロスのない効率的な移動環境を実現できるのです。
従来のマイカーを所有する社会では、クルマの稼働率は限定的です。クルマをシェアする社会が広がれば、駐車場にとまっているクルマが勝手に動き出し、人を乗せ、タクシーとして動いてくれます。自動車の稼働率が上がることで、人々の不便が解消されるのです。
Next: ソフトバンクとトヨタの本当の目的は、そんな「不便の解消」のもっと先に――
移動分野の覇権を目指しているソフトバンク
ソフトバンクとトヨタの本当の目的は、そんな「不便の解消」のもっと先にあります。
そもそも、MaaS(Mobility as a Service:サービスとしてのモビリティ)とは、「ICT(情報通信技術)を活用して、マイカー以外の移動をシームレスにつなぐ」という概念です。
モビリティにおいて、現在は電車・バス・タクシーはそれぞれの交通サービスで経路検索や支払いを行っています。それをモビリティプラットフォーマーが登場することで、1つのアプリで経路検索から支払いを一元化できるのです。
では、なぜこのMaaSが普通に使われる世界が必要なのでしょうか?
トヨタ自動車とソフトバンクグループの共同出資会社であるMONETは、地域社会が抱える大きく3つの課題を解決していくことを目指しています。課題は以下です。
1:公共交通機関が離れていて、住民の移動が困難な「交通空白地」
2:バス停が遠く不便、免許返納後の移動に困っている「高齢化地域」
3:公共交通機関からのアクセスが悪く、来訪者数が増えない「点在する観光地」「遠隔地店舗や病院」
当然、これらは日本だけでの問題ではなく、中国、その他の先進国でも起きている問題です。モビリティサービスの覇権を握ることができれば、移動の効率化は一気に進むことが期待できるといえるでしょう。
ソフトバンクは将来成長するベンチャー企業に投資し、決済を押さえ、移動を含めたあらゆる領域のプラットフォーマーになりたいことがおわかりいただけたのではないでしょうか。
ソフトバンクという土台の上に私たちの生活は成り立っている……もしかしたら、それを実感する社会がまもなく訪れるかもしれません。
本記事は『MAG2NEWS』のための書き下ろしです(2020年6月16日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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