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学術会議問題は菅政権の作戦勝ち?「学問の自由」議論に落とし穴=真殿達

菅内閣が任命を拒否したことで注目を集めることになった日本学術会議とは、一体どんな組織なのか。その発足時から振り返って解説したい。この問題にこだわって国会の時間を浪費すれば、菅内閣の巧妙な作戦勝ちとなる。(『資産運用のブティック街』真殿達)

※本記事は有料メルマガ『資産運用のブティック街』2020年10月20日号を一部抜粋したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:真殿達(まどのさとる)
国際協力銀行プロジェクトファイナンス部長、審議役等を経て麗澤大学教授。米国ベクテル社とディロン・リードのコンサルタント、東京電力顧問。国際コンサルティンググループ(株アイジック)を主催。資源開発を中心に海外プロジェクト問題への造詣深い。海外投資、国際政治、カントリーリスク問題に詳しい。

ほとんど知られてない日本学術会議の実態

日本学術会議は菅内閣による委員の任命拒否でもめ始めるまでは、国民関心の組織ではなかった。多少の知識がある者でも、格の高い学識経験者の会、という程度の認識を持つに過ぎなかった。格の高さは、学術会議会員の中から日本国内で最高格付けの学士院会員(終身制、定員150名、年金支給)に選ばれる会員が少なくないことが物語っている。

GHQの強い指導の下、日本学術会議法(1948年7月公布)によって1949年1月に設立された法人で、任期6年の定員210名、3年ごとに半数の105名が入れ替わる。会員は人文・社会科学、生命科学、理学・工学の3分野各70名、人選は内部で調整されそのリストが内閣に上がり任命される。

設立当初は立候補・選挙による選出だったが、学術会議の内部調整に委ねられるように切り替わっていた。それは悪く言えば、学会の大物や前任者の指示や指名がものをいい、特定大学や事務局の実力者に近い者がたらいまわしするムラ社会型人事が継続することでもあった。

そして、任命拒否問題に火をつけたのは10月1日の赤旗記事だった。

学術会議のメンバーの属する大学や学会は閉鎖性が高く、部外者には付き合いにくい集団であるといえる。かつては「象牙の塔」を自称して外部世界の影響を拒んでいた。

もう死語のはずだが「大学の自治」という錦の御旗のもとに、重要事項はインサイダーで構成される教授会で決められる世間の狭い世界でもあった。多くの学会でもインサイダー統治の色彩は現在も変わらない。

学会の問題は日本社会の縮図

日本学術会議はこうした大学や学会の総本山ともいえる組織だから、そのガバナンスに着目すれば問題は出てきてもおかしくはない。

学会の常識は世間の非常識でもあったが、学会の人に多少KYなところがあっても「まあ、そんなものだから」と世間は受け入れてきた。

ところが、欧米の学界や大学など高等教育研究機関では当たり前だった産業界との連携を強く忌避するなど、行動半径の拡大を怠るうちに、研究に投じられる資金や研究環境、研究成果、論文数、わけても若手研究者の育成などにおいて、日本の学界は世界に大きく遅れをとるようになった。

それでも、日本社会は偉い先生たちで構成する組織に大きな権威を与え続けた。

職探しに苦しむポスドクの若い学会員の士気は低下し続け、若手研究者の海外志向は止まらなくても、学界が変わらないでいられるのは、企業や役所やメディアも総サラリーマン化し、誰もが帰属する組織の体質に色濃く染まり、長く働くうちにカンパニースペシフィックになり、ムラ社会の統治形態に馴染んでいることにもよる。

学会の問題は日本社会の多様な組織にもみられる共通事項、いわば、日本社会の縮図でもある。

企業統治と異なるのは、学術会議会員にその誕生時のDNA的な思考が色濃く残っていることかもしれない。誕生時の考えが鋳型になり、それが狭い閉鎖的な社会で引き継がれ、任命拒否にあったように外部から付け込まれる余地を作り出してきたところは否定できない。

Next: 日本学術会議はなぜ作られた? その根底には平和主義がある



仁科芳雄に貫かれる平和主義のDNA

学術会議が設立された頃(1949年1月、法律の準備やGHQとの協議などを含めればその2年以上前から)の日本社会は混沌としていた。

人民戦線政権樹立を目指した日本共産党がゼネストを計画し、インフレや食料品不足は労働運動を先鋭化させ、歴史的争議や事件を招いていた。産業資金不足は限られた公的資金配分を巡って昭電事件のような疑獄事件を招き、政情は落ち着きを欠いた。

中国の内戦、ベルリンの封鎖など東西対立が激化し、GHQ内部でも日本の占領政策を巡ってニューディール派と反ニューディール派間の暗闘が繰り広げられていた。

日本の再建を急いだGHQは、経済安定9原則を掲げてドッジラインを実施した。

学術会議はこうした中で生まれた。設立に中核的役割を果たしたのは、GHQ経済科学局のハリー・ケリーだった。きっかけは、仁科芳雄が作成した米国にしか存在しないはずの大型サイクロトロン2基をGHQが発見したことだった。慌てたGHQはサイクロトロンを爆破、解体の上、東京湾に廃棄するとともに、非軍事学術研究体制整備のためにMITからケリーを招いた。

ケリーは仁科芳雄の平和主義的発想に触れて公職追放を押しとどめるとともに、その系譜の物理学者を中心に組織化を図り学術会議を創設させた。

学術会議の反軍事研究、平和主義はいわば組織の一丁目一番地だったのだ。その思想の主役は人文・社会科学の学者ではなく、軍部や戦争に翼賛的だったという自省の念に駆られた自然科学系学者のものだった。

今や、学者たちの平和主義に根差す憲法改正論議や安全保障論議といえば文系学者のものと決まっているようだが、それは代替わりを繰り返した挙句の経年変化である。

公式には、学術会議と政治的主張は別物だが、政治問題化しやすい軍事研究の是非などの議論では、個別会員レベルにもっとも強い影響を及ぼしたのは日本共産党であったと考えられる。国民レベルでは多数を占めることができなかった日本共産党は、学者の政党支持率や憲法改正論議では成功している。

東大をはじめ旧帝大での組織化(細胞造り)には政党の中で最も成功し、応分に高い支持率を確保し、その政治的主張が学術会議メンバーにも浸透したと推測される。伝統的に軍事研究や憲法問題に学術会議およびそのメンバーがリベラルな対応をしてきたのはこのことと無関係ではなかったのかもしれない。

Next: 大げさすぎる?「“学問の自由”の侵害」にまで拡大した議論



国会論戦の対象のすり替え

お叱りを受けるかもしれないが、庶民感覚でいえば、もともと誰もそう関心を持ってもいなかった組織の105人中6人が任命拒否されただけの問題なので、「学問の自由」の侵害などという言葉を聞くと、何処まで拡散した議論になるのか心配になる。

確かに、同じことが最高裁判事で行われれば、三権分立は成り立たなくなってしまうので、見過ごすことができないが、学術会議ではどうか。

つつけば色々と出てくる日本的ムラ社会の些細な経営問題に過ぎないともいえる。

もっとほかに議論すべきことがある

学術とは対極にあるレベルの低い議論かもしれないが、この任命拒否問題を重箱の隅をつつくように論って国会で時間を費消すれば、同様な問題に時間を割くわけにはいかなくなる。

国会では時間配分がものをいう。菅政権が成立したときに、口さがないメディア人が、モリ・カケ・サクラという安倍政権の積み残しスキャンダルを処理する最適内閣と指摘していた。

ひょっとすると、この積み残し3点セットの処理が学術会議問題で時間を費やすうちに飛んでしまうなら、菅内閣の巧妙な作戦勝ちとなる。

政界は言うに及ばず、国際競争力を欠いたままの経済界同様に日本の学界もまたそんな冗談が出るほどに劣化しているのだろうか。

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※本記事は有料メルマガ『資産運用のブティック街』2020年10月20日号を一部抜粋したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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資産運用のブティック街』(2020年10月20日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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